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Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
461/507

92-5

 コライユ家を訪れたのは、狼の姿である奏を覗けば十一人だ。

 わざとらしく怖がるウイと、未だにお化け屋敷を分かっていなかったフルーヴ。いじけるのが馬鹿馬鹿しくなってやめた透と、ルカのことを心配していたルイ。お化け屋敷の趣旨を脅かすことだと言い放っていたトウゴとサイがいて、意地でも入らないでいようと粘ったネモフィルは、問答無用でピヴワヌが道連れにした。


 最後の一人だけは相手がいないので別として、基本は二人一組で屋敷に入った。

 それが屋敷に入る為の条件であり、屋敷の中に入ったら簡単には合流出来ない。順番に屋敷へ入った人達を見送って、亜莉香は隣にいる人物に声をかける。


「次は私達ですね」


 ルカさん、と隣を見れば、その顔色が悪い。

 ネモフィル程ではないが、口に出さずとも行きたくないと表情が物語る。いつも以上に口数は減って眉間に皺が寄り、腕を組んでいる両手に力がこもっている。

亜莉香の声など届いていない。

 狼を片手で荷物のように抱えているトシヤが、思わず言った。


「大丈夫か?」

「この様子だと…大丈夫とは言い難いのですが」


 言いつつも、ルカを一人で残しておく方が心配である。

 くじ引きは、正直揉めた。ルイはルカと一緒がいいと主張して、精霊複数は亜莉香と一緒に行くことを望み、公平やり直しなしの結果が、現状。


 誰と一緒だったとしても、亜莉香は楽しもうと思っていた。無駄な争いなく、くじで決まったことに問題はなかった。一緒に行くのがルカと決定した時点で、精霊達より純粋に楽しめる気もしていたが、今のルカには余裕がない。


「棄権しますか?」


 門の隅で一部始終を見ている女性が、微かに首を傾げた。

 顔色一つ変えない言葉に、ハッとしたルカが首を横に振った。


「い、いや。行ける」

「では、どうぞ」


 右手のひらで屋敷を指し示すかのように、前に進むように促される。ルカの足は動かない。このままでは駄目だと、亜莉香は狼狽えているルカの腕を引っ張った。


「ルカさん。手を繋いで行きましょう」

「え?」

「怖いので」


 勢いのままに手を繋ぎ、ルカの手を引き踏み出す。

 屋敷に向かって進んだ亜莉香につられて、案外あっさりとルカの足も動いた。一、二、三歩目で屋敷の門を越え、振り返ってトシヤに笑う。


「それでは私達も行ってきます。トシヤさんは一人なので気をつけて下さいね」

「俺の心配は必要ない。アリカ達は何かあったら、すぐに棄権しろよ。別に今日中に当主に会えなくても、全く問題ない話だから」

「分かっています」


 にっこりと笑えば、トシヤは微笑み返してくれた。

 手を繋いでいるルカは腹を括り、屋敷を見据えて逸らさない。行ってきます、と言えば、トシヤだけでなく女性も、いってらっしゃいませ、と見送ってくれる。


 門から屋敷までの道は一本道。迷うことなく進みながら、両脇に咲く紫陽花の花に亜莉香の笑みが零れた。こんな綺麗な庭園の奥に存在する屋敷が、まさかお化け屋敷だとは思わない。少しの緊張はあっても、それ以上に何が起こるか楽しみで、高鳴る感情は抑えられそうにない。

 今にも鼻歌を歌い出しそうになれば、ルカが小さく話し出す。


「…俺達の誰か一人でも当主を見つけた瞬間に、この遊びは終わりだよな?」

「はい。それが私達の勝利になり、私達が勝てば何でも話してくれるそうですね」

「負けたら、話し合いは早くて一月後らしいけどな」


 気持ちの暗いルカは歩きながら、深く長いため息をついた。

 それでも帰る、という選択肢を選ばないのがルカである。行きたくなくても、怖くても、逃げることはしない。

 その横顔を横目に、亜莉香は頭の中で女性が言った言葉を確認する。

 コライユ家当主から預かった伝言、をそっと繰り返す。


「制限時間は一時間です。当主様を見つけられなければ、一時間後には強制的に屋敷から追い出されます。屋敷の至る所に仕掛けがあるので注意して、私達は慎重に当主様を探すことにしましょう」

