92-6 Side透
透が左右を見渡すと、そこは屋敷の玄関ではなく部屋の一室だった。
ぼんやりと明るいのは、手にしている蝋燭と窓から僅かに入る月夜の光のせいだろう。客間とも呼べる部屋にベッドがあり、今まで誰かが寝て起きたような布団の塊。物書き出来るようにテーブルや椅子もある。
扉越しに、廊下を誰かが笑いながら駆け回る音がした。
手にしていた蝋燭が揺れ、時計の針が動き出す。面白い魔法が発動したなと思えば、ため息をついたのは、隣に立っていたルイである。
「あーあ、飛ばされた。ルカと離れちゃった」
「悪かったな、俺とで」
「いやいや、それは良かったよ。トオルくんか、トシヤくんじゃないと自由行動出来ないでしょ。ひとまずは一緒に行動するけど、ルカの悲鳴が聞こえたら、一目散に向かうからね」
よろしく、と笑みを浮かべたルイに、透は何とも言えなかった。
正直にも程がある。
そして幾重にも魔法が重なり合っている屋敷の中で、よく言える台詞。
「…悲鳴に向かって行っても、方向感覚を惑わす魔法や物理的な障害もあるだろ?」
「問題ない。ルカの居場所は分かるよ」
「その自信は、どこから?」
「馬車の中で、ルカに僕の魔力を宿したものを渡してあるからね。自分の魔力なら、どんなに離れていても分かる。ルカの所に最短で行ける」
笑いながら断定したルイが、足取り軽く部屋の扉に向かった。
何度か扉を開けようとするが、扉には鍵がかかっていた様子。諦めたかと思えば、日本刀に手を伸ばした。
まさか壊すつもりじゃないよな、と透の顔が引きつる。
ここ、他人の屋敷。人様のお宅であることを、ルイが忘れているとは思えない。それを分かった上で壊そうとしている。その理由がルカに会いに行く為というのが恐ろしい。
亜莉香の身に何かあれば、トシヤも同じことをしそうだ。
それを悟った瞬間、扉の外から子供の声がした。
「「まだだよー」」
クスクスと笑う子供の声は幼かった。二人分の足音が遠ざかる。
顔に似合わない舌打ちが聞こえた。日本刀に伸ばした手は、大人しく下がる。後ろ姿しか見えなくても、ルイが不機嫌になったのは分かった。
何か話をしなければ、と透は声をかける。
「まだ、てことは、そのうち扉は開くみたいだな」
「二人一組。全員が屋敷に入って、ばらばらの位置に配置されたら開始だね。ルカはまだ、屋敷に入っていない」
冷静な分析をして、振り返ったルイは笑っている。
「コライユ家の別名って、トオルくん知っている?」
「一応」
「呪いの一族、だよね」
どこか楽しそうに、嬉しそうに言った。別に怒っているわけでもないだろうが、その笑みは怖い。敢えて指摘せず、透は持ったままの蝋燭をテーブルに置いた。
テーブルの上には、一枚の紙。
私を見つけて、と書いてある。
「正確には呪いのような魔法を使う一族な。魔力が強い奴が多くて、それを制御する術を知らなかったのかもしれない。自分の魔力の一部が物に宿って勝手に動く。それを周りは呪いだと、勝手に騒ぎ出して否定もしなかったのが、コライユ家」
「それって、誰にでも出来るの?」
「やろうと思えば。けど俺達は、そんなことをしなくても、精霊達に力を貸してもらえば済んだ。精霊が見える人間なんて、ほんの少しだろ?だから俺達の周りで精霊が物を動かせば、同じ現象は起こせる」
私を見つけて、と書いてあった文字が変わった。
一緒にするな、と乱暴な文字が現れる。
この屋敷の主は、どこかで透達の会話を聞いているらしい。話す為にわざわざお化け屋敷で人を試し、自分を探せと面倒な性格だ。厄介な情報だと知っていたからこそ、亜莉香にはコライユ家のことを言わなかった。
他者と違うことで、周りの目は変わる。
コライユ家の魔力より、より厄介な力を持っているは亜莉香の方だ。精霊を従え、言葉を交わし、力を得る。それがどれだけ稀有なことか。傍に居る人間に恵まれなければ、力を悪用されることだってあったに違いない。
それを見越して、王冠の役目を担うことになったのかもしれない。
王冠の役目を担うからこそ、与えられた力なのかもしれない。
可能性の話なんて、考えたところで答えは出ない。
ひとまず今は、当主を見つけ出すことが先決だ。
ルイは紙を見ず、腕を組んで、背中を扉に預けた。誰かが扉を二回叩く音がした。ルイが動く前に扉の外から聞こえたのは、透達を屋敷に招き入れた女性の声。
「用意が整いましたので、一分後に扉が開きます。蝋燭の蝋が全て消えるまでが、制限時間の一時間です。くれぐれも我々に危害を加えず、楽しまれますように」
「こっちは、何をするか分からないけどな」
いひっと、女性に続いて、顔の見えない誰かの声が続いた。
高い男の声。初めて聞いた声だ。若い方ではなかったと思う。女性の声に感情がないからこそ、余計に楽しそうに聞こえた。
ルイが動く、と気付いた瞬間、扉を蹴破る音がした。
一分は経っていない。あっという間に足音が逃げ去って、二度目の舌打ち。
もしもルカに危害を加えられたら、屋敷も破壊しそうな勢いである。滅茶苦茶怖い。冗談でもルカに関して怒らせてはいけない、と透は真顔で悟る。
さりげなくテーブルの紙を着物の袖に隠せば、ルイは笑顔で振り返った。
蝋燭を手にした透に、さて、と明るく言う。
「楽しみだね。何が起こるか」
「お手柔らかに、な」
「分かっているよ。あっちが少しでも危害を加えたら…倍返しね」
頷きもせず、透の空笑いが部屋に響いた。
誰に危害を、とは聞かない。少しの基準も知りたくない。
相手側に危害を加えるなと言われたことを、既に無視するつもりだ。武器なんてなくても、魔法がかけられていた扉を壊せる実力者に何も言うまい。言ったら返り討ちにされそうな予感もする。楽しそうに部屋を出ていくルイの背中に、まじか、と呟かずにはいられなかった。




