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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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83-3

 たった数秒だとしても、あれだけ暴れていた鴉の動きが止まった。

 驚いた麗良は、何が起こったのか理解しない。即座に姿を消した精霊三人に囲まれ、ウイが手綱を奪った。奪い返そうとした麗良の間に、頑丈で薄い氷を出現させたのはネモフィルだ。ピヴワヌは麗良の肩を掴むなり力技で引き離し、そのまま宙へと放り投げる。


 鴉から見れば小さな身体が地面に落ちただけ。

 動き出したサイは目もくれず、麗良に足が迫った。

 防御する時間は与えない。相当な高さから落ちただけでも麗良の身体は衝撃を受け、すぐに立ち上がれなかった。立ち上がろうとしたところで踏み潰され、甲高い悲鳴を上げた身体は血まみれで動かなくなる。

 虚ろな影が麗良の身体から抜き出て、空気に溶けるように消えた。

 麗良にしか見えなかった身体も地面に溶けて消え、残ったのは赤い血だまりだけ。腐敗した匂いが僅かに届いたが、鼻を覆う前に里に咲く花の匂いが打ち消した。


 話が通じない相手が消えただけで、まだ問題は残っている。

 動き出したサイが頭を振り、手綱を握ったままのウイが残った。

 ピヴワヌとネモフィルは綺麗に着地してみせ、ルカとルイが戦闘態勢を取る。即座に対応したのは黄瀬で、最初と同じようにサイの動きを止めて見せた。駆け出したルカとルイは深い傷を負っていた羽に、更なる傷を増やす。

 少し時間を止めただけで疲労を感じた亜莉香は、顔には出さないように意識した。亜莉香を支えていてくれるトシヤに目を向け、はっきりと言う。


「トシヤさんも、行って下さい」

「けど――」

「私は戦えるほどの力はありません。足手まといになりたくないから、ここで出来ることをします。この場で――トウゴさんと一緒に居ます」


 急に名前を呼ばれたトウゴは驚いたようだった。

 それでも迷っているトシヤと視線を交わせば、すぐに口を開く。


「ご指名とあれば、俺がここにいるよ。トシヤは行って来い」


 トウゴにも言われ、トシヤは亜莉香と目を合わせてから頷いた。すぐさま触れていた身体が離れ、踵を返して駆け出す。

 走りながら、トシヤの日本刀が焔を纏う。

 いつ見ても美しい日本刀と遠ざかる背中を見送って、亜莉香は口を開いた。


「トウゴさん…少し、座ります」


 言い終わる前に膝から崩れ落ちそうになり、咄嗟にトウゴが右手を伸ばした。


「大丈夫?」

「大丈夫なのですが、まだ頑張りたいことがあって」


 支えられながら、ゆっくりと座り込んだ。トウゴも隣に膝をつき、亜莉香の言葉の続きを待つ。麗良がいなくなったので、ヒナの姿を消すのをやめた。

 深呼吸を繰り返し、扇を握って顔を上げる。


「今から――魔法を発動させます。こっちにサイさんが攻撃をすることはないと思いたいのですが、もしもの時は守って下さい」

「分かった。アリカちゃんのことは、トシヤの代わりに俺が守るね」

「いえ、ヒナさんを」


 即座に否定してトウゴを見た。

 亜莉香の言いたいことが呑み込めないトウゴに、伝わるように言葉を重ねる。


「私より、動けないヒナさんの方が心配です。攻撃を受けたら自衛出来ませんので。トウゴさんはヒナさんを連れて、少し離れてくれると助かります」


 何故か憐れむような視線を浴び、トウゴがため息をついた。仕方がない、と立ち上がったかと思ったのに、サイの様子が見えるように亜莉香の前に出て手にしていた棒を構える。

 亜莉香が首を傾げ、疑問を口にする前に話し出す。


「俺はヒナも、アリカちゃんも守るよ。そうじゃなくちゃ、残った意味がない」

「私なら本当に大丈夫なのですよ?」

「聞こえない、聞こえない」


 わざとらしく耳を塞いだトウゴが、何を言っても引いてくれないのは見れば分かった。立ち上がってまで、トウゴを退かす力は亜莉香にない。


 もう何も言うまい。

 深呼吸をして、目を閉じた。朝日が出たせいか、肌に触れる空気が温かい。少しでも身体に力が宿るように願い、全身に纏う優しい力を意識する。両手をついている大地から、傍にやって来る精霊達から、少しずつ魔力を分け与えられる力がある。


