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Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
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92-4

 お化け屋敷、と呼ばれるわりに綺麗な屋敷の前で馬車が止まる。

 領主の屋敷なら何度も訪れたことがあるが、貴族と呼ばれる人の家は初めてだ。

 そもそも貴族の知り合いが少ない。ユシアの父親は貴族であるが、ガランスにある家は最低限の小さな家だと聞いている。没落貴族だとも言い、本人は貴族をやめたと笑っていた。

 そんなユシアの父親が住む屋敷に比べ、コライユ家は大きく広い敷地である。領主の敷地と比べれば、そんなに大きくも広くもない敷地でもある。極端な二つを比べ、それ以外に比べる対象がなければ、隣に立つトシヤが言った。


「…なんか、あれだな」

「何ですか?」

「普通」


 ぼそっと呟いたのは後ろから馬車を下りたルカで、ルイに至っては明るく言う。


「普通、というより、これこそ貴族らしい家じゃない?それなりに敷地はあるし、それなりに屋敷は立派。庭園の手入れは行き届いていて、暗くなってきたから屋敷の明かりが全て点いている。僕達を出迎える準備は、万端と言うところかな?」


 リーヴルという家名を背負っているルイが、おどけて笑う。

 貴族にも分類されるはずのリーヴル家ではあるが、他の貴族との関わりはないらしい。それでも最低限の貴族の常識は知っていて、コライユ家を訪れる前に教えてくれた。


 亜莉香達を出迎える門と柵越しには、鮮やかな紫陽花が咲き誇る庭園。

 咲き始めたばかりの紫陽花は、紫色が多かった。紫と一言で言っても、菫のような鮮やかな紫もあれば、藤の花のような青紫もある。その他に青や水色や白、桃色の花も混ざって、所々にある街灯が庭園全体を照らしている。


 貴族の屋敷が佇む街の一角は、それぞれの土地が広いために静かだ。

 柵の中だけでなく、屋敷から外の一定距離は各貴族の所有地という噂。

 境目はなかったので、どこからどこまでがコライユ家の敷地は分からない。目の前にある門の奥の屋敷の他には、近くに貴族の住む屋敷はなかった。目的地でもあった屋敷は二階建てで、月夜に佇む神秘的な屋敷。


「これだけ見ると、幽霊屋敷じゃないよな」

「寧ろ、美女が住んでいそうな屋敷じゃない?」


 これ見よがしに頭から着物を被り、寒そうに身体を丸めているのは二人。


「美女かー。見た目良くても性格が悪いなら、ごめんだと思わないか。トウゴ」

「分かる。美女でも氷漬けにされそうになったら、嫌でも夢が覚めるよね。トオルくん」


 決して着物を取らない透とトウゴに、亜莉香以外も声をかけなかった。

 ネモフィル主催のお茶会を楽しみ過ぎて、存在自体を忘れていた。そのせいで春にもかかわらず凍傷しかけた二人には、散々文句を言われた。

 主にネモフィルに対しての文句だけど、その巻き添えとなったのは周りである。


 いじけた二人が宿を飛び出したかと思えば、勝手にコライユ家を訪ねた。

 使用人のふりして視察して、訪問の約束をこぎつけた。貴族間の正しい手順なんて無視だ。本日の日が暮れた時刻の訪問と、一月後の日中訪問。その二択を問われた二人は、その場で前者を選択。

 亜莉香が何もしなくても、物事は進んでしまう。

 本日なら人数が多くて歓迎、との伝言まで持ち帰ったのは数時間前の出来事。それからずっと着物を頭から被っている。そろそろ機嫌を直して欲しいのが本音。馬車を引く従者の代わりをしていたサイとウイが下りれば、うわー、と声を出した。


「これ、結構やばい魔力が集まっているね。サイ」

「多分、あれだ。お化け屋敷の為だけの魔力だな。ウイ」


 冷静に分析するサイの左腕の中では、未だに小さな狼の姿の奏が涙目で項垂れていた。感心しているウイに両手で抱えられているフルーヴは、怖がっている様子ではない。


「すごいねー?」

「そうなの。凄い魔力の集まり分かる?魔力の強いところにね。何か仕掛けてあると思うの。集中して、そういうのを回避すればいいのよ」

「わかった!」

「偉い!賢い!」

「…親ばかもどき」


 力強く頷いたフルーヴを、ウイが凄く可愛がる。若干サイが引き呟いても、声は届かない。どんな可愛がり方でも、フルーヴは嬉しそうに笑っていた。

 奏を論外とすれば、ウイとサイ、フルーヴの三人組は平和だ。

 透とトウゴもいじけてはいるが、特に問題はない。

 問題なのは、と亜莉香は馬車を振り返る。


「やっぱり私、帰るー!!!」

「ここまで来て逃がすか!ばばあ!」


 約二名をいじけさせた本人が、それどころではなく叫んでいた。

 馬車から引きずり出されないように、足を踏ん張るのはネモフィルだ。その細い手首を掴んで無理やり引っ張り出そうとするのが、怒りも混ざったピヴワヌ。

 ネモフィルが怖がりだとは知らなかった。

 最初こそ弱点を見つけたとばかりに楽しんでいたピヴワヌも、あまりの強情さに怒りを覚えてしまったようだ。ネモフィルと言い争う前に、サイと争っていたのは忘れ、意地でも連れて行く勢い。小さな子供のように、駄々をこねているようにも見えるネモフィルに視線は集まった。


「いいじゃない!私一人いなくたって、皆でお化け屋敷でも幽霊でも楽しんできなさいよ!私は別の用事があるから!!」

「怖くないと言っていたのは、どこのどいつだ!大体一人だけ逃げようとするな!」

「怖くないわよ!逃げてないわよ!馬車の中に用事があるのよ!!」

「いい加減に自分の弱点を認めろ!!」


 周りが見えていない声が、辺りによく響く。

 強気で言い返すネモフィルも、ピヴワヌの怒声も五月蠅い。傍から見れば美女と少年の不思議な関係に、誰もが口を挟めない。

 こんな状態で、よくコライユ家の屋敷まで来られたな、と亜莉香は心底思った。唯一ピヴワヌとネモフィルを止められそうな透も、二人の間に割って入ってまで止めない。何か言葉を探して眺めていれば、屋敷の方から足音が響いて顔を向ける。


 背の高い女性が一人、静かに屋敷の方から歩いて来る。

 日が暮れたせいもあり、女性の顔は暗い。無地で地味な着物姿の女性は門越しに立ち止まり、亜莉香達を見渡し、透とトウゴで目を留めた。

 誰が来たのか確認し、頑丈な錠を外す。

 内側に開かれた門を一人で楽々と動かし、中央で一礼してから口を開いた。


「お待ちしておりました、皆々様。この場にいる全員が参加者ですね」

「そうでーす!」


 片手を上げ、透は間の抜けた声で返事をした。

 女性は無表情で頷いた。よく見ても、つり目の瞳は何の感情も示さない。四十近く見える女性は亜莉香や精霊を気に留めることもなく、では、とどこからともなく取り出したのは数本の割り箸が入った細長い筒。

 何故割り箸が、と疑問を口にする前に女性は淡々と言った。


「一人ずつ、くじをどうぞ」

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