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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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79-1 Sideさい

 ウイの気配が消えた場所に、サイはいた。

 部屋に不自然に置いてある一升瓶と、一枚の絵画。一升瓶の方は、ウイかピヴワヌが厨房から持ち出したものに違いない。気になるのは絵画の方で、隠していたのに見つかった。


 探していた宝ではないものを、探し出したのはウイじゃないだろう。

 おそらくピヴワヌでもない。部屋に気配が残っているネモフィルでもないとすれば、残る人物は一人だけ。油断した、と内心苛立ち、絵画を見下ろす。


 何重にも隠していた魔法を見破られたのだ。誰にもばれない自信があって、気配の入り混じる領主の家に紛れ込ませていた裏口。

 ウイは知らない。主に頼んで、サイが隠れ里であるスクレ・シュクセスの裏口を絵画の中に隠していたことを。主に嘘をつかせ、裏口を処分したと偽ったことを。


 本来の裏口は、望んだ人の前に現れる。

 行き場を失くした魔力の強い人を里に誘い、里で居場所を失くした人間を外に連れ出す為の扉。どこにだって現れる扉を壊してしまえば、いつの日か里は衰退する。里を訪れる人が減り、動物が減り、生き物が消えた土地になってしまう。


 そんなことの為に、裏口を封じたかったわけじゃない。

 裏口を封じたのは、隠れ里から裏切り者を逃がさない為だ。


 隠れ里に潜む裏切り者は、多くの里の人間を王家に売った。身の危険を感じた彼女が正面の扉を壊さなければ、今でも誰かが犠牲になった。

 よくも隠れ里の人間が、王家に頭を下げたなと当時は怒り狂いたかった。

 彼女との約束がなかったら、サイは裏口から八つ裂きに向かった。


 本当に見つけ出したかった宝は、彼が裏切り者である証拠。

 領主と結託して、里の人間を売ったことを証明する文書。屋敷の中にあるはずの証拠は、厳重に守られているはずだ。里の人間が作った力宿る何かの中に、決して誰にも気付かれないよう保管されているはずだ。


 彼女は、扉を破壊することを望んだわけじゃない。

 そうするしかないと判断したから、扉を破壊した。

 早く証拠を見つけて、彼女の無実を証明したい。裏口を通れば隠れ里に行けるけど、その前に証拠を見つけるのが先だ。証拠がなければ、裏切り者を罰することが叶わない。


 ウイの焦燥は知っている。里で何か起こっているのも分かってはいる。それでも手ぶらでは行けず、裏切り者が勝手に死ぬのも許せない。

 まずは一刻も早く証拠を見つけなければと、奥歯を噛んだ。


 殺気だったまま立ち尽くしていたせいで、周りの気配を読むのが遅れた。

 勢いよく部屋の扉が開き、振り返れば見知った顔ぶれ。瑞の護人である透の連れ、たった一人を取り戻す為に、ガランスからわざわざ足を運んだ少年の名前を、サイは口にした。


「トシヤ…と、ガランスの領主の息子のシンヤか」

「アリカはどこだ」


 サイの呟きなど無視して、トシヤが言った。

 見るからに怒っている。その片手は腰に身に付けている日本刀の柄に伸び、今にも斬りかかりそうな雰囲気である。


 サイの手持ちは、外した仮面だけ。

 例え武器のない相手だろうが、精霊であるとばれている以上は警戒される。逃げようと思えば鴉になって窓から出ていくことも、この場で姿を消すことさえ出来る。それをしないのは関係なかった人間を巻き込んだ罪悪感で、ため息をついて頭を掻いた。


「ここにはいない。宝探しに参加していたけど、手違いがあったみたいだ」

「嘘をつくな」

「嘘じゃないさ。さて、どこから説明すればいいのかな。僕だって困っているのに」


 腕を組み、笑みを浮かべて見せたが、トシヤには信じてもらえない。

 彼女との約束のせいで、言えないことが多すぎる。下手なことを言えば、金輪際信じてもらえない。何を告げるべきか、迷ったサイに、シンヤは微笑む。


「この場にいないとしても、アリカ殿の居場所は知っているのだろうか?」


 緊迫した空気を壊し、親しみのこもった声で言った。敵意はない。無関係な人間をこれ以上巻き込むか考えつつ、素直に頷いた。


「知っている。その場所への行き方も知っているけど、それを教えるつもりはない」

「その理由は?」

「その場所へ行く道が、一方通行だからだよ」


 自然と視線は床に置いてあった絵画に向く。


「アーちゃん達は…アーちゃんとピーちゃん、ウイにネモちゃんまで、君達が必死になって探していた隠れ里にいる。経緯は知らないけど、宝探しの途中で迷い込んだのかもしれない。あの里から外に出るには、子供や小柄な女じゃないと出られない」


