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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
393/507

78-5

 木々に積もった雪が落ちる音が、聞こえるはずのない音が聞こえた。


 呆然とする亜莉香を抱きしめているのは間違いなくピヴワヌで、頭上で安堵の息も聞こえた。段々と鮮明になる視界に映ったのは絵画の中の風景であり、隠れ里の傍の森の中。

 見えている景色は、本来見えるはずの景色の角度九十度。

 寒さを感じたが、どうやら亜莉香の身体は地面についていない。

 状況が読めない。ピヴワヌに抱きしめられて、おそらく地面と平行に横になっている状態。つい先程まで領主の家にいたはずが、息が白くなる寒い夜空の下にいる。

 声が出ない亜莉香に向けて、ピヴワヌは言った。


「また変なことに巻き込まれたな」

「喋ってないで早く退きなさいよ!」

「ピーちゃん、ネモちゃん、アーちゃん…重い」


 真下から聞こえたうめき声に、亜莉香は驚くしかない。

 慌てて身を起こし、地面に足をつけた。どんな状態だったのか確認すれば、亜莉香を抱きしめていたのがピヴワヌで、ピヴワヌの背中に押しつぶされていたのがネモフィル。うつ伏せのネモフィルの下にいたのがウイで、一番下になっていたせいで真っ白な雪まみれ。

 起き上がると同時に、ウイは頭を振って雪を払う。


「押しつぶされて、死ぬかと思った」


 ぼさぼさになった髪を解くと、ウイの髪の色が深緑の色に戻った。

 揺れていた髪飾りも、耳に付けていた宝石も外して、帯の間に片付ける。軽く手で梳けば、ウイの髪の毛先はふわふわと巻いた最初の髪型に戻り、着物の色も柄も変わった。真っ白な着物に真っ白な帯で、羽織るための満開の桜が描かれた桃色の着物に袖を通す。

 しゃがんだまま、ウイが両腕で自らの身体を抱きしめた。


「ここ、寒いね」

「連れて来たのは、お主だろうが」

「そうよ。どういうこと?」


 仁王立ちのネモフィルには見下ろされ、ピヴワヌには睨まれる。

 困った顔をしたウイは、肩を竦めて見せた。


「私だって、よく分からないよ。私が知っているのは、あの絵に描かれていたのが、隠れ里の裏口だってこと。裏口は随分と前に、かっちゃんが処分したと言っていたの。表の出入口は壊れていて、正常じゃない。私達は今、シノープルの隠れ里であるスクレ・シュクセスの近くの森の中にいる」


 息を吐いて両手を温めるウイは立ち上がらず、辺りを見渡した。


「裏口が開くと里の結界が揺れるの。そのうち里の人間がやって来るかもしれない」

「武器を片手に、雪に紛れて襲うのだろう」

「その前に姿を消して近づくのよね。精霊の力を引いている人間だもの」

「そうそう。裏口から来る人間は、いつだって訳ありなの。望んだ人の前に現れる裏口が、いつだって善人を連れて来るわけじゃない。絵画の中に現れたのは偶然かもしれないけど、他の場所にも裏口は現れる――あれ?ピーちゃんも、ネモちゃんも経験済み?」


 並んで立っていたピヴワヌとネモフィルが同時に頷き、重い肯定をした。

 その経験のきっかけは、亜莉香である。

 今朝里を出たばかりだと言うのに、逆戻り。里を出ると別れを告げたのに夜も遅くに現れ、黄瀬と顔を合わせたら笑われそう。そもそも夜中に現れたら迷惑だ。

 無意識に重ねていた両手を解き、ため息を零す。


「まさか、こんなことになるとは思いませんでした」

「泣くな。儂らは出口を知っている。すぐに帰れるぞ」

「シノープルに帰ったら、笑い話にしてしまいましょう。馬鹿な鴉のせいで、季節外れの雪遊びをすることになったと」


 亜莉香の隣にやって来たネモフィルには頭を撫でられ、ピヴワヌには背中を軽く叩かれた。ピヴワヌは身体を冷まさないように、体温を分けてもくれる。両脇を囲まれて慰められ、あまり寒さを感じなくなった。


