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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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88-1

 現状の王家に連なる一族は数少ない。

 王家との血の繋がりがない代表たる一族は、各地の領主である。

 領主と言えば王家と密接な繋がりを持っていたが、現状の王家とは表面上の繋がりしかない。元々は初代王の血筋の末裔で、初代王の兄妹達が土地を与え治めていたことが始まり。ガランスとセレスト、そしてシノープルに分けられた土地では、どれだけ薄れようと千年前から変わらず血筋が残っている。

 後継ぎ問題が多々あったとしても、不思議と一族は途絶えなかった。

 それぞれの土地に点が広がるように、領主の血を引く人間が存在している。


 対して現状の王家の血を引く人間は、極端に少ないらしい。

 病弱な者。嫁いだ先での不幸。王位を巡り、争い合った結果に消えた人達。

 それでも細い糸を辿った先には、エスポワール・ルリエールの名を持つ者がいる。千年前に王冠が失われた始まり、初代王の血を受け継いでいた者達と相いれなかった王家の者。


 その王家の一員である王子がシノープルにいると、一部では噂になっていた話だ。シノープルの夜会では、王子の話で持ちきりになり、貴族達は騒いでいた。もしも出会えたのなら、王子と縁を結ぼうとする貴族が多かったらしい。その中には、娘と王子の婚約をこじつけようとする貴族もいたそうだ。けれども王子は姿を見せず、ただ噂だけが残り、貴族達の期待は裏切られた。


 ここまでは、夜会に参加したものなら知っている情報。その夜会が行われていた裏側で、王子は領主の息子であるシンヤとツユと会っていた。

 それを亜莉香に教えてくれたのが、精霊であるローズである。


 王子がシノープルにいたのは、紛れもない事実。目的は夜会への参加ではなく、シノープルの領主の断罪と、王家が追う護人についての情報交換。

 シノープルの領主の行き過ぎた行動への断罪は、現王である女王からの命令。

 その使いを表の理由として、王子はシノープルに足を踏み入れた。王家が追う護人についての情報交換は、王子の完全なる独断行動。それぞれの領主と極秘に手紙を交わした故に、領主の代わりとしてシンヤとツユと顔を合わせていた。


 全ての糸が絡まっていくように、集まった人達がいる。

 その糸を解くためにも、王子には会うべきだと亜莉香は言われた。

 王子、と聞くと、残念ながら良い印象がない。亜莉香の中の王子で思い浮かぶ人物は、千年前に灯を追い込んだ人物。未だに亜莉香の周りで影を生み、縁を断ち切りたい人。

 それでも会うべきだと言われ、迷って答えが出なかった。

 数日も経てば、王子は王都に戻る。極秘に密会していたシンヤとツユは、亜莉香や透を巻き込まないように王子の話をしなかった。寧ろ早く街から出ていくように促し、その通りの行動をするところだった。


 結果的な現実として、遠目から見つめる先に座っている人物は三人。


 よく晴れた日の昼下がり、人の気配の少ないシノープルの領主敷地の外れ。

 一本の枝垂れ桜が満開な大樹の下。丸いテーブルを囲って座っているのは、各地の代表とも言える人々。傍に控えるロイが用意し、淹れたての紅茶を片手にしているシンヤ。優雅な時間を楽しむ右隣で、ミスズと小声で話し合うのがツユ。その左隣には、一人だけ居心地悪そうな男性。

 シンヤ曰く、次期シノープルの領主となる器の男。

 別の人の話では、前領主の血縁者で逃げ出した弟。

 急に領主になるよう引っ張り出された男性は、独身で三十後半。街の外で農家をしながら、呑気な一人暮らしをしていた。そこを連れ戻したのがシンヤとツユであり、問答無用の脅しがあったとか、なかったとか。


 三人の中で会話はなく、空いている席は残り一つ。シンヤの向かい。誰も座っていない温かみの木製の椅子が、王子の来客を待っている。


 約束の時間より、少し早い。

 そして亜莉香は、ゆっくりと目の前の光景を受け入れる。


 シンヤ達と同じく、離れた場所の枝垂れ桜の大樹の下。枝垂れ桜の並木道とも言え、左右を見渡せば、濃い桃色の桜がどれも降り注ぐように咲き誇る。

 地面に広げたのは大きな一枚の布であり、敷物代わり。

 桜の色と同じ敷物の上に、並んでいるのは数えきれない量の食べ物。お重に詰め込まれたふわふわの卵焼きやかまぼこ、見た目の綺麗なさくら鯛の刺身。いなり寿司や巻き寿司に、薄紅の佃煮を用いた五目御飯。それから蕪の漬物。塩の効いた焼き魚は種類が豊富で、お酒のつまみ。甘味として椿餅や桜餅、花見団子まで。


「おい、酒が足りんぞ!」

「ちょっと馬鹿兎。ぎゃあぎゃあ騒がないでよ。騒々しい」

「ピーちゃん、お酒ならこっちにあるよ。ネモちゃん、落ち着いてね」

「いやー、それにしても時期が良かったね。桜が満開で凄く綺麗だよ」

「フルーヴ!おさかな食べたいの!」


 亜莉香の後ろで、精霊達の声がした。思わず振り返る。

 ピヴワヌ、ネモフィル、ウイとサイとフルーヴの五人は、円を作るように固まって、好き勝手に酒と食べ物をつまむ。亜莉香が見ていた食べ物の倍の量のお重を囲って、ウイは一升瓶を隣のピヴワヌに差し出すし、ネモフィルは寿司を食べて頬を緩め、サイは桜を見上げて満足そうにお茶をすする。ウイの膝の上にいたフルーヴが手を伸ばそうとすれば、ネモフィルは仕方がないと言わんばかりに手を貸した。

 見なかったことにして、亜莉香は視線を前に戻す。


「トシヤ、その卵焼きが食べたいから取って」

「自分で取れよ。他に要る奴は?」

「僕とルカの分もお願いね。あと、寿司も適当に。ルカはいなり寿司好きだよね?」

「好きだけど…自分で取る」


 亜莉香の隣のトシヤが世話を焼き、適当に皿に盛り付け回す。トウゴは喜んで受け取り、ルカが自力で皿に色々盛り付ける。その途中でルイが箸を伸ばし、ルカの口に食べ物を運ぼうとした。

 嫌がるルカにめげないルイがいて、トシヤもトウゴも呆れながら笑う。


「賑やかだなー。これも食べていいわけ?」

「勿論。それは八重のお手製の漬物」


 亜莉香の左隣の透が言った。酒こそないが、熱燗でも飲んでいるかのような湯呑を持つ透が話しかけたのは、同じく湯呑を持つ黄瀬である。

 隠れ里へと続く姿見の欠片を奏が戻すなり、黄瀬は街にやって来た。王子の話に参加を示したかと思えば、即座に隠れ里に戻って八重の手作りの漬物を持参した。


 結界の中で見えない空間は、シンヤ達側からしたら綺麗な桜並木。

 結界の中にいる亜莉香にとっては、まさかの大宴会。


 周りから見えないとは言え、誰もが寛いでいた。自由に食べて、精霊に至ってはお酒を飲んで、騒がしくも笑いの絶えない時間が流れる。

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