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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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79-5

「――っはや、過ぎるから!」


 息絶え絶えのトウゴの声が響いて、亜莉香は身体を震わせた。

 驚きが勝って、思わず顔を上げる。トシヤの肩越しに見える場所に、見守っていてくれた人影は二つ。その隣に到着したばかりのトウゴがしゃがみ、肩には小さな白い兎がいた。


「ありか!」


 亜莉香を見るなり駆け出したフルーヴは、トシヤの頭に勢いよくしがみつく。


「あいたかったの!すぐかえって来るって言ったのに!」


 泣き叫ぶように言ったフルーヴに、止まりかけた涙が零れた。青い河の色の瞳も、みるみる涙を零して雪を濡らす。


「遅くなって、ごめんね」


 いいよ、と言おうとしたフルーヴの声は、全て濁点が混ざったように聞こえた。

 ぐずぐずと泣き出すフルーヴが、先程までの亜莉香のようにトシヤの頭に顔を押し付ける。僅かに離れたトシヤの顔につられて、亜莉香も笑みを零す。

 掴んでいた手を離せば、トシヤの腕も離れた。しがみついていた身体を起こしても向き合ったままで、宙に浮いた両手をトシヤに掴まれる。

 先に立ち上がったトシヤに引っ張られて、亜莉香も立ち上がった。そのまま手が離れるかとも思ったが、左手だけはしっかりと指を絡められる。トシヤの顔を見ようとしたが、その前に身を引かれ、視界が開いた瞳に歩み寄る面々が映った。


 トシヤと同じように黒い格好のルカとルイは、どちらも少しだけ気まずそうな表情をしていた。トウゴだけは疲れたとぼやき、肩を落としながら歩く。


「トシヤが速すぎて、見失うかと思った」

「足跡があれば、迷子にはならないだろ」

「それにしても速かったけどね。僕でも見失いそうだったもん。雨でも雪でも、街で配達の仕事をしているだけの理由じゃないよね」


 歩きながら両手を頭の後ろに回そうとしたルイだったが、途中でやめた。頭を掻きながらルカと共に亜莉香の傍にやって来て、立ち止まるなり二人で言う。


「「アリカ」さん」

「…はい」


 名前を呼ばれたのが嬉しくて、泣かないように唇を噛んだ。

 ルカの右手が伸びて、亜莉香の頭を優しく撫でる。


「名前、呼べなくて悪かった」

「僕も色々酷いこと言って、ごめんね」


 二人に謝れて、亜莉香は首を横に振った。息を吸って、泣かないように笑ってから、深い紫と緑の目を見て話す。


「二人が無事で、本当に良かったです」


 ルカとルイにとっては前の話でも、亜莉香にとっては新しい記憶。

 温泉街での出来事の末、リーヴル家がどうなったのかは知らない。ピヴワヌは詳しく知る前に亜莉香を探しに来てくれて、ネモフィルも同じ。


 今すぐでなくても、そのうち話を聞きたいと思った。

 残してきた人の過ごした時間を、思い出を知る時間はきっとある。

 ようやく笑みを零したルカは手を離し、ルイはいつもの調子で話し出した。


「そう言えば僕、ちゃんと愚兄と喧嘩をせずに話せるようになったよ。まあ、時々は喧嘩を売るけど」

「売るなよ」

「あの愚兄の顔を見たら、売らずにはいられなくない?」


 ルカの冷ややかな視線を、ルイは笑って流した。トシヤは呆れ、亜莉香は微笑む。目が合ったトウゴも嬉しそうに笑い、今の亜莉香の気持ちを代弁する。


「いつもの日々が帰って来たって感じだね」

「本当、本当。トシヤくんが戻ってくれて良かったよ」

「俺?」


 不思議そうに聞き返したトシヤに、ルイが言った。

 対してルカも頷いて、亜莉香とトシヤは首を傾げる。トウゴだけが納得した表情で、ルカとルイは揃えて言った。


「「今日まで凄く怖かった」」


 ルカとルイの温度差のある言葉に、トシヤは顔を顰めた。亜莉香には意味が分からない。具体的な説明を求める必要なく、ルイは指を折りながら言う。


「まず、アリカさんがいなくなってから作り笑い増えたでしょ。物とか人とか扱いが乱暴な時もあったし、急に黙ったりしたし。ふとした瞬間の真顔が何より怖い」


 まだまだあって、と続けようとしたルイを、ルカが肘で突いた。


「それくらいにしてやれよ」

「折角の機会だから、ね?」


 こそこそと会話を始めたルカとルイを他所に、亜莉香は目を合わせようとしないトシヤの顔を覗き込もうとした。何やら過去を振り返っているトシヤの眉間に皺が寄り、遠くを見つめて目が合わない。

 一体どんな日々を過ごしていたのか。

 ひっそりと移動したのはトウゴで、亜莉香にだけ聞こえるように囁く。


「後でヒナのこと教えて」


 亜莉香の気は逸れ、反射的に頷いた。この場で話し出せば長い時間が必要だ。

 まだ何も解決していない。ヒナは置いてきたまま、亜莉香は隠れ里に戻ってしまい、里にはルグトリスが沢山いる。誰も何も襲われていないのが不思議で、里を振り返る前に誰かが後ろから抱きついた。


「アーちゃん!」


 そんな呼び方をする人は、この場に一人しかいない。

 勢いに押されて前のめりになった亜莉香はトシヤに支えられ、首には細い腕が回る。背後からの衝動に驚きながら、顔を見ないで問いかける。


「ウイちゃん…どうかしましたか?」

「あのね!私、私、凄いことに気付いちゃったよ!」


 亜莉香以外の視線を気にせず、頭の後ろで嬉しそうな声がした。

 顔を見なくても、その表情は簡単に想像出来る。瞳を輝かせているに違いない。

 何が嬉しいのか、さっぱり分からない亜莉香よりも先に、一部始終を見守っていてくれたピヴワヌとネモフィルは言う。


「どうせ阿呆なことだろ?」

「相手にしなくても問題ないことね。それより、そろそろ場所を移動して――」

「ピーちゃんとネモちゃんには、子供がいたのね!!」


 ウイの爆弾発言に、元々静かになりつつあった場の空気が止まった。

 子供、と疑問形に呟いたのは亜莉香だけ。他に動いたのはトシヤの頭の上にいたフルーヴで、もぞもぞ動いて可愛らしく首を傾げた。


「こどもー?」

「「違う!!!」」


 ウイの子供発言が誰なのか、ほぼ全員が気付いた。辺り響いたピヴワヌとネモフィルの声はあまりに大きく、遠くで鳥が羽ばたく音がした。

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