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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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80-1

 黄瀬の家の一階にある土間は、それなりに広い。

 囲炉裏を囲んで、悠々と八人は座れる。その囲炉裏で温めている鍋の中では熱々の豚汁が煮込まれ、美味しい匂いが部屋に充満している。鍋の周りには餅を刺した串もあり、火に炙られて少し膨らみ始めた。


 美味しそうだと思いつつ、視線を上げれば目の前の人物と目が合った。

 亜莉香の正面に座っているのは、お猪口片手に微笑んだ黄瀬である。


 突然家の扉を叩いた亜莉香を出迎えてくれた見た黄瀬が、目を丸くしたのは想定内。夢でも見ている気分で、微かに笑みを浮かべたまでは良かった。問題はその後で、トシヤを見るなり瞳に涙を溜めた。その瞳が見ていたのはトシヤではなく利哉の方で、思いっきり両手を広げたかと思えば、亜莉香ごと抱きしめた為にトシヤの重い拳を腹にくらった。

 見ず知らずの人間に名前を呼ばれ、抱きしめられたトシヤが警戒したままなのは仕方がない。すぐに黄瀬が謝罪して、亜莉香が知り合いに似ていただけだと説明しなければ、日本刀を抜いていたかもしれない。


 そんなトシヤは亜莉香の隣にいて、手を繋いだままなのは恥ずかしい。

 二人ずつ隣に座るように囲炉裏を囲んでいるわけだけど、距離が近い。何度か座り直そうかしてみたものの、名前を呼ばれて見つめられると、頬は熱くなって何でもないと腰を下ろしてしまった。


 その行動を見ていたルカとルイの生温かな視線で、余計に恥ずかしさが増す。

 トシヤとの一部始終はピヴワヌ達だけでなく、二人にも見られていた。

 斜め左に座っているルカとルイも並んで座っているが、亜莉香とトシヤのように肩が触れる距離じゃない。初対面のはずの黄瀬の用意したお茶を褒め、和やかな話題を提供しつつ、時折亜莉香の様子を確認されると居た堪れない気持ちになる。


 美味しいお茶なのは認める。それが黄瀬の畑の自家製野菜入りのお茶で、黄瀬が熱く語り出しても、亜莉香の耳には話の半分も入らない。


 黄瀬の話し相手は、適当な相槌を打つのが上手な聞き役であるトウゴに任せる。

 トウゴはルカとルイの反対にいて、亜莉香の斜め右。隣の丸い座布団が置かれた席は一つ空いていた。あからさまに亜莉香やトシヤの方には目を向けない。


 正確に言えば、囲炉裏を囲む面々は誰一人として亜莉香の背後を見ないふり。

 灼熱の太陽のような熱さと、氷の結晶のような冷たさを同時に感じる。


 亜莉香も振り向けない背後では、ピヴワヌとネモフィルが仁王立ちでウイを見下ろしていた。その膝の上にはちょこんと座ったフルーヴがいて、小さな身体を抱きしめられている。一人だけ焼きおにぎりを食べ、空気を読んでいるのか黙りっぱなし。黄瀬の家まで辿り着くまでのピヴワヌとネモフィルも凄かったが、その比ではない。

 里にいたルグトリスを瞬く間に凍らせ蹴散らし、お互いに見事な連携を見せつけられた。瞬く間に道を作った二人より遥かに恐ろしい何かが、後ろにいる。


「――で、いい加減に理解したわよね?」

「その鳥頭でも分かるように説明したぞ」


 低い声で言われたウイは間を置き、不思議そうに言う。


「ネモちゃんの魔力の一部を与えられて、ピーちゃんが育てた…やっぱり、父と母じゃないの?」

「「違う!」」


 本日二度目の雷が落ちた。

 あまりに鈍い音がして、家が揺れた気さえした。何が起こっているのか気になり過ぎて、亜莉香はそっと後ろを振り返る。

 ピヴワヌの踵落としをくらったウイが両手で頭を抱えている。

 フルーヴがよしよしと頭を撫でて、首を傾げて問う。


「いたいー?」

「痛いよー。ピーちゃんってば馬鹿力だもの。それにしてもフルーヴちゃん可愛いね」

「フルーヴ、かわいい?」

「可愛い!凄く可愛い!」


 髪が乱れる勢いで頭を撫でられ、フルーヴは嬉しそうな声を出す。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、頭を撫で出すウイに反省の色はなし。真顔のピヴワヌとネモフィルはあまりにも恐ろしく、おい、とピヴワヌが話しかける。


