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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
391/507

78-3

 四つ目の部屋を着物部屋と呼ぶのなら、五つ目の部屋は絵画の部屋だ。

 部屋に入った途端、扉の横にあるシノープルの街並みが目に入った。細かい建物や人々が描かれた絵画は春で、桜の花が咲いている。巨大な絵画は畳一畳より一回り大きく、額縁は落ち着いた金色。

 窓から右手には、小さな絵画が幾つか飾られていた。本物そっくりの猫や犬などの動物が描かれているが、触れてはいけない気がする。

 左手の壁一面は棚であり、大きさの違う絵画が保管してあった。立てた状態で保管してある絵画は、一つ一つ引き出してみなければ、その絵を確認出来そうにない。


 そっと床に足を置いた亜莉香とは違い、軽々と部屋に入ったピヴワヌが一枚の絵を見て立ち止まる。腕を組んで眺めているのは猫の絵で、物凄く眉間に皺を寄せていた。


「どうかしたのですか?」


 隣に立って訊ねれば、絵画から目を逸らさずにピヴワヌが言う。


「これを見て、お主は何も感じないか?」

「特には?」

「触れるなよ」


 はっきりとした忠告は、理由を訊ねる前に答えが返って来た。


「嫌な気配が詰まっている。触れれば何が出て来るか。儂の予想では人ではないもので、闇が溢れても不思議じゃない」

「そんなものを飾って置いて、大丈夫なのですか?」

「触れなければ無害だ」


 五つ目にして怪しさが増した部屋を、亜莉香は見渡した。

 絵画が埋め尽くす部屋に、これと言って気になるものはない。飾られた絵画ですら、何となく触れてはいけないと感じられても、探している力宿るものはなさそうだ。

 今のところは、と思えば、ピヴワヌが後ろの棚に目を向けた。


「端から順に見てみるか。儂は扉側から確かめるから、反対側から頼む」

「棚の絵画は触っても、何も出て来ませんよね?」

「絵には触れずに、額縁に触れるようにすれば問題ないだろう。取り出さんことには儂でも確かめようがない。この部屋は今までより色々な気配が入り混じって、見て見んことには判断が難しいのだ」


 ため息を零しながら扉側に行くピヴワヌの背を見送り、亜莉香は反対側に立った。二段しかない棚の下には、比較的に大きな絵画。上の棚には小さな絵画が保管され、一つを取り出してみれば、描かれていたのは林檎と柿。

 飾られている動物の絵画とは違い、温かみのある油絵。

 どちらかと言えば、扉の横のシノープルの街並みの絵画と雰囲気が似ている。

 他には何かあるのか。気になって、下の棚の絵画を取り出す。今度の絵画はセレストの街並みに似ていて、水路の目立つ夏の景色。透き通る青が鮮やかで、描かれている人々の着物も涼しい色をしていた。

 探せばガランスの街並みもあるかもしれない。


「そろそろ酒が欲しくなってきたな」


 目的を忘れそうになっていた亜莉香は、大きな独り言に手が止まった。


「ここに来るまでに、十分飲んでいましたよね?」

「飲んだ。久しぶりに腹いっぱいに飲んではいるが、セレストの酒が飲みたい」


 探すのに飽きたわけではないものの、ピヴワヌは手を動かしながら言った。

 亜莉香も絵画を見つつ、疑問をぶつける。


「シノープルより、セレストの方が美味しいお酒なのですか?」

「日本酒は、セレストの方が美味い酒が多い。水自体が美味いのだろうな。だが果実酒なら、シノープルも負けておらん。好みの問題だ」

「ピヴワヌって、本当にお酒が好きなのですね。いつからですか?」

「覚えとらん。灯と出会ってからだとは思うが…もしも、お主が酒に慣れたいと言うのなら、アルコールの弱い酒から教えてやるぞ」


 見向きもしない提案に、亜莉香は少し唸った。

 飲めないわけではないが得意じゃない。酔っぱらって、周りに迷惑をかけたくないと思えば自制し、極力口に含まないようにしてしまう。

 ピヴワヌのように飲んでも酔わなくなるまで、酒に強くなりたい願望もなし。


「そのうち、聞くかもしれませんね」

「そうしろ、そうしろ。慣れたら酒場にも連れて行ってやる」


 投げやりな返答に笑って、お願いします、と一言添えた。

 機嫌のよいピヴワヌが次々に絵画を引き出しては眺めるのに対し、亜莉香は一枚一枚丁寧に目を通した。風景だけでなく、酒瓶の絵画もあった。人物が描かれた作品は見当たらないが、描き方は同じに見える。