 名もなき者達が、亜莉香を呼んでいる。

 今か今かと春を待っている。


 春を呼び戻したら、サイを助ける力になるかもしれないなんて甘い考えだろう。それでも春を呼ぶことが、今の亜莉香に出来ること。望まれていること。

 その望みに答えたくて、瞼を開けた。純白の扇が瞳に映る。草木から浮かび上がる白く淡い光は儚い文字となり、為すべきことを教えてくれた。

 広げた扇を天に掲げ、亜莉香は呟く。


「【――長い眠りにつきし声なき者よ】」


 言葉を紡ぎ出せば、瞬く間に地面に光の線が走った。広がる紋章は薔薇だ。亜莉香のいる中央から外側にかけて、白から緑の色に変わる。半径二メートル程度ではトウゴのいる位置まで、暴れているサイのいる場所まで届かない。

 それでも充分。扇が光り輝き、淡く緑の光を宿す。


「【この声届くなら、我が声に答えよ】」


 紋章から湧き出るような風があった。頬を撫で、髪を巻き上げた風に色はない。亜莉香の傍に居る精霊達はその風で踊り、風と舞った。精霊達の光が見えない風を具現化させ、自然と笑みが浮かぶ。

 亜莉香が魔法に発動させようとすることに、サイだけは気付かなかった。

 ピヴワヌやネモフィル、ウイなどの精霊達も、トシヤや黄瀬、ルカとルイも何かに気付くが、亜莉香に視線を向けたのは一瞬だ。


「【花舞う里が目覚める為に、春待つ者を取り戻す為に】」


 何か言われても、もう遅い。

 春はもうすぐそこまで近づいて、誰にも止められない。


 例え亜莉香が力を添えなくても、いずれ里は目覚めただろう。声なき者達は、待ち望んだ春を喜ぶのだろう。春を待っていたのは声なき者達だけの話じゃなくて、里に住む人達も、山に住む動物や虫達も、長い冬と共に待っていたはずだ。


 サイだって、春を待っていたと思う。


 どんな春を待ち望むのか考えれば、一つの光景が瞼の裏にちらついた。

 隠れ里を囲む山々は新緑であり、その半分は桃色だ。春を代表する桜が咲き乱れ、桃色と言っても濃い色も、薄い色も混ざった色で咲く。鮮やかな緑や黄緑、時々混ざる黄色の花も山々を染め、里の畑の隅には菜の花が咲いて鮮やかな色を添える。

 空は晴天。透き通る青空は清々しく、春の陽気で鳥が鳴く。蜜を運ぶ蜜蜂もいれば、花の間を飛び交う蝶もいる。里に住む人達が農作業をしたり、子供達が遊び回ったり。


 それは精霊が見せたくれた過去の記憶と重なった。

 サイの名前を呼ぶ、ナノカの声が聞こえた気がする。


 目の前にいるトウゴの背中を眺めた亜莉香は、ゆっくりと息を吐いた。


「【色なき風と里を駆け抜け、自由気ままに遊んで笑え。形ない風を捕まえ、芽吹いた草木に優しく謡え。天つ風に乗るのなら、我が名の――】」


 深く息を吸い、大きく黒い鴉のみを見据えた。

 風は、焔や水のように目に見えるものではない。

 暖かく包み込んでくれる風もあれば、冷たく凍えさせる風もある。どんな風も目に見えないことが多くて、扇に宿る並々ならぬ力も風の力。突風のように吹き飛ばすかもしれないし、そよ風のように癒すかもしれない。

 どんな風の力にせよ、振り回されないように掲げた扇に力を込める。


「【亜莉香の名の元、舞い踊れ】」

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