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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
423/507

84-5

 長老の家に着くなり、土間にいた面々が目を見開いた。

 玄関の扉を勢いよく開けたのはピヴワヌで、その右手には首根っこを掴まれた白い梟がいる。白い梟が精霊であるローズであることは里の人間にとって周知の事実で、道行く人達もピヴワヌの行動に呆気に取られていた。

 長老の家に辿り着く前に、ローズは叫び疲れて動かなくなった。

 ピヴワヌは土間にいた面々を見渡し、平然と言う。


「入っていいな?」

「あー…良いのではないか?」


 答えたのはシンヤで、湯呑でお茶を飲むところだった。

 白い梟が精霊だと感づいたようだけど、何も言わない。ピヴワヌの傍にいた亜莉香に目を向けたので軽く一礼すれば、微笑み返されて湯呑を床に戻す。

 亜莉香の左腕を掴んで歩いていたネモフィルは、シンヤの隣にいた透を見た。


「話進んだ?」

「それなりに?それより、その梟って…?」

「「鍋の材料」」


 ピヴワヌとネモフィルの声が重なった。

 へえ、と曖昧に相槌を打った透だったが、お茶を飲もうとして湯呑に手を伸ばした手が震えている。ローズの現状を知るなり笑いが込み上げたようで、口元を押さえ始めた。

 顔を伏せていても、爆笑するのは時間の問題だと亜莉香は知っている。

 囲炉裏を挟んで座っている長老だけが言葉を失い、シンヤは何てことなく問う。


「梟とは食べられるものなのか?」

「肉であれば食べられるだろ」

「お腹壊さないか心配よね」

「ちょ、おい。真面目に聞くな。答えるなよ。俺が笑い死ぬ」


 耐え切れなくなった透が腹を抱えて、苦しそうに言った。

 笑うのは透ぐらいだ。人の声がしたせいか、奥から顔を覗かせたのは長老の奥さん。ローズの様子に驚く素振りは見せるものの、亜莉香達を確認して顔を引っ込める。

 ピヴワヌを先頭にして、土間に上がった。

 亜莉香の両脇には、当たり前のようにピヴワヌとネモフィルが座る。話が出来なくなった透ではなく、その奥にいたシンヤが話し出す。


「それで、サイ殿は既に具材か?」

「残念なことに逃げられたな。代わりの梟だ」

「こっちの方が新鮮よ。大きいし、丸々と太っているし、とても美味しそう」


 動かなかったはずの梟が、僅かに怯えて身体を震わせたように見えた。

 ピヴワヌもネモフィルも本心ではない筈。話題に出たサイは逃げられたのではなく、高台に置いてきた。まだ全快ではないから、少し一人になりたいと言われ、心配したウイが一人にしないと言って残っている。


 ウイとサイが二人で話すこともあるだろう。

 誰も反対せず、亜莉香達はその場を離れた。


 そして向かった先が、長老の家。亜莉香が目覚めるまで精霊達が待機していたという家に、話に聞いていた通り、透とシンヤはいた。

 一言でいえば、シンヤの格好は派手だ。

 明るい赤の着物に、黒い袴。襟元や帯は隠れていても金色が覗いている。普段見慣れていた格好より、高級と言えば良いのか。値段の高そうな着物や袴。

 対して透は、黒の一言に尽きる。

 着物も袴も黒一色。髪まで黒いので、闇に紛れたら見事に隠れられる配色だ。トシヤ達も同じような格好だったと考えていれば、笑い疲れた透が顔を上げる。


「あー、喉が渇いた」

「大丈夫?」

「大丈夫に決まっているさ。亜莉香こそ、体調は大丈夫か?」


 お茶で喉を潤しながら、透は言った。


「今なら、私以外の人の方が重傷だと思う」

「違いない。トシヤ達なら上の部屋で寝ているぞ。行かないのか?」

「その前に透に聞きたいことがあって」


 答えている間に、長老の奥さんがお茶を運んでくれた。

 ピヴワヌやネモフィルの分も置き、透やシンヤにはお茶を足す。少し喉が渇いていた亜莉香は熱い両手で持って、息を吹きかけ冷ます素振りをする。猫舌ではないので、すぐに飲めるが敢えて時間を作り、一息ついてから問いかけることにした。