 どうして、こんなことになったのか。

 緋の護人なら、サイの探しているものを見つけられるかもしれないと期待した。勝手に巻き込んで、勝手にいなくなったことに落胆している。まさか裏口を見つけ出されるとは思いもせず、いつだって秘密は誰かに暴かれる。

 伏せた瞳に影が落ちたのに気付けず、代わりに絵画の中に黄金の光が生まれた。

 誰かが望み、扉が開かれる前触れだ。


「答えろ」


 静かに部屋に響いた声に、サイは顔を上げた。


「さっさと里への行き方を答えろ」

「さっきの僕の話、聞いていた?君たちが行っても帰って来られないから、僕は教えたくないのさ。ここは大人しく待っていた方が――」


 いいだろ、と言う言葉は途中で止まった。サイを見つめる真っ直ぐな眼差しがあまりにも眩しくて、瞳を細めて無理やり笑みを浮かべる。

震える両手を握りしめて、必死に耐えているトシヤの表情は真剣そのもの。今にも駆け出しそうな雰囲気を醸し出し、求める答えを待っている。

 揺るがぬ決意を見せつけられると、サイの心は揺れる。


 そんな風に想える羨ましさもあって答えてやりたいが、彼女との約束は破れない。何も言えない。何も言ってはいけない。


 黙ったまま動けず、静かな時間だけが流れた。奥歯を噛みしめたトシヤが口を開く前に、鍵の掛かってなかった窓辺に、シンヤの瞳越しに二つの影が現れるのを見た。


「流石に精霊と言っても、三対一なら負けると思わない?」

「ルイ殿、数が間違っていないか?ここにいるのは五人のはずだが?」

「いやいや、武器もない人間を数に入れないよ。そもそも普段から、お飾りの武器でしょ。数に入れるなんて、そんな可哀想な真似はしない」


 冗談交じりにシンヤの質問に答えたのは、ルイと呼ばれた人間だ。

 振り返れば、その隣にいる少女も、サイには見覚えがあった。ルカと呼ばれていたはずの少女は呆れながらルイに言う。


「こんな時にふざけるなよ」

「僕は本音しか言ってないよ。実際、約一名は戦力外でしょ?」

「それは俺も否定しないけど、今だけは数には入れてやったらどうだ?」

「つまり二人共、常日頃私を戦力に考えていないと言うことか」


 肩を落とさないシンヤは言い、窓辺の二人が肯定した。ルカは曖昧に答えたが、ルイは笑って答えた。貶されているはずのシンヤは特に気にせず、トシヤに至っては聞いてない。


 ひとまず何をすべきか、絵画の中に現れた扉を見下ろし考える。

 裏口は安全な場所に隠し直したい。探すことを再開したい。里へ行き、裏切り者との決着をつけねばと思い至れば、呑気な声が乱入した。


「うわ。何だよ、この怪しいものが沢山ある部屋は」

「あれ?ネモ様、いなくない?」

「ねえ、ありかはー?フルーヴ、ありかに会いに来たのに」


 また人が増えた。

 シンヤの後ろから顔を覗かせたのは透と、彼女と同じ瞳を持つ青年。その肩には白い小さな兎が乗っかって、しょんぼりと肩を落とした。

 このままでは、どんどん部屋の人口が増えそうだ。部屋の扉も窓も封じられれば、逃げ場は限られ、絵画を拾う前に白い影が横切った。


 瞬く間に絵画が消えて、ひゃあ、と声がしたのは窓の方。

 小さな女の子が絵画を握りしめ、ルイの足元まで転がっていた。


「フルーヴ、ころがり過ぎたの」

「大丈夫?」

「大丈夫なの。びっくりしたの」


 ルイの質問に答えながら、フルーヴは絵画を覗き込む。心配そうにルカが傍にしゃがみ、絵画が立つように支えた。その絵画に顔を近づけ、匂いを嗅いだかと思えば、満面の笑みを浮かべてトシヤ達を振り返った。


