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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
417/507

83-5

 何をやっているのだと思いつつ、微笑ましい光景を亜莉香は眺める。


「馬鹿らしい」


 亜莉香の横に立った誰かは、呆れた声で言った。

 その声を聞いただけで、言った本人の顔は容易に想像出来る。勢いよく振り返ったトウゴの瞳には女性の姿が映り、亜莉香は振り返らずに話しかける。


「もう大丈夫ですか?」

「おかげさまで。これを返すわ」


 話をしながら、差し出されたのは羅針盤。右手に持っていた扇を今度こそ返そうとすれば、手の中にあったはずの感触が消えた。

 その右手に落とされた重みに、思わず顔を上げる。


「返そうとした扇が消えたのですが?」

「今の貴女に必要なの?」

「私には必要ないですね」

「それなら要らないでしょ」


 求めている答えではなくて、亜莉香は首を傾げた。

 ヒナの視線はトウゴに移り、表情を消して見つめる。最初こそ見つめられたトウゴは居心地悪そうで目を逸らしそうになるが、ゆっくりと笑みを浮かべてみせる。


「無事で良かったよ」

「…そう」


 会話が続かない。先に瞳を伏せ、唇を噛みしめたのはヒナだった。

 亜莉香の名前を呼んだトシヤが近づいて来るのを感じたヒナは、踵を返して消えようとする。咄嗟に伸びた亜莉香の手は着物の裾を掴み、ヒナの足が止まった。


「離しなさいよ」

「その前に聞きたいことが」

「ここで?」


 呆れ返っているヒナが振り返り、ため息交じりに言う。


「私は貴女と仲良くするつもりはないのだけど?」

「でも私は聞きたいことがあるのです。ヒナさんと一緒に現れた彼女のこととか、その彼女の役目とか」

「言いたくないと言ったら?」

「どうしましょうか?」


 にっこりと笑って聞き返した亜莉香に、ヒナは肩を落とした。

 話しているうちに、トシヤはやって来る。ルカとルイも傍に来て、あからさまに警戒した。精霊達が怪我一つなかったのに、トシヤ達には掠り傷が多い。


 亜莉香を守るように割り込んだトシヤが日本刀を構え、ヒナが身を引いて離れた。逃げようとはしなかったヒナと向き合い、無言で睨み合う。亜莉香だけが座った状態で、立ち上がろうと思ったが腰が上がらなかった。誰も亜莉香の様子には気付かず、重たい空気が漂った。

 ルカとルイの手にも武器はあって、頭を掻いたトウゴが口を挟む。


「落ち着いて話し合わない?」

「――あの子は、主と一緒に戻って来たと言っていた」


 トウゴの意見を無視し、ヒナは亜莉香を見つめて話し出した。


「目を覚ました私を見つけ出して、貴女に用があった私に勝手について来た。またどこかで、新しい身体を手に入れたみたいね。隠れ里に入るには闇が深すぎたけど、今回の身体は本物に近いみたい。魔力が綺麗に混ざっていた」


 麗良が消えた場所に目を向けたヒナの表情はなかった。

 主と一緒に戻って来たと言われて、亜莉香が思い出したのは夢のような記憶。

 白い鳥居の傍に居た二人の姿。亜莉香を引き止めようとした陸斗と、隣に居て腕を離さなかった麗良の姿を思い出せば、視線が自然と下がる。


 麗良の中にレイがいたのだと、今なら納得してしまう。

 もしも亜莉香の中に灯いたように、ずっと麗良の中にレイが存在していたのだとしたら。それが事実なら、麗良の行動の理由が分かる。レイの心の一部と偽りの身体を封印したのは亜莉香で、恨みを買ったに違いない。


 主と一緒に戻って来たと言うのなら、その主を指すのは陸斗。

 王子と瓜二つであった陸斗を、麗良はずっと奪われないようにもしていた。亜莉香からと言うより、灯に奪われないようにしたのかもしれないが、それはどちらもいい。正直な所は灯だって関わりたくなかった相手だったわけで、嫌な関係が成り立っている。


「今回も、死んでいないのよ。隠れ里に入る前に、そっくりな偽物を作っていたから」


 説明を続けたヒナの淡々とした声の途中で、亜莉香は顔を上げた。


「ややこしいけど偽物が、偽物を作ったようなものなの。あの子の役目は主の盾。主の傍を片時も離れず護ることだった。忌々しいことに、今は主の寵愛を得ることに夢中だけど」


 あっさりと聞きたかったことを教えてくれ、ヒナは深いため息をついた。

 その横顔には軽蔑が含まれている。周りからの視線は気にせず、立ち去ろうともしないので質問を重ねた。


「ヒナさんも、その役目でしたか?」

「違う。私は剣」

「剣?」

「主の剣。主の邪魔をする者を切り捨て、主の道を切り開く者。物心ついた時に交わした契約のせいで、私は決して抗えなかったの」


 片手を見下ろし、ヒナは過去系で言った。何もない右手を見つめる瞳は、亜莉香には見えない何かを見ている。それを握り潰す様子を眺めていれば、話を半分も理解していない面々の視線を浴びる。