「そうだよな」

「どんな仕掛けがあるのでしょうね?」


 ルカが黙ってしまった。話題を変えなければと、急いで質問をする。


「やっぱり、ルイさんと一緒が良かったですか?」


 何気ない質問で、ルカの顔が僅かに赤くなった。繋いでいる手に力がこもった。ルイはルカと一緒じゃなくて残念がっていたが、ルカにはそんな素振りはなかったのに。

 あれ、と首を傾げる亜莉香に、ルカはたどたどしくも答える。


「べ、別に。ルイがいなくても問題ない。寧ろ、いない方がいい」


 無意識なルカの態度に、二人の間に何かあったのか勘繰りたくもなった。

 二人きりになった時間はあったかな、と亜莉香は考える。

 王都に着いてから宿まで、ルカは基本的に亜莉香と一緒に行動していた。時々ルイと二人で話していたかもしれないが、その時の会話で何か言われたのなら納得する。日に日に、ルイの押しが強くなっているのは絶対に気のせいではない。


 二人の関係が何か変わったのか。

 その関係に、どんな名前が付くのか。


 何にせよ、ルカとルイのどちらかが話してくれるまで気長に待つ。

 無意識に歩いていた足は、屋敷の扉の前で自然と止まった。

 近くの街灯の橙色の光が、木製の大きな扉を照らす。繊細な枠に、描かれた数々の珊瑚の姿。派手ではなく、化石のように長い年月を過ごした扉は存在感がある。


「…ここからが、本番か」

「そうですね」


 見上げた屋敷の窓、カーテンの隙間から誰かに見られているような視線を感じた。耳を澄ませば、屋敷の中から聞こえる笑い声。楽しそうに屋敷を駆け回り、おいで、と呼んでいる子供の声。


 やはり怖いとは思えないのが、不思議だった。

 屋敷の中は全て作り物だと分かっているせいなのか。一緒に行くルカの方が怖がっているせいなのか。何かあれば驚きはするだろうが、怖くはない。


 遠く離れたトシヤを振り返ると、目が合って急いで逸らした。

 よくよく考えれば、亜莉香達が屋敷に入らなければ、トシヤも屋敷に入れない。人数に含まれていない狼の姿の奏と共に、トシヤも早く屋敷に入りたいだろう。立ち止まっていてはいけないと、扉に手を伸ばす。

 緊張しているルカが、唾を飲み込む。

 亜莉香は扉を開け、中を覗き込む。


 屋敷の中は、真っ暗だ。

 その暗闇の中で、ぽつんと佇む蝋燭が一つ。火は揺れない。風はない。道は分からないが、ひとまず蝋燭を手にするのが最初だろう。蝋燭がなければ、何もない空間を手探りで進むことになる。


 一歩、屋敷の中に足を踏み入れた途端に、聞こえていた声が黙った。

 静かすぎる空間が広がる。先に入った人達の声も聞こえない。声を頼りに合流など出来なさそう。気配を感じて場所を確認、なんて芸当は亜莉香には無理。

 ルカは、と顔色を伺えば、すでに青ざめていた。


「い、行くぞ」

「…はい」


 普段なら有り得ないが、ルカの方から亜莉香に近づく形で身体を寄せている。

 蝋燭のある場所まで歩く途中で、開いていた扉が閉まった。ルカの小さな悲鳴と腕に抱きつく力に驚きつつ、余計なことは言わない。たった一言でルカが怖がりそうな予感がある。

 二人分の足音が、よく響いた。

 蝋燭は明るい。見ているだけで心が落ち着く。

 手を伸ばさないルカの代わりに、亜莉香が半歩前に出た。熱くないように蝋燭の下の金属部分を持とうとして、その模様が目に留まる。


 ここにも、珊瑚の模様があった。

 その一部で艶のある赤く小さな宝石が一粒、輝いていた。


「アリカ?」


 不安そうに名前を呼ばれ、止まっていた手を伸ばす。蝋燭を手にしたら、どこに進もうかなんて呑気に考えた。ルカが限界そうだったら早めの棄権をしよう。楽しむことが前提で、無茶はしないと自分自身に言い聞かせる。


 蝋燭を、手に取った。

 その途端、亜莉香の視界がぐらりと歪んだ。

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