 どこにいても、見上げた夜空の月は綺麗だ。

 朧月の光が照らす土地は、積もった雪が光を反射して明るい。絵画で見た風景と同じで、周りには足跡一つない。静かで、白く美しい銀世界。

 じーっと見つめる視線に気が付くと、ウイが亜莉香を見つめていた。


「アーちゃんって、本当に不思議だよね」

「そうですか?」


 自覚はない。何が不思議か分からず、亜莉香は首を傾げる。


「私より、精霊である存在の方が不思議ですよ?」

「それも分かるよ。ピーちゃんやネモちゃん、私のような精霊って珍しいもの。でもそんな精霊を引き寄せるのは、アーちゃんが護人だという理由だけじゃないよね。だって、透ちゃんにはピーちゃん懐かなかったし、かっちゃんにはネモちゃんも懐かなかったもの」


 身を寄せているピヴワヌとネモフィルを意識して、ウイの言いたいことを理解した。だからどうしたと言わんばかりに、ピヴワヌが口を挟む。


「儂が我が主だけを気にいるのは当たり前だ」

「私は元々セレストから出なくて、他の護人と接する機会は少なかっただけの話ね。関わる機会がなければ、仲良くならないわよ」


 胸を張ったネモフィルの言い分に、ウイは優しく微笑んだ。

 雪を払いながら立ち上がったかと思えば、腕を空高く伸ばして言う


「まあ、それでいいや…ここで話していても仕方がないよね。里の人間が来るかと思ったのに来ないし、こっちから出向く?」

「儂は構わんぞ。どうせ移動だ」

「今度こそ私が氷のそりを作って、馬鹿兎がそりを引くのね。折角だから、丹精込めて派手なそりでも作ろうかしら」

「儂は引くと言っておらんぞ」

「あら、じゃあ歩くの?アリカの足で歩いたら、朝までかかるじゃない」


 両脇で勝手に言い合う二人を止めるタイミングを、亜莉香は完全に見失っていた。お互いに睨み合うピヴワヌとネモフィルが、今にも喧嘩を始めてしまいそうだ。笑っているだけのウイは口を閉ざし、見守ることに徹して喧嘩を止める気配がない。


