09-5
夕飯の買い物を終えて、亜莉香は一人裏路地を歩いていた。
ケイに何度も感謝を言われ、イトセにも感謝され、店を出てから買い物をした。昨日のトウゴのせいで冷蔵庫の中が空に近かったので、いつもより多めの食材と、帰る前に受け取った着物を両手で抱えていると重い。
「今日は、何を作ろう」
誰にも聞こえていないと思って呟けば、近くで何かが倒れる音がした。
恐る恐る音のした方向を探し、路地裏の小道を亜莉香は覗き込む。
行き止まりの先に頭のないルグトリスがいて、見慣れた背中が見えた。日本刀を右手に構え、ルグトリスを眺めていたトシヤが、足音に気が付いて振り返る。
「アリカ。買い物帰り?」
「はい…トシヤさん、怪我は?」
「ないない。無傷――」
トシヤの話している最中に、頭のないルグトリスが亜莉香に向かって駆け出した。息を呑んだ亜莉香の前で、トシヤはくるりと身を翻し、その心臓に焔を纏った日本刀を突き刺す。
【ミツケタ】
久しぶりに頭に響いた声に、亜莉香の身体は固まる。
恐怖を感じるのはいつも亜莉香だけ。トシヤは何でもない顔でルグトリスが消えるのを見届けた。完全にいなくなってから、日本刀を鞘に戻す。
「最近、増えているんだよな。また襲われる前に、さっさと帰るか」
「そうですね…」
「やっぱり、怖かったか?」
怯えていた亜莉香を見て、トシヤは遠慮がちに言った。
大丈夫です、と以前なら答えていた。その言葉を呑み込んで、笑みを作った亜莉香は素直に答える。
「少しだけ…怖かったです。トシヤさんがいてくれて、安心しました」
「そう思うなら、もう少し人通りのある道を通れよ。俺がいたから良かったものの」
亜莉香の目の前までやって来たトシヤの顔が、すぐ近くまで迫る。
驚く暇もなく、トシヤは亜莉香の頬を軽くつねった。
痛さはない。トシヤなりの心配をしていることは明白で、唸り声を上げると、トシヤは笑いながら頬を放した。
何度も触れられているはずなのに、頬が熱い。
視線を下げて、少し赤くなった亜莉香に、トシヤは優しい笑みを浮かべる。
「荷物持つよ。風呂敷、二つ?」
「二つです…けど」
亜莉香は持っていた風呂敷を見下ろす。両手で抱えている下の方の風呂敷は食材を包んでいて、その上に乗せている風呂敷の中には着物が入っている。
家に帰って誰かに見つかる前に渡してしまおう、と思った。
荷物を全て持つ気でいるトシヤが手を伸ばす直前、亜莉香が勢いよく身体の向きを変える。行き場のなくなったトシヤの手が宙で止まる。
「どうした?」
「えっと…上の荷物だけ持って欲しくて。一つは私が持って帰りますので」
「何言っているんだよ。見るからに下の方が重そうだから、どっちも持つ」
「いえ、これは大丈夫なので。上だけお願いします」
譲ろうとしない亜莉香から、トシヤは問答無用で荷物を奪った。奪われると取り返せなくて、亜莉香は悲しくなる。
あまりにも悲しそうに見えたようで、トシヤは軽い方を亜莉香に戻した。
「ほら、そんなに持ちたいなら軽い方な」
「…分かりました」
渡すはずの着物を両手で抱えながら、亜莉香は言った。全く亜莉香の心情を理解していないトシヤが歩き出したので、置いて行かれないように亜莉香も踏み出す。トシヤに渡す着物と、その中に忍ばせた一文のみの手紙を、ぎゅっと抱きしめた。
いつもありがとうございます、しか書いていない小さな手紙。
改めて考えると渡すのは恥ずかしいが、このまま亜莉香が男物の着物を持っていても、書いた手紙を持ち続けても仕方がない。
家に帰ったら即座に渡してしまおう、と心の中で決意した。