「透、どうして遅かったの?」

「俺まで急いで来る必要はなかっただろ」


 熱くて飲めなかったお茶に、透は顔を顰めた。聞きたかったことではないので見つめれば、目が合った後に視線を下げる。


「ネモが俺を呼んでいるは知っていたけど、俺まで行ったら亜莉香達が帰って来られなくなっただろ。あのヒナって奴が絵画の中に仕掛けられた罠を発動させて、全て無効にしたと思ったらサイとヒナは里に向かうし。何の対策もなく里に行って帰って来られないのは避けたかったし、どっちにしろ、ツユに捕まって身動きが取れなくなった」


 言い訳がましく段々と声が小さくなり、お茶をすすった。


「もっと早く来るべきだった、とは思っている」

「それは私もだが、シノープルの方も慌ただしくて来るに来られなかった。自身売買の件に領主も関わっていたせいで、ツユ殿と共に取り締まるのに忙しかった」


 すまない、とシンヤに頭を下げられる。怒っていたわけではないが、謝られると許さないわけにはいかない。透も謝ったので、亜莉香は息を深く吐いてから言う。


「謝って欲しかったわけではないです。ただ、理由が知りたかっただけ」


 それが本心だった。

 両隣にいる精霊達の存在を意識して、自然と背筋が伸びる。


「私は二人のように、大勢の人を動かす力はないから。精霊達の声が聞こえても、精霊達が力を貸してくれても、人の上に立てない。立ちたくないのです」


 言葉にすれば心に染み込み、自分の心を確認するように言った。

 どれだけの魔力を持っていても、戦えたとしても。その力を使わずに日々を穏やかに暮らす方が、亜莉香にとっての幸せだと気付いた。


 居場所は欲しい。けど、それは沢山の人に意識されながら生きることじゃない。

 ただ愛した人の傍に居たかった灯のように、亜莉香の願いは一つしかない。その願いを心に秘めて、そっと湯呑を置いた。もう一つ、透に言いたいことがある。


「だから――領主の件に私は関わらない」

「そうか」

「それでももし、麗良と高野陸斗が関わっているなら話は別。二人の居場所を知っているのなら、どんな些細なことでも居場所を知る手がかりがあるなら教えて欲しい」


 亜莉香の口から出た名前に、反応したのは透だけ。

 ピヴワヌとネモフィルには、その二人の名前が灯に関係している人物の名前だと教えてある。シンヤや始終黙っている長老には聞き慣れない名前だろうが、誰に何を聞かれても構わない。

 二人を知る透を真っ直ぐに見つめて、亜莉香は言った。


「その二人だけは――私が決着をつける相手だから」






 少し二階の様子を見て来る、と言って亜莉香は席を外した。

 ピヴワヌやネモフィルは土間に置いてきた。亜莉香の触れられたくない感情を察したかのように、一人で行って来いと背中を押された。

 寝ているのなら少し顔が見られたら十分で、二階へ上がる階段の踊り場で足を止める。見えなかった場所。踊り場の上、二階へ続く階段にいた二人と目が合う。


「トウゴさんに、ルイさん…?」

「その、盗み聞きをするつもりはなかったけどね」

「アリカちゃん、ごめんね。出るに出られなくて」


 腰を下ろしてルイは気まずそうで、立ったまま階段の手すりに背中を預けていたトウゴは謝罪した。先程まで下で話していた内容を思い出せば、二人の態度に納得する。


 シンヤが麗良と高野陸斗について訊ねたから、亜莉香は素直に話した。

 昔からの顔馴染みであり、縁が切れなかったこと。その縁は遠い昔から続くものであり、麗良は亜莉香を憎んでいて、過去には殺されかけたこと。陸斗は灯と瓜二つの亜莉香を探しているかもしれなくて、そのせいで闇を呼び寄せ、周りを巻き込むかもしれないこと。