 動こうにも動けない亜莉香が別の案を出す前に、ウイが勢いよく振り返った。

 その視線の先は、里のある方角。


 眉間に皺を寄せ、息を止めたように見える。瞳には緑の光が宿り、異変に気付いた亜莉香は小さく名前を呼ぶ。


「ウイちゃん…?」


 何の反応はなく、ウイの表情が厳しくなった。

 何かを感じたウイは、長く深い息を吐く。拳を握りしめて、言い争っているピヴワヌとネモフィルにも目をくれず、ただただ里のある方角を見つめて呟いた。


「行かなくちゃ」

「え?」

「ごめん!私は先に里に行くから、ここに居て!」


 両手を合わせて謝ったかと思えば、一瞬だけ合った瞳から感じたのは焦燥。

言いたいことだけ言って、踵を返したウイの一歩が雪を軽く蹴る。その姿が人から白い鴉に変わり、木々の間を抜けて、空高く消えた。

 呼び止める暇なんてなかった。

 真っ白な鴉が消えてしまえば、言い争っていた声も消えている。


「ウイの奴、どうしたのだ?」

「何かを感じたみたいね。あっち方角には、スクレ・シュクセスがあるわ」


 ぎゅっと守るようにネモフィルに頭を抱えられた。

 ピヴワヌは匂いを嗅ぐように鼻を動かし、ふむ、と言いながら腕を組む。


「遠くて匂いを嗅げん。風伝手に、何か聞こえたのかもしれんな」

「私も分からないわね。近くの精霊と繋がれば、何が起こっているか見えるのに」

「ですが――何かが、里で起こっているのですよね?」


 亜莉香の質問に、ピヴワヌもネモフィルも真剣な表情を浮かべた。

 どんなことが起こっていたとしても、それはウイを焦らせる何かだ。この場から動かぬように言い残して、一人で向かった先で何が起こっているのか。


 知りたい、と強く思った。

 その気持ちは伝わって、ピヴワヌは里のある方角を見た。


「儂を引き止められるのは我が主だけだと、あの鴉は忘れておるな」

「それを言ったら、私だって誰にも止められないわ。この場に来てしまったのは仕方がないと思って、透も呼び寄せることにしましょう」


 うふふ、と亜莉香から離れたネモフィルが前に出て、ふわりと振り返る。


「それで、いいわよね?」

「私は構いません。でも、そんなこと可能なのですか?」

「強く願えば、私の声は届くわ。裏口でも表の出入口でも、壊れているなら直せばいいし、閉じた扉は開けばいい」


 ふっと伏せたネモフィルの青い瞳は、ほんの少し輝いた。

 おそらく透に言葉を伝えている。その内容こそ分からないが、亜莉香は無事であり、スクレ・シュクセスにいることが伝われば、透を心配させずに済む。確かに顔を合わせて話せたら一番だなと思えば、ピヴワヌが亜莉香に身を寄せた。


「心配するな。護人なら大抵のことに対処できる。すぐには来られずとも、空間を繋ぐ扉なら直せん筈はない」

「私は出来ると思えませんでしたよ?」

「得意分野ではないのだろ?」


 言い返されて、それは考えたことがなかったと結論に辿り着く。

 得意とか不得意とか、まだまだ魔法をよく知らない。自分の出来ること、出来ないことを把握していなくて、未熟な自分を自覚した。

 苦手なことを少しでも減らすことも考えれば、まあ、とピヴワヌが腕を頭の後ろ回した。


「何でも一人でしようとした所で限界はある。そんな時は遠慮なく、周りに頼れば良い」

「今でも十分、頼りっぱなしの日々ですけどね」

「良いではないか。一人で生きるより、そっちの方が何倍も生きやすい。最近になって、ようやく儂はそれを学んだぞ」


 綺麗にまとめられて、亜莉香は笑みを浮かべた。それはピヴワヌだけの話じゃない。いつだって助けられて、助けたいと願って手を伸ばすのは亜莉香だって同じ。


 一人じゃないから大丈夫だと、言葉にしなくても通じた。

 根拠のない自信を持つと、ネモフィルが顔を上げる。


「終わったか?」

「一応、声は届いたはずよ。やっぱり遠いわね。声は届いたと思うけど、扉を見つけられるか心配になって来たわ。透は直すのが得意でも、何かを見つけるのは下手なのよ」


 この前の冬も、と腕を組んだネモフィルの言葉が続く。


「お湯を注いだ湯たんぽを台所に置き忘れて、家の中を数時間も探し回っていたわ。見つけた時には冷えていて、リリアに早く聞けば良かったのに、無駄な時間を費やしたのよ」

「それは昔からですね。直前に自分が何をしていたか、他人に聞くぐらいですから」

「あるある。聞いたって分からないことを聞くのよね」


 透のあるあるを語り出したら、お互いに話題が尽きなさそうで笑った。

 笑い声は明るくて、場違いなくらい周りに響く。こんな場合ではないと分かっていても、笑っている方が気持ちは穏やかでいられた。

 亜莉香とネモフィルを見比べたピヴワヌは、さり気なく会話に混ざる。


「忘れやすさで言ったら、ウイも負けてないぞ」

「ウイちゃんが?」

「あれは覚える気がないのよ。だから同じものを何度も買うし、何度も食べるし、何度も聞くの。その犠牲者は、主にサイ」

「そのうちサイの頭は禿げるな」


 想像したら、今度は三人同時に吹き出した。

 笑ってはいけないのに、断定したピヴワヌの頬は緩んで、肩を震わせ笑う。腹を抱えたネモフィルが声を出して笑い、亜莉香もつられて開いた口を右手で隠した。

 十分笑って、雰囲気は和らいだ。

 どんな場所でも水で潤せるネモフィルがいて、どんな時でも温かな焔を宿せるピヴワヌが傍に居る。ここに居て、と言われはしたが、何か力になれることがあるかもしれない。何もなくても、亜莉香の足は立ち止まることをしない。

 それじゃあ、とウイの消えた方角を振り返った亜莉香は告げた。


「私達も、そろそろ里に向かうことしましょうか」

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