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Last Crown  作者: 香山 結月
最終章 街明かりと椿
454/507

91-3

 中央に設置した切り株の上に並べられたのは、五つ。

 迷うことなくトシヤとルイが差し出したのは、常に身に付けている愛刀だった。トシヤの日本刀の方が長い。ルイの日本刀の方が短く、漆黒の鞘に刻まれているのは乾いた血よりも濃い赤の牡丹の花。

 その隣に並んでいるのは、持ち手が深紅の一本のクナイ。

 そっと添えるように置かれたのが、灰色の髪紐。

 ルカが武器で、トウゴが髪紐だったのことに、不満そうだったのはルイだけの話だ。せめて髪飾りが良かったと零したルイに、ルカは耳を塞いでいた。

 そして最後に並べたのが、亜莉香である。

 意外そうな視線が集まる。半数は品物を見て、半数は亜莉香を見て。何を言いたいのかは分かった。想像していたに違いない簪ではなく、別の物を提出した結果ではあるが、亜莉香は首を傾げて問う。


「それだと、そんなに不思議ですか?」

「亜莉香は絶対に簪を出すと思った」


 代表するかのように透が言った。何人かが頷く。

 その気持ちも分からなくはない。灯であれば間違いなく簪だったが、亜莉香が差し出したのは、金の羅針盤。懐中時計にも見える羅針盤は闇の中で作り出した物。

 手のひらに収まる円形の、透明な表面のガラスは平ら。

 その蓋を開ければ数字がない代わりに、均等に十六に分けられた目盛り。一方が極端に長く、もう一方が短い針は一本。現在、針は動かず止まったまま、時計で言えば文字盤の部分では、僅かに色が違う金色の歯車が回り続ける。


「それの方が、持ち歩いていた時間は長いと思ったので」

「そうなの?」

「はい」


 ルイの質問に肯定すれば、とても興味を注がれた人達が立ち上がり、羅針盤を見に行った。触りはしないが物珍しそうに見つめるのが透とルイ。ネモフィルとウイとサイの三人は一歩離れつつ、周りにも聞こえる声で話す。


「私、流石に魔道具を通行書にしたことないわよ?」

「それは僕達も同じだよ」

「魔道具に重ね掛けって、可能だっけ?」


 腕を組んだ三人が唸って、思わず亜莉香は口を挟んだ。


「他のものが良かったら変えますよ?」

「というか、亜莉香。これ…何?普通の懐中時計ではないだろ?」


 精霊達ではなく、しゃがんでいた透が振り返って訊ねた。

 何と言われて、答えるとしたら一つしか出ない。


「羅針盤…かな」

「どこで手に入れた?」


 どこで、と言われて正直に話すことも出来るけど、灯のことまで説明するのは嫌だった。それは話さない方がいい気がして、笑みを浮かべて誤魔化す。

 にっこりと笑って、敢えて口を閉ざすことにした。

 それだけで長年の付き合いがある透なら、亜莉香の意思を悟る。聞いてはいけないことを聞いたと顔が引きつり、あからさまに視線を逸らされた。

 隣からは盛大なため息が聞こえ、ピヴワヌが固まっている精霊達に言う。


「とりあえず、さっさと通行書とやらを作って、王都に行くべきじゃないのか」

「そう言うなら、馬鹿兎もこっちに来なさいよ」

「そうだよ、ピーちゃん。五つあるけど最低一人一つ作れば、あっという間に終わる。僕がアーちゃんとトウゴの通行書を作るから、残りは三人で」

「さり気なくアーちゃんの物を取らないで、ピーちゃんに譲りなよ」


 透やルイが元の場所に座って、精霊達は切り株を囲った。

 通行書を作る人数に、トウゴの膝の上にいるフルーヴは入っていない。何をするのか首を傾げて不思議そうなフルーヴに対し、ピヴワヌの眉間には皺が寄って腕を組む。


「…儂はいい」

「いいって――どっちだと思う?サイ」

「作らなくていいの、いいじゃないか」

「まさか馬鹿兎、作ったことがないわけ?」


 声の低かったピヴワヌの一言に、三者三様の声が上がった。最後のネモフィルの質問に、視線を切り株に向けていたピヴワヌは無言の肯定。

 静かになった空気に、ウイとサイは顔を見合わせ、肩を竦めて見せた。不意にネモフィルの姿が消えたかと思えば、ピヴワヌの背後に立って意地悪く笑う。


「へえ、作ったことがないの」


 嫌な予感がしたピヴワヌが逃げる前に、その腕を捻り上げたのはネモフィルだった。そのまま問答無用で腕を引っ張り、無理やり立ち上がらせて中央に連れて行く。


「くそ!離せ!!」

「何事も経験でしょ。いいから来なさいよ」

「後で覚えていろよ、ばばあ!!」


 叫んで暴れるピヴワヌを、ウイとサイが両脇から支えた。二人にピヴワヌを押し付けたネモフィルは正面に移動して、切り株を囲む四人が揃う。

 亜莉香と同い年ぐらいの少年少女と、美女と並ぶと、ピヴワヌ一人が幼く見えた。舌打ちしたピヴワヌが観念して大人しくなっても、ウイとサイは腕を掴んで離れない。

 これから何をするのか。透は知っているのかもしれないが、亜莉香を含めて、座った面々は見守ることに徹する。精霊達の邪魔をしてはいけないと口を閉ざした。

 さて、と口を開いたのはネモフィルだ。


「そう難しくないわよ。人間が言葉を綴るように、私達も真似するだけ」

「まあ、普段の僕達なら言葉なんて要らないけどね。通行書の場合は決まった言葉をなぞるだけで、最後の部分だけは本人の名前を呼ばないといけない」

「その名前を読み間違えるなんてことは、ピーちゃんなら心配の要らない話でしょ?綴る言葉は同じで、基本的には私達の真似をしてね。皆で一緒にすれば失敗することもないよ」