 特にルカは何か言いたげで、ルイは困っているようにも見えた。

 何となく視線が泳いだ亜莉香が口を閉ざせば、トシヤが問う。


「主って誰だ?」

「…私の嫌いな男よ」

「それがアリカと、どういう――」

「詳しい話は本人に聞きなさいよ。これ以上、私に余計なことを聞かないで」


 はっきりと言い、今度こそ踵を返した。

 亜莉香が名前を呼ぼうとする。それを遮ったのは真横から現れた小さな影で、地面を蹴ったかと思えばヒナの足に抱きついた。


「ひな!」


 どこからともなく現れたのは、人の姿をしたフルーヴ。ヒナの口角は引きつった。完全に足が止まる。無理に引き離せないくせに、何を言えばいいのか分からないのか眉間に皺を寄せた。

 ルカとルイが驚くのも無理はない。

 トシヤは警戒したまま、トウゴが笑いを堪えて言う。


「フルーヴ、何で来たわけ?」

「皆がおそくて、むかえに来たの!ごはんの時間なの!」


 鼻を膨らませたフルーヴの大きな声に、ルイは口元を押さえて笑った。場違いな発言だと気付かないフルーヴは、ヒナの着物を掴んだまま話し出す。


「うめのおにぎりとー、しゃけのおにぎりとー、しおのおにぎりとー、たまごのおにぎり。あと、はっぱのおにぎりもあったの!がまんしたフルーヴ、えらい!」


 褒めて欲しい、と言わんばかりに瞳を輝かせて言った。

 語尾を伸ばし、舌足らずで一生懸命話したフルーヴの姿に、ルカまで笑いを堪え始めた。肩が震えているのは見て分かり、顔は見なかったがトウゴが吹き出したのも分かる。


 ご飯の時間と言われれば、もう朝日が昇って空が明るい。

 昨日の夜から起きていたことを考えれば、急に眠気が襲って来た。


 ここで倒れたら駄目だと、亜莉香は一人奥歯を噛みしめる。

 表面上は笑っているルイが一歩を踏み出した。トシヤの日本刀の剣先を下げ、ヒナに懐いているフルーヴの傍に腰を下ろす。

 視線を合わせられたフルーヴは、不思議そうに首を傾げる。


「フルーヴ、その人は怖くないの?」

「怖くないよ?ヒナとフルーヴ、仲良しなの!」

「へえ、仲良しか」


 繰り返された言葉で、ヒナの表情が完全に消えてしまった。

 何度も頷くフルーヴは嬉しそうで、ヒナの顔を見上げる。その表情から、ヒナの気持ちを読み取ることはしない。冷ややかな瞳に見下ろされたまま、着物を僅かに引っ張って、好き勝手に言う。


「フルーヴね、しおおにぎりが食べたいの。ヒナは?」

「…要らない」

「しゃけ?」


 あまりにも小さな声は拾ってもらえず、フルーヴが可愛らしく聞き返した。

 じっと見つめられた眼差しに耐え切れず、ヒナは目を背ける。すぐにフルーヴが動いて、目が合う位置に移動した。ヒナに懐いている為なのか、決して離れることはない。適当な相槌を打って聞き流し始めたヒナを、誰も助けようとはしなかった。


 ゆっくりと立ち上がったルイは、ヒナに背を向ける。トシヤの肩を軽く叩いてから、ルカの隣に戻って大丈夫そうだと話しかけた。

 大丈夫だと言われているのは、ヒナのことで間違いないだろう。

 この場を立ち去れなかったヒナの表情は迷惑そうであるものの、時折、頬が緩んでいるようにも見えた。迷惑をかけているはずのフルーヴを温かく見守るように、短い相槌の中にも優しさが混じる。

 ルカとルイが今後のことを話し始めて、ようやくトシヤは日本刀を鞘に戻した。

 嬉しそうな顔をしたトウゴが歩き出して、ヒナとフルーヴの傍に行く。


 この場にいるだけで、亜莉香は心が満たされていくのを感じた。

 声の届く場所にトシヤがいて、近付けば触れられる。真面目に今後のことを考えるルカと冗談交じりで話すルイがいて、仲の良い会話が耳に届く。冷たい態度を貫くヒナに対して、フルーヴはめげずに話しかける。トウゴも混ざろうとするのがおかしくて、瞳に映る光景を目に焼き付ける。

 何だか眠くて目を閉じたくなると、遠くから亜莉香を呼ぶ声がした。

 おーい、と聞こえた声は複数で、トシヤ達の名前も呼ぶ。


「透、遅い!!」


 ネモフィルの怒声が里に響き、亜莉香は振り返った。

 森から里へ抜けた先に、見慣れた姿がある。大きく手を振る透の隣には、ガランスにいるはずのシンヤの姿もあった。セレストの警備隊の数名と共に来て、中にはナギトもいる。

 トシヤ達だけじゃなかった。

 名前を呼んでくれる人達がいた。心配してくれる人は沢山いた。


 心に安堵が押し寄せる。絶対的な信頼は透に対してだけではないが、透が来たのなら、後は何が起こっても大丈夫だと思えた。シンヤがいるなら代表として、村長と話し合ってくれると期待したい。まさか警備隊の人達まで引き連れて来るとは思わなかったが、里に人が増えるのは素直に嬉しい。


 ふと思考が止まった。

 何も考えられなくなった瞬間、亜莉香は意識を手放した。

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