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会話をしようにも精霊達が五月蠅すぎて、思わず呟いた亜莉香の一言で黙った。
名前を呼ばれたピヴワヌとネモフィルが怒られたと思って黙ったのは分かるが、ウイまで血の気の引いた顔をしていたのは知らない。
右肩に飛び乗ったのはピヴワヌで、白い兎の姿。
左肩によじ登ったのはネモフィルで、久しぶりのペンギン姿。
そして頭の上に飛び乗ったのが、白い鴉のウイである。
「…全員下りてくれませんか?」
「ここは儂の定位置だ」
「馬鹿兎が右なら、私は左でしょ」
「空いていたのが頭の上だけだったの」
三者三様の答えに、最早何を言えば良いのか分からない。
ルカとルイが憐れむのは耐えられる。トウゴと、その膝の上に移動したフルーヴに心配されるのも問題ない。今にも吹き出しそうなのは黄瀬で、必死に笑いを堪えている。お猪口を持つ手が震えているので、堪えきれていないのが見て分かる。
笑えなくなった亜莉香を見て、ため息をついたトシヤが言う。
「全員、下りてやれよ。アリカが困っているだろ」
「小僧にだけは言われたくない」
「そうね。トシヤには言われたくないわ」
わざと頬を膨らませたネモフィルに言われ、トシヤは不思議そうな顔をした。
「なんで?」
「ずっとアーちゃんの手を握っているからじゃない?」
楽しそうなウイが口を挟んだ。余計なことを言わないで欲しい。困ってはいたが、トシヤが気にするまで言うつもりはなかった。
ますます顔を上げられなくなったのに、覗きこまれてトシヤと目が合う。
「嫌だったか?」
「――っ!」
柴犬がしょんぼりするみたいな顔が目の前にあった。
口は開いても何も言い返せず、亜莉香の顔は赤くなる。熟した林檎のように、真っ赤な顔になっていてもおかしくない。
目を逸らそうにも動けなかった。
「いや…あの…このままで、いいです」
消えそうになりながらも言えば、トシヤの安堵した顔で心臓が五月蠅くなった。トシヤの笑みを見るだけで胸がいっぱいになる。握っている手に力を込められると、意識したせいで頭が真っ白にもなりかける。
「あの二人、一回二人きりにしてみる?」
「そうしたら戻って来なくなるだろ」
「いつもあんな感じなの?」
「「いや」」
黄瀬の質問に、ルカとルイが同時に答えた。トウゴは誰にでもなく訊ねる。
「いつもは老夫婦みたいな雰囲気だった気がしない?」
「馬鹿兎の負けね」
「勝負なんぞ初めからしとらん」
「その割にピーちゃん、悔しそうじゃない?」
精霊達にまで好き勝手言われた。
繰り広げられた会話に、亜莉香の耳まで赤く染まる。平然としているトシヤが顔を上げ、ため息交じりに話し出す。
「――他に言いたいことがある奴は?」
ない、と楽しそうやら嬉しそうやら、悔しそうな声が揃って聞こえた。
声とは裏腹に、何か言いたそうな空気を感じる。亜莉香とトシヤの仲を、黄瀬や八重は絶対に勘違いしている。手を繋いでいるし好意も抱いているが、亜莉香はトシヤに気持ちを伝えてなくて聞いてもいない。
曖昧な関係を、なんて言えばいいのか分からなかった。
羞恥心で亜莉香は顔を伏せたまま、黄瀬を始めとして声が飛び交う。
「それにしても、よくこんな時にやって来たね。誰か説明してくれるでしょ?」
「はーい!まずは私が説明するよ。私達精霊三人とアーちゃんは、シノープルの領主の家にあった絵画、裏口から隠れ里に来ました!」
「僕達も似たような感じだと思うな。絵画を通って、アリカさんを追いかけた結果がこれ。他にもいたけど、辿り着いたのはこの場にいる面子だけだったね。それで、この里の異様なルグトリスは何?これが普通とか言わないよね?」
ウイに続いて、ルイが質問した。
そっと亜莉香も顔を上げ、話に耳を傾ける。
「今は異常事態。どっかの馬鹿が、闇を引き入れたみたいだな。朝になれば数は減るだろうから、その隙に闇を生む原因を見つけて壊す予定」
「どっかの馬鹿って、里の人間でしょう?まだ特定してないの?」
「それが簡単に出来たら、俺も楽だけどね」
軽い口調の黄瀬が湯呑を手にして、お茶を飲む。
喉を潤し、そっと伏せた瞳に浮かぶは怒りだけじゃない。
「この落とし前は、きっちりつけさせないと。楽しみだな。そいつの顔を拝むのが」
隣にいる黄瀬を見つめる八重は少しだけ不安そうで、ウイが呟く。
「黄瀬ちゃん、まだ怒っていたのね」
「畑を荒らされた恨みか」
「鍬を持って暴れる姿は見てみたいわね」
ぼそぼそと本音を零す精霊達に、亜莉香は返事をしなかった。トシヤも声は聞こえているはずだが無視をして、黄瀬に問う。
「俺達に手伝えることはあるのか?」
「手伝ってくれるの?」
意外だと言わんばかりの顔に、苦々しくもトシヤは言う。
「この状況で帰れないだろ」
「そうだよね。トシヤくんは無視しないよね。どんなに早くアリカさんと家に帰りたくても」
「そもそもシノープルへの戻り道が分からないからだろ」
ルイの余計な一言はトシヤに睨まれ、ルカの言葉で黄瀬は亜莉香を見た。
「亜莉香…この里からの出方を伝えてある?」
首を振って否定しながら、亜莉香も会話に混ざる。
「いいえ。私は隠れ里に戻ってくるつもりはありませんでしたので、何も話していません。表の出入口は壊れたままですか?」
「まあね。木蓮と葛が帰って来てからだって、戻す術なく各家で過ごしていたわけだ」
「その割に余裕だな、黄瀬。焼け落ちた家もあっただろに、それは平気なのか?」
「そういう家は、もう人が住んでいない家ばかりさ。里の連中だって弱いわけじゃないけど、ここまで闇が濃いと動きが鈍くなるから。人の子達に手伝ってもらえるのは有難い」
しみじみと言った黄瀬に、トウゴが代表するかのように言う。
「人の子って呼ぶけど、そっちも人間だよね?」
「俺?もう二百越えているけど?」
とても不思議そうに黄瀬が言い返したせいで、亜莉香を追ってきた面々はぽかんとした表情になった。精霊達は知っていた事だろうが、トシヤ達に説明する時間はなかった。まだまだ説明していないことは多い。どこから説明すれば良いかも分からないまま、黄瀬は驚く人達を見て嬉しそうに笑った。
「因みに俺の隣の八重は百越え」