 護人の存在は、シンヤも長老も知っていた。

 包み隠さず話してしまった。


「いつか、話すつもりでしたから」


 何とか笑いかけると、ルイは言葉を詰まらせた。

 トウゴは階段を下りて来て、亜莉香の頭を優しく撫でる。


「大変だったよね」


 じんわりと心に広がる温かさがあり、いいえ、と小さく否定した。

 亜莉香より、もっと辛かった人がいる。ずっと逃げきれず、追い詰められて心が壊れかけた人がいる。それこそが灯で、もういない。

 顔を上げればトウゴと目が合い、今度は自然に笑えた。


「お二人共、よく眠れましたか?」

「まあ、一応?人の家だから僕は熟睡しなかったけど。トシヤくんや、別の部屋でフルーヴと一緒に寝ているルカは熟睡中じゃないかな」


 立ち上がったルイが言い、袴の裾を払った。

 亜莉香の頭から手を離し、ルイを振り返ったトウゴは問う。


「もう一回、寝るか?」

「寝ないよ。もう目が覚めたし、トウゴくんは人のこと言えないでしょ?僕が起きる前から起きていたくせに」

「ばれていたか」


 白々しいトウゴに、ルイが肩を竦めた。


「シノープルに来るまで何度か同じ部屋で寝たけど、案外眠りが浅いよね。起きている気配はするし、よく周りの音を気にかけているし」

「無意識だけどな。その点、トシヤは今日まで気を張っていたから、俺の様子には全く気付かない。今日はとことん寝ていそう」

「確かに。あの様子じゃ起きないね」


 話を聞いている限り、トシヤが眠っているのはよく分かった。気持ちよく寝ているなら、起こすような真似はしたくない。それは疲れている筈のルカやフルーヴも同じだ。


「そうじゃあ、下で起きるまで待ちましょうか」


 亜莉香の提案に、トウゴとルイは顔を合わせた。


「あれ?トシヤの様子を、見に来たわけじゃないの?」

「寝ている人の邪魔はしませんよ」


 先に口を開いたのはトウゴで、亜莉香は即答した。

 いやいや、と片手を顔の前で振ったのはルイだ。


「アリカさんが傍に行っても、絶対に邪魔だと思わないから。寧ろ目が覚めた時に傍に居てあげた方が、トシヤくんも安心すると思う」

「トシヤの奴、アリカちゃんが起きるまで起きていようとしたからなー」

「結局、僕達が両脇で寝るように説得したものね。あれは疲れた」


 うんうんと首を縦に振るルイに、亜莉香は少し迷った。

 ほんの少しでも顔が見たいと言う気持ちもあるが、起こしたくない気持ちも強い。傍に居た方が良いと言われれば行きたくて、一人だけ寝ている部屋に入っていいものなのか。小さくも唸り出した亜莉香の背中を押したのはトウゴで、ルイは道を開けてくれた。

 指差された部屋は左側、亜莉香の返事も聞かずにルイが扉を開ける。


 それなりの音がしたが、部屋の中は静かだった。

 太陽の光は障子が遮り、ある程度は明るい部屋の中。客室なのか家具の少ない部屋に、並んでいる布団は三組で、真ん中だけが膨らんでいた。扉に背を向け寝ているのはトシヤで、布団の隙間から頭が見える。


「ほら、起きない」

「と言うことで、アリカちゃんは思う存分、この部屋に居て大丈夫だよ」

「思う存分って――」


 亜莉香が言い終わらないうちに、トウゴとルイは逃げるように部屋から出ていった。しっかりと扉が閉められて、あまりの早さに置いていかれる。


 数秒足が止まったのち、改めて部屋を見渡した。

 十畳程の和室だ。窓際の布団は抜け殻のような状態で、扉側は掛け布団だけ畳んである。予想では奥で寝ていたのがルイで、手前がトウゴ。布団以外に足場が少なく、少し迷ったのち奥まで進んで、トシヤの寝顔が見える位置まで移動して腰を落とす。


 とても久しぶりに、トシヤの寝顔を見た。

 幼さが増した寝顔。穏やかな表情。部屋の中では落ち着いた茶色に見える髪に手を伸ばし、恐る恐る髪に触れる。

 髪を撫でても、全く起きる気配がなかった。少し安心して、布団を退け、思い切って隣に横になってみる。枕がないけど気にしない。じっとトシヤの顔を見つめているだけで、幸せだと感じてしまうのだから目が離せない。


 目が覚めたら、伝えたい言葉がある。

 素直な気持ちを、怖くても逃げ出したくなっても伝えたい。


 その時に、トシヤがどんな反応をするのか。どんな想像をしても、途中で違うだろうという結論に達してしまう。想像するのは難しい。

 トシヤの名前を小さく呼べば、返事はないけど嬉しくなった。

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