 丁寧で繊細で、温かくて柔らかい油絵。

 振り返った先にある、動物の絵画とは作風が違う。亜莉香が見た限り、この部屋にある絵画は二種類。触れてはいけない動物の絵画と、それ以外の作品。

 気になる作品はないな、と小さな絵画を元の場所に戻す。


「ピヴワヌ、この部屋が終わったら休憩しませんか?」

「いいな。舞踏会に忍び込んで、酒だけ盗んで来るか」

「私の分は、お酒以外で。甘い物が食べたいです」


 話をしながら、不意に触れたのは銀の額縁だった。

 気になったのは描かれている風景で、一面の銀世界。木々に降り積もる雪も、足跡のない地面に積もった雪も、薄い雲に覆われた空も白い。幾つもの白を塗り重ねた景色は、見覚えのある景色。

 この場所は、と思い出す前に、勢いよく部屋の扉が開いた。


「呼ばれて登場!じゃじゃじゃ、じゃーん!」


 扉を開けた少女の頬は、仮面越しでも赤かった。

 咄嗟に身構えたピヴワヌが肩の力を抜き、亜莉香も安堵の息を零す。


「ウイちゃん…」

「呼んでないのに、やって来たな」

「お酒を持って来たの!飲んで踊って、酔いが回っちゃった!ピーちゃんもアーちゃんも、声が大きいよ。気配が読めなくても、声が聞こえて見つけ出せちゃった!」


 あはは、と笑いながら、部屋の電気を付けた。明るくなった部屋に入ったウイの足がふらつき、おっとっと、と言いながら、ピヴワヌの元まで足を運んで座り込む。

 にんまりとした顔を上げ、ウイは口を開いた。


「なんかねー、今日の仮面舞踏会は王子がお忍びで来ていて、皆そわそわしていたよ」

「そうか」

「王子って、病弱じゃなかったっけ?だから今でも王子の母の女王が国を治めていて、次の王位継承は妹だと思っていたのにー。このままだと、私の予想は外れちゃうー」


 聞いてもいないのに話すウイは楽しそうで、持っていた一升瓶をピヴワヌに差し出した

 適当な相槌を打って、ピヴワヌはその場に座る。どう考えても舞踏会の会場から持って来たように思えない。厨房からくすねたと言われた方が納得出来る一升瓶を持参したウイは、右手で口元を押さえて言う。