「この中から、ありかの匂いがするの!」


 数人の驚く声が重なった。

 言うつもりがなかった隠し事を、呆気なくばらされる。


「それが隠れ里に繋がる扉か。その先に亜莉香やネモフィルがいて、空間を繋げる魔法をかけてあるわけだろ?凄いな、よっぽどの魔力を持った人間じゃないと作れないのに」


 感心しているのは透だけで、勝手に説明をした。余計な知識を持っている人間は厄介だ。正解を言い当てられて、最早言葉が出ない。


 絵画の中に、はっきりと黄金の扉が現れていた。

 黄金の扉と呟き、駆け出したトシヤを止める暇はない。


 滑り込むように絵画に手を伸ばし、トシヤが扉に触れる。扉が開けば黄金の光が部屋に溢れ、瞬く間に部屋の中にいた人間を巻き込んだ。

 眩い黄金の光が弱まってから、サイは光を遮っていた腕を解いた。

 床に残った絵画を見れば、一面銀世界の絵画に戻っている。降り積もる雪が白く美しい森を描いた絵画の傍には、誰もいない。


「――あーあ。その裏口から入ったところで、帰って来られないと言ったのに」

「行ってしまったものは、仕方がないのではないか?」

「だよな。トシヤ達を止めるのは無理な話だっただけ」


 絵画を見て呟けば、予想外の返答があった。

 部屋の扉を振り返れば、答えたシンヤと腕を頭の後ろに透の姿がある。全員扉を越えたのかと思いきや、透まで残っていたのが意外だ。


「望まなかったのか?」

「ネモが行っているから、俺まで急いで行く必要はないだろ?」


 透が即答した。透とネモフィルの間には、随分な信頼関係があるようだ。

 契約している精霊と人間の関係は、それぞれ違う。サイとウイが何をしても、主は手も口も出さない。ピヴワヌだったら自分の主の傍から離れなくて、そもそも他の誰よりも深く繋がっている絆がある。


 ピヴワヌの命は、主の命だ。

 どちらが欠けても成り立たない。そんな関係の上で成り立っている強い契約だった。今も同じ契約を結んでいるのかは確かめてない。本人達の合意だったのか聞いたこともないが、そんな危ない契約なんて普通しない。片方が死ねば、もう片方も死んでしまう。片方が闇を宿せば、もう片方も闇に染まる。

 危うさが伴う、命懸けの契約。


 サイだったら拒絶する。そんな契約を行ったピヴワヌと緋の護人を、どこか信じられない気持ちで見ていた。闇を宿さない人間なんていないと、疑って踏み出せない一歩がある。

 残った二人を見て、サイは正直に話すことにした。


「絵画の扉を抜ければ、確かにアーちゃんの元には辿り着くだろう。けど、隠れ里の正面の扉は壊れている。里から出て戻って来るには、かっちゃんの持っている欠片が必要になる。裏口は絵画に封じているから、今はこちら側しか行けない。トシヤと呼ばれていた奴には説明したけど…聞いちゃくれなかったね」


 君も、とサイは言いながら、シンヤに目を向ける。


「一緒に行くのかと思っていたよ」

「私が行ったところで、足手まといだと分かっている。アリカ殿を迎えに行く役目は、トシヤ殿の役目だ。そんなことより、私はサイ殿のことが気になった」


 微笑んでいるシンヤが一歩を踏み出し、真っ直ぐに見つめる瞳を見返す。

 透を差し置いた姿勢に、彼がガランスの領主の息子であることを思い出した。護人より前に出る人間なんて少なかったのに、時代が変わった。

 何もかも、サイを置いて変わってしまう。

 もう笑うしかなくて、何もしないと意思表示するように両手を上げる。


「僕を気にする必要ある?」

「サイ殿、闇を抱えてはいないか?」


 疑いのない眼差しに、一瞬だけ息が止まりそうになった。

 喉が渇く。誰も気付かず、指摘しなかった事実に笑みが引きつった。


「…何の話?」

「ピヴワヌ殿も、同じような瞳をしていたことがある。私はそれを見たことがある。だから、どうしても気になったのだ」


 サイ殿、と繰り返し名前を呼ばれた。

 関係のない人間が気付くのに、主は何も言ってこない。透だって同じだ。ウイには必死に隠して、ピヴワヌやネモフィルだって気付かなかった。


 見ているはずの景色が歪んで見えそうだ。


 まだ暴走してはいけない。彼女との約束を果たすまで、裏切り者を見つけるまでは自我を保てる。深呼吸を繰り返し、たった一度だけ呼んでくれた彼女の声を思い出す。

 返事をしなかったサイの耳に、周りの音が戻る。


「僕なら…大丈夫だ」


 ちゃんと声が出た。微笑んで、自分自身に言い聞かせる。


「大丈夫。まだ、何も終わっていない」


 心配する透に笑いかけ、上げていた両手を下ろした。


「透も心配しなくていいよ。自分のことは、自分で始末をつける――それより宝探しを続けなくちゃ。かっちゃんの、いや僕の探し物を見つけないといけないからね」


 言い切って、絵画を拾いに行った。

 床から拾い上げようと手を伸ばした時、花の匂いがした。気のせいかと思えば、視界の片隅に黒い靴が映った。


 たった今降り立ったような女の足元に、サイは絵画を持たずに顔を上げる。

 真っ白な髪が夜風に揺れた。夜空を背景にした髪が明るい。不機嫌とも言える表情をして、亜麻色の瞳がサイを睨みつける。真新しい黒い着物姿なのに、ぼろぼろの着物に腕を通さず羽織っていた。胸元で懐中時計のような金属が揺れ、淡く白く光っている。

 ただの道具ではないのだろう。

 そして目の前の女性も、ただ者ではない。いつも遠くから眺めていただけで、まともに会話したことはなかった。おそらくお互いの名前を知っていて、呼んだこともない。

 透とシンヤが息を飲み、様子を伺っている。


 ヒナ、と小さく名前を呼ぶと同時に、全ての窓と扉が音を立てて閉まった。

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