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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
395/507

79-2

 もうこれ以上、願っているだけじゃ駄目だと思った。


 踏み荒らされた雪の上を駆け出し、氷を纏わせた太めの枝を右手に持った。戦い方なんて誰かに教わったこともないけど、きっと灯が亜莉香に残してくれた。どうすれば相手の懐に入り込めるか、どこを狙えば敵を倒せるか。

 自然と振り上げた枝の鋭い先は、ルグトリスの首を刎ねた。

 すかさず襲いかかる一人の攻撃を伏せてかわし、勢いをつけて心臓に枝を突き刺す。急な乱入者に怯んだルグトリスの数は数十あるが、そのうちの多数は亜莉香を見るなり身を引いた。本能的に敵わない相手と判断しなかった少数が前に出て、亜莉香よりも先に動いたピヴワヌが後方へ蹴り飛ばした。

 息を吐きながら姿勢を正す亜莉香の隣に、降り立ったネモフィルは言う。


「お見事」

「でもまだ、力を使いこなせている気がしません」

「無理をすると後で倒れるぞ。程々に慣らしながら戦うのが良かろう」


 何事もなかったかのような足取りで戻って来たピヴワヌは、平然とルグトリスに背を向けている。背を向けても襲いかかる敵はいなくて、ネモフィルとは逆の位置に辿り着くなり、振り返って腕を組んだ。


 見上げた視線の先に、大量のルグトリスがうろつく里がある。

 一番遠い家は高台にある黄瀬の家で、結界にまもられていた。他の家も結界で守られているが、攻撃を受け、中には焼け落ちた茅葺き屋根の家もある。二十もなかった家の数がさらに減り、畑は荒らされ、白く美しかった里が黒で穢された。

 ふつふつと湧き上がる怒りを覚え、亜莉香は静かに枝を強く握る。


「全部――倒してしまいましょうか」

「あら、いいわね。私は賛成」

「その前にウイの奴はどこだ?これくらいの数で、くたばる奴ではないだろ」


 ピヴワヌがウイの姿を探す。

 黒と白ばかりの景色の中に、深緑の髪が現れては消えた。

 ウイ、と名前を呼んだピヴワヌの声が辺りに響く。一時的に立ち止まったウイが振り返り、これでもかと言う程に目を見開く。その姿が光となって一瞬で消えれば、亜莉香の目の前に再度現れて詰め寄った。

 亜莉香の肩に両手を置いたウイに、真っ直ぐに見つめられる。

 顔が近くて一歩下がりそうになれば、息を吸ったウイが口を開いた。


「なんで来ちゃったの!?」

「儂の主は、お主じゃないからだ」

「勿論、私もね」


 驚きのウイの第一声に、胸を張ったピヴワヌとネモフィルは言い返した。

 亜莉香はまだ、何も答えていない。それなのに見つめられる瞳には涙が浮かび、悔しそうな言葉が溢れる。


「アーちゃん、止めてよー。アーちゃんしか、二人は止められないのに。ピーちゃんとネモちゃんが来たら、山火事と大洪水にしかならないのにー」


 段々と声が小さくなって、語尾を伸ばしたウイが項垂れた。

 ピヴワヌとネモフィルに対する認識が酷い。そんなまさかと言いそうになって、とりあえず小さく謝った。里はお終い、と話を聞いてくれないウイが頭を抱えてしゃがみ、両隣は好き勝手に話し出す。


「山火事でも、ちゃんと人間と精霊のいない山の一部を燃やしたぞ」

「あら、私だって。川をちょっと氾濫させただけの話よ。それを人間が勝手に騒ぐから、調子に乗って水量が増えちゃったのよ」

「…実際に行ったことがあるのですね」


 ようやく亜莉香の発した声に反応があり、肯定の声は二人分。

 どちらも反省の色のない肯定をして、ピヴワヌは満足げに首を縦に振っただけだが、ネモフィルは亜莉香の首に抱きついた。

 顔だけ上げたウイが、恨めし気に二人を見る。


「焔を呼ぶ男とか、紅焔の兎とか。深海の乙女とか、泡沫の人魚姫とか。ここで名乗って、流行らせないでね」

「懐かしい呼び名だな。すっかり忘れていたぞ」

「そんな異名、覚えているのはウイぐらいよ。でも、いつ聞いても素敵な響き」


 嬉しそうに亜莉香に抱きついたままネモフィルも、何度も頷くピヴワヌも、わざわざ自分で名乗っていたのかと言いたくなった。随分と前の話なのだろうと話を聞いていれば、ウイだけが真顔になっている。

 両脇と目の前のウイの温度差を感じつつ、亜莉香は遠慮がちに訊ねた。


「それでウイちゃん、この状況は?」

「…私が来た時には既に、ルグトリスでいっぱいだったの。里の皆は結界の中にいて、黄瀬ちゃんだけが、里の人間が一人だけで戦っていた」


 ウイの顔色が暗くなる。黄瀬の身に何か起こったのではないか心配になれば、予想外の言葉が続いた。


「黄瀬ちゃん…その一人で戦っていた里の人間だけど、畑が荒らされてお怒りで。全員血祭だって、鍬を片手に笑いながら戦っていたの。ルグトリスより怖くて、そのせいで里の皆は避難しちゃっているし、仕方がないから私が無理やり家に押し込んだばかり」