「気持ち悪い」

「儂の前で吐くな」

「ピーちゃん、酷いよ。可愛い私を無下にしないで、慰めてくれてもいいじゃない」


 着物にしがみつくウイを、ピヴワヌが引き離そうとした。けれども案外ウイの力が強いのか、中々離れない。それでも諦めず、ウイの肩に手を置き、力を込める。


「離れろ!」

「やーだー」

「この酔っ払いが!」


 言い合う声が大きくなって、これでは部屋の外まで聞こえてしまう。

 他に見つかったら厄介な話だ。手にしていた絵画を持ったまま、亜莉香は二人を止めようと歩み寄る。その前に、きちんと閉まっていなかった扉が開くのに気付いた。

 騒ぐ二人よりも早く、亜莉香の瞳に映ったのは見知った女性。


「ネモフィル?」


 驚き零れた名前に、ピヴワヌとウイの声が止まった。

 ゆっくりと扉を開けたネモフィルの顔は笑っているが、とても怖い。亜莉香に軽く微笑み、それからピヴワヌとウイに視線を向ける。

 何も言われていないのに、ピヴワヌの顔が青ざめた。

 一気に酔いが醒めたウイは両手を上げて、身を引いた。


「――ねえ、何していたの?」

「な、何もしてないよ!ネモちゃん」

「へえ。それなのに、そんなにくっついていたの?」


 裏返りそうな声で反論したウイは黙り、部屋の体感温度が下がる。亜莉香が口を挟めない空気になって、音を立てて扉は閉じた。

 自主的に正座をしたピヴワヌとウイに倣い、亜莉香も部屋の隅に座り直す。

 仁王立ちしたネモフィルだけが立ったまま、背後には氷山並の氷の結晶があるのではなかろうか。誰からも質問を許さぬ雰囲気を醸し出し、冷ややかに言い放つ。


「で、一から説明して貰いましょうか?」


 無言の空間で、亜莉香の肩身が狭い。

 誰から話すのか見守れば、ぎこちなく挙手したのはウイだった。


「ふざけて、ごめんなさい」

「連絡せんで、悪かった」


 頭の上がらないピヴワヌまで、小さくも謝った。無言の圧に空気が重くなり、深く息を吐いたネモフィルの言葉を待つ。


「貴方達がどこで何をしようが、私には関係ないことよね」


 言葉の隅々に感じる棘に、ウイが言葉を詰まらせた。

 正座をしていたピヴワヌは、やれやれ、と足を崩す。胡坐を掻いたかと思えば腕を組み、反省の色を消して堂々と言った。


「謝ったのだから、さっさと許せ」

「――なんですって?」

「いちいち怒るな。皺が増えるぞ」


 ばばあだけに、と付け足した言葉で、ネモフィルの標的は一人に絞られた。足音を響かせピヴワヌの元まで行き、その胸倉を掴んで叫ぶ。


「さっさとくたばれ、馬鹿兎!」

「そう簡単に、くたばってたまるか!ばばあより長生きしてやる!」

「そしたら、あんただって爺じゃない!」


 よく分からない喧嘩が始まって、ウイは亜莉香の隣に避難した。

 仮面を外して膝を抱え、眼差しは遠くを見つめる。


「ピーちゃん、なんで油を注いじゃうのかな?」

「いつも、こんな感じですよね?」

「そうだね。ネモちゃんが素直じゃないから」


 喧嘩をしているピヴワヌやネモフィルよりも、ウイは大人びた表情に見える。ネモフィルよりピヴワヌの方が精神面では子供だと思っていたが、ウイの考え方は違ったようだ。

 喧嘩している二人には聞こえないように声を落とし、亜莉香は話す。


「ピヴワヌが喧嘩を売らなければ、済む話だと思っていました」

「まあ、ピーちゃんが喧嘩腰なのも原因だよね。アーちゃんになら、ネモちゃんの秘密を教えても大丈夫かな。教えておいた方が、二人の関係性もよく分かる」


 秘密という単語は気になった。

 勝手に聞いても良い話なのか問う前に、ウイが亜莉香の耳元に口を寄せる。さらに声を小さくして囁くように、亜莉香にしか聞こえないように言った。


「ネモちゃん、ピーちゃんのこと大好きだから」


 そっと離れたウイの瞳を、亜莉香はまじまじと見つめる。


「…え?」

「嘘じゃないよ。この秘密、サイも知っているし、透ちゃんも知っているかな。ばれていないとネモちゃんは思っているけど、ピーちゃん以外は気付いている話」


 ウイがピヴワヌとネモフィルに視線を戻し、亜莉香も二人を眺めた。

 どう見ても、ネモフィルの好意は見受けられない。どちらも睨み合っている現状では、悪意はあっても好意はなさそうにしか見えなかった。

 そのはずなのに、ネモフィルの秘密で見方が変わる。

 照れ隠しでピヴワヌに突っかかってしまうネモフィルは、とても可愛い。好きなのに素直になれなくて、ピヴワヌが心配で亜莉香を見つけるまで一緒にいたのかもしれない。先程の怒りはピヴワヌが連絡を怠ったことではなく、ウイがしがみついていた件のやきもち。

 成程、と納得。

 にこにこと微笑むウイと同じく、亜莉香の表情も緩んでしまった。

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