 ウイが慰めるように言っても、ピヴワヌの頬は膨れたままだった。

 サイはピヴワヌの顔を覗き込み、楽しそうに笑う。


「頑張ろうか、ピーちゃん」

「小僧の武器で失敗してやる」

「おい」


 小さな声でも聞こえて、トシヤが反応した。ルイとトウゴが笑っている。ルカは何が起こるのか注意深く見つめ、気楽なのは透一人。


「亜莉香のやつは何が起こるか分からないから、最後にしろよー」

「外野は黙っていなさいよ。でも、そうね。そうしましょう」


 振り返りもせずネモフィルは言った。深く頷いたのはウイとサイ。

 先程のトシヤじゃないが、亜莉香も小さく声を零す。


「私も一緒がいいのに」


 届いたはずの反論は無視された。ピヴワヌすら何も言わなかった。

 精霊達は目線で会話して、最初に青い光を纏ったのはクナイだ。その次に緑の光を纏ったのが髪紐と短い日本刀。誰も変に動きはしない。

 最後に赤い光を纏った日本刀が宙に浮き、羅針盤だけが切り株に残された。


「【新たな役目を担う者】」


 四人の声が重なった。


「【汝が役目を我が与える】」


 言葉を紡ぎ出した瞬間から、空気が神聖なものに変わったと肌身で感じる。

 誰かが言葉を紡ぎ、魔法が展開していく様子を見るのは初めてかもしれない。短い言葉の魔法とは違う。自分自身が魔法を紡ぐ立場とも違う。

 光が宿る景色は、とても美しい。


「【汝が役目は、遠い地にある境界を繋ぐこと。汝が役目は、汝の主を彼の地に運ぶこと。我が認めし汝の主、我の光を宿すことを許すと誓う】」


 小さな精霊達の喜ぶ声が、亜莉香の耳には届いた。

 神社の片隅で、見上げる空で、木々の間で、精霊達も全てを見守る。力ある精霊達の声は言霊。ピヴワヌは淡々と、ネモフィルは心を込め、ウイとサイは嬉しそうに紡ぐ。

 他の人には見えているのだろうか。

 纏う光の一部が文字となり、綴られた文字がある。

 それは名前。


「【我が認める汝の主の名は――】」


 それぞれが名前を呼んだ瞬間、瞬いた光があった。

 綴った名前の光が、それぞれの物に宿っていく。

 全てが同じではない。金と黒の紐で固く結ばれた日本刀の柄に、真っ赤な紐が混ざった。漆黒の鞘に刻まれた牡丹の花びら一枚は深い緑に、髪紐の片端は鮮やかな緑に染まり、クナイの持ち手に青い線が走った。


 浮いていたものは切り株に戻る。纏っていた光が消えていく。

 張り詰めていた糸が解けていく。

 亜莉香は安堵と感動の息を零した。トシヤやルカが素直に凄いと呟き、ルイやトウゴは眩しいものを見るかのような眼差しを向け、透は見慣れている光景に微笑む。


「すごいねー」


 何をしたのか分かっていないフルーヴの可愛らしい声が、よく響いた。

 それが合図になる。


 まるで呼吸を止めていたかのように、精霊達は盛大に息を吐いた。ネモフィルは目蓋を閉じて無表情になるし、ウイとサイは地面に座り込む。


「分かっていたけど、これは疲れるな」

「それを分かった上で、さっきは二人分作るって言ったよね?」


 ウイとサイが疲れつつも喋り出し、ようやく解放されたピヴワヌは腕を組んだ。

 透が立ち上がり、お疲れと言わんばかりにネモフィルの肩を叩く。


「もう一つあるけど、大丈夫そうか?」

「ええ」


 他は、と問いかける透の視線がピヴワヌで止まる。横顔だけ見えていたピヴワヌの眉間には皺が寄り、視線は羅針盤。重々しく口を開いた。


「人であれ精霊であれ、あれくらいの魔法を使えば疲れるのが普通だろうな」


 あれくらいが、指すのは通行書を作る魔法だろう。

 ピヴワヌが何を言いたいのか、透ですら分からず続きを待つ。


「そんな魔法を次々と放っていた元我が主は、やはり儂より凄い存在だったのだな」


 しみじみと言うと共に、視線の先は遥か彼方に向けられた。ピヴワヌの言葉に透や精霊が同情し、一部は憐みの表情すら浮かべる。

 それは間違いなく灯のことだ。

 真似出来ない、と亜莉香は内心呟き、もういない灯を想って空を見上げた。

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