「ばばあ。今なら丁度、豚汁に入れる肉が目の前にあるようだ」

「あら、いいわね。私鴉を食べるのは初めてよ」


 話しかけたのはウイではなく、ネモフィルだった。目が全然笑ってない。


「猪だったら食べたことがあるのだけど、楽しみね。鍋じゃなく、焼いて食べたら?」

「それもありだな。炭火焼き。塩を持ってくれば良いか」

「私を食べても美味しくないから!!」


 ピヴワヌとネモフィルの発言に、真っ青になったウイが叫ぶ。

 食べると言われれば、ウイに掴まったフルーヴまで泣きそうな顔になってしまった。ピヴワヌとネモフィルの顔を見比べ、フルーヴが亜莉香に助けを求める。


「フルーヴ、こっちおいで」

「うん!」


 泣きそうだった顔が一瞬で嬉しそうになって、瞬く間に姿が消えた。

 光を纏ったフルーヴは亜莉香の膝の上に移動して、力いっぱいしがみつく。空いていた左手で頭を撫でれば落ち着いて、小さなお腹の音がした。


「お腹すいたー」

「さっきまで焼きおにぎり食べていただろ?」


 ルカに呆れられても、フルーヴのお腹の音は止まらない。

 どうしようかと思えば、丁度台所から出て来た少女と目が合った。


 家にいたのは、黄瀬一人じゃない。

 年が近そうな少女は、よく黄瀬の家に足を運んでいた。亜莉香達が到着した時も黄瀬の家にいて即座に睨まれたが、お茶を用意するために踵を返した時の顔は、口角が上がっていたようにも見えた。

 全員分のお椀または茶碗を用意したお盆を持って、琥珀色の着物姿。腰より長い胡桃色の髪。眉が出る程短く切り揃えた前髪。強い意思が宿る瞳の色は黄色に近い強い黄緑の鳥の鶸色で、帯も同じ色。向けられる視線は、やっぱり鋭い。

 亜莉香の傍にも来て、小皿と箸を置いた。

 何かの匂いを嗅ぎ取ったフルーヴが少女を見て、歓喜の声を上げる。


「おにぎり!」

「…どうぞ」

「ありがとう!」


 お盆の隅に置いてあった小さなおにぎりは、フルーヴの為のものだった。

 両手で受け取って、亜莉香の膝の上で食べ始めるフルーヴの姿に、少女の顔が緩む。亜莉香の視線に気付いて表情がすぐに戻ったが、絶対にフルーヴの可愛らしさに見惚れていた。声をかけるなと言う雰囲気は完全に消えたわけではなく、少しだけ緩和した。

 何となく少女の姿を目で追ってしまうと、黄瀬が亜莉香の名前を呼んだ。


「亜莉香も知らなかったよな?彼女は八重桜の八重、因みに俺は黄色の瀬戸際で、黄瀬。改めまして人の子達よ。我らがシノープルの隠れ里、古には花降る里と呼ばれた地。スクレ・シュクセスへ、ようこそ」


 手にしていたお猪口を少し掲げた黄瀬に、どうも、と返事をしたのはトウゴだけ。ルカとルイは会釈を返し、トシヤに至っては眉間に皺が寄っている。

 八重は当たり前のように黄瀬の隣に座って、閉じていた鍋の蓋を開けた。

 せっせとお椀、または茶碗に豚汁を盛る。豚汁が手渡しで、それぞれの目の前に置かれていく。八重が誰よりも早く豚汁を手に取り、トシヤ以外は食べ始める。

 お腹の空いていない亜莉香も少しは食べたいが、片手で食べられない。それをトシヤに言える雰囲気でもない。黄瀬に視線を戻せば、それで、と話し出す。


「皆さんの、名前は?」

「僕はルイで、隣がルカ。向かいにいるのがトウゴくんで、キセくんが抱き付いたのがトシヤくんね」

「因みにアリカちゃんの膝の上にいるのが――」

「フルーヴ!」


 トウゴの説明の途中で、元気よく名乗ったフルーヴは亜莉香の膝から下りた。胸を張っても小さい。うふふん、と腰に手を当て、満面の笑みで言う。


「よろしくね!」

「よろしくな」


 酒を飲みながら黄瀬は笑って言い、八重は頷いただけだった。

 ちらちらとフルーヴを見ているが、目が合う前には逸らしてしまう。


「愛想ないな」

「最初の頃のルカも似たようなものでしょ」


 ルカとルイの内緒話が聞こえたとしても、誰も何も言わない。言われた本人すら気にせず、ひたすら黙って豚汁を食べる。

 八重は無関心で、トシヤは黄瀬に敵意を向け、他は誰も精霊達を気にしない。

 段々とピヴワヌとネモフィルの声は大きくなって、全く別のことで言い合い始めた。ウイの笑い声すら混じって、囲炉裏を囲む面々は静かなのに後ろが五月蠅い。


 この状況は何だろうと思いながら、亜莉香は左手でお茶を飲んだ。

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