 その状況を思い出したウイが、両腕で自身の身体を抱きしめて身震いした。亜莉香は何て顔をすれば良いのか分からなくなる。ピヴワヌは驚きつつも、口を挟んだ。


「黄瀬の奴、そんなに怒っていたのか」

「うん、そうなの。あれ、ピーちゃん知り合い?」

「まあ、ちょっとな」


 頬を指で掻きながらピヴワヌが言い、亜莉香は首を傾げているネモフィルに説明する。亜莉香を助けてくれた青年が、家に泊めてくれた人間こそが黄瀬であること。野菜について語り出したら止められなくなることなどを手短に話す。


「面白い人間って、どこにでもいるのね」


 結果、たった一言で済ませられた。

 黄瀬の行動が面白いのか亜莉香には判断出来ないが、珍しい人ではあるはず。鍬を持って笑いながらと言うのは想像しがたく、二百年も生きている人間なら有り得ることなのかもしれないと無理やり納得することにした。

 それで、ネモフィルが話を戻す。


「里の連中全員、家の中にいるとして。どうするの?全て倒す?」


 亜莉香も訊ねたかったことを言った。

 真剣な表情になったウイは首を横に振り、気を取り直して立ち上がる。


「倒しても、すぐに現れるの。どこから湧いて出ているか探らないと、いつまで経っても終わらない。それじゃあ駄目だよ」

「だが、この里から目を離すのは不安だな」

「そうね。これだけの数、暴れ出したら何をしでかすか分かったものじゃないわね」

「私が原因を探って来ましょうか?」


 どこまで出来るか分からないが言った。何かを探すのは得意だし、ルグトリス相手に戦うより役に立てそうだ。

 亜莉香の提案に、三人一緒に唸り出す。


「それはな」

「そうなるとアリカがね」

「アーちゃんと言うか、里の問題じゃない?」

「な、何が言いたいのですか?」


 なんで分からないのだと言いたげな視線を受け、首を傾げる。言葉にしてくれないと何が言いたいのか、さっぱり伝わらない。

 つまり、と代表して言ったのはウイで、何故か空を指差し苦笑いをした。


「アーちゃんが行くところに、精霊達が付いて行っちゃうよねという話」


 ウイが言った精霊達は、ピヴワヌ達じゃなかった。

 隠れ里であるスクレ・シュクセスに居た精霊達。小さな光の精霊がふわりふわりと集まり出していて、ルグトリスではなく精霊に囲まれている。

 いつの間にと呟けば、ウイも空を見上げて言う。


「アーちゃんが来てから、精霊達が騒がしいなとは思ったよ。まさか、こんなに集まってしまうとは思わなかったけど」

「これはあれだな。里から離れようとすればついて来る」

「そうね。アリカの傍の一定距離がルグトリスも寄らない不可侵領域。下手に動くと、里の結界にも影響しそうだわ」


 三人の意見が一致している。

 つまり、と結論を促した。


「「「動くな」」」

「…はい」


 頷くしかなくて、眉間に皺を寄せて笑えなくなった。亜莉香が呼んだわけじゃないのに、精霊達の笑い声が聞こえる。動くなと真似した声もあれば、それを笑って動くと声に出して宙を舞う精霊もいた。

 とっても楽しそうで、里の中にルグトリスがいる状態を忘れそうになる。


「何故、私の傍に精霊が集まっているのでしょうか?」

「里の空気が悪いからだろ」

「その点、アリカの傍は常に清められているのよ。私や馬鹿兎が居心地よくて離れたくないのと同じ。アリカの血が、一滴でも流れてご覧なさい。この地の精霊全部が怒り狂っちゃうわよ」


 全部、と言う単語を強調された。

 耳元で楽しそうに笑うネモフィルの説明に、ますます疑問ばかりが増える。

 ガランスにいる時もセレストにいる時も、こんなことは起こらなかった。精霊達に好かれることはあっても、これだけ集まることはない。黄瀬の家で数日過ごした時だって、何事もなく過ごせたのにと考えれば、腕を組んでいたピヴワヌと目が合う。

 おい、と低い声はネモフィルに向けてだった。


「いい加減、我が主から離れろ」

「いいじゃない。ガランスに戻ったら、また会えなくなるもの」

「近いのだ!そんなにくっつく必要はないだろ!」

「羨ましがるなんて見苦しいわよ。貴方も身長があれば格好がつくのにね。その恰好じゃあ、せいぜい頭を撫でるくらい?」


 口元を片手で隠して笑うネモフィルに、ピヴワヌの堪忍袋の緒が切れた。

 亜莉香を間に挟んで言い合うのは、やめてほしい。身体を寄せるネモフィルの体温はひんやりして、右手首を掴んだピヴワヌの手は温かい。

 いつまで続くのか本気で考え始めると、同じことを思っていたウイが言う。


「ピーちゃんとネモちゃん、こんな時まで喧嘩しなくても」


 ウイに呆れられても、二人は全く気にしない。

 途方に暮れると、一つの光が亜莉香の近くに浮いていた。どちらかと言えば白に近い黄色の光が、亜莉香に近づこうとしては離れていく。何かを伝えたいような気がして右手を伸ばせば、その光は指先に乗った。


 彼を助けて、と言われ反射的に頷いた。


 光が増した。何をされるか分からないまま、目の前に迫る。目を閉じる暇もなく、左目に溶け込み、奪われた視界が真っ白に染まった。

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