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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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78-1

 屋根に飛び降りた瞬間、夜風で亜莉香の髪が靡いた。

 ピヴワヌの首にしっかりと掴まり、ほっと息を吐く。両腕で抱えられているとは言え、下を向けば地面が遠い。手放されたら地面に落ちるのは確実で、無事では済まない高さがある。精霊だからこそ屋根に平然と着地したが、普通の人間なら有り得ない。

 いやいや魔法を使えば可能なのか、と呑気に考えると、隣に人影が増えた。


「慣れたものだね」

「ピーちゃん、お見事だ」

「褒められても嬉しくないぞ」


 ほぼ同時に、両脇にウイとサイが見事に着地した。

 どちらも派手な仮面を顔につけて、口元しか見えない。


 その表情は笑っているが、見た目が変わった。

 深緑から焦げ茶へ、色が変化した髪を一つにまとめているのがウイ。揺れる髪飾りは幾つもの宝石で飾られ、藤の花のように綺麗だ。耳にも宝石、帯留めにも宝石。どれも小粒ながら光を受けて輝く宝石で、赤の着物には金で縁取られた薔薇が咲く。紺の帯は無地の高級品で、襟元から覗くは扇子が一つに、仮面は撫子色。

 対してサイは、深緑から色素の薄い黄色の髪へ。ぼさぼさだった髪を整えて、黒に近い青の着物に、薄い茶色の袴を合わせた。素材からして高級品。仮面なんて数えきれない宝石を張り付けて、正直重そうに見える。

 どちらも、明るい緑のペリドットの瞳だけは変わらない。


 シノープルの領主、オラージュ・ミロワール家に侵入すると決まった途端に着替えた。

 準備周到とも言える二人と違い、亜莉香の格好に変化なし。ピヴワヌは髪を元の白に戻して、赤い着物に裸足になった。見慣れた姿で、仮面を付けない亜莉香とピヴワヌとは対称的に、両脇は煌びやかである。


 こんな二人は、どちらも人を乗せられる大きさの鴉になれる。

 精霊だからと言う理由で、今回はウイが巨大な鴉になった。まさか鴉の姿のウイに乗り、屋敷の上空から飛び降りて潜入するとは、数時間前の亜莉香なら考えられなかった。

 何でもありだと思いつつ、耳をすませば屋敷の中の音楽や笑い声が聞こえる。


「仮面舞踏会は随分、盛り上がっているみたいだな」

「サイ、女に手を出さないでよ」

「程々にするさ。かっちゃんからの使命がある」


 偉そうに言い返したサイに、ウイが冷ややかな視線を送った。間に挟まれたピヴワヌは黙っていたが、不意に亜莉香を抱えたまま立ち上がる。


「儂らは勝手に動くぞ。後で迎えに来い」

「待ち合わせ場所と時間を決めようよ。僕とウイなら兎も角、屋敷に入ったらピーちゃんの気配を追えない」


 やけにはっきりとサイが言い、しゃがんだまま目の前の光景を眺めた。


「この屋敷、分かっていると思うけど色んな気配が蠢いている。年々気配が増えるおかげで、僕もウイも精霊だとばれないが、良くない気配も少なからずある。そのせいでピーちゃんの気配を追うのが難しくなった」

「私達が気を配るのは、人より人ではないものね」


 着物の裾を払いながら、ウイも立ち上がった。

 サイと同じく、見つめる先はシノープルの街並み。灯りに照らされ、人々が暮らす街を遠くに見つめながら、真面目な声が続く。


「領主の家は、何代か前に血が途絶えてから変わったわ。金に溺れ、力を求め、怪しい魔道具をかき集めている。屋敷の中から、力なき精霊は姿を消した。闇がうろつき、私達を狙うこともある。闇に囚われないように注意して、油断は禁物よ」


 誰にでもなく言ったウイが、長く息を吐いた。

 そうか、と相槌を打ったピヴワヌが悲しそうに呟く。


「シノープルの血縁は、途絶えていたのか」

「遡れば、遠い血縁者はいるかもしれないさ。それより今宵は、かっちゃんの言う宝探しをしよう。探す宝は、金銭の価値があるものじゃない。結果的に金銭に繋がる価値あるものかもしれないが、屋敷に埋もれている力宿るもの。それは時に絵画だったり、彫刻品だったりする。闇に転じてしまう前に、救出するのが宝探しだ」


 楽しそうなサイの口角が上がった。

 亜莉香を見て、ウイが言葉を継ぐ。


「ピーちゃん達は、人目のない場所を探して。私とサイは、人目のある舞踏会の会場や廊下を中心に探す」

「任せろ」


 亜莉香の代わりにピヴワヌが答えた。

 ウイは申し訳なさそうに、黙っていた亜莉香を見る。


「こんなことに巻き込んで、ごめんね」

「私達は構わないのですが――」


 ですが、と言った後、少し間を置いた。

 私達と、と言ってもピヴワヌの反論はない。ウイのいう価値あるものを見つけられる自信がなくて、声が小さくなった。


「私はあまり、役に立てませんよ?」

「聞き捨てならない台詞が出たぞ。アーちゃんこそ、今回の宝探しに外せない人物だ」


 重たい腰を上げたサイが、何故か自信満々に言った。腕を組み、仮面越しでも笑みを浮かべるサイに、ピヴワヌが呆れて問う。


「お前が勝手に、巻き込みたかっただけであろう?」

「それもあるが」


 潔く素直に認めたかと思えば、急にサイの顔が亜莉香に近づいた。

 驚き瞬きを繰り返す瞳に、にやりと笑うサイが映る。


「精霊ではなく、力ある者の目を僕は信じる。僕には見えない何かを、君なら見つけられるかもしれない。それこそ、かっちゃんの探しているものの予感がするのさ」

「普段は女を見る目がないのに、よく言えるわね」

「自分で見つけ出せないから見つけて欲しいと、正直に頼め」

「…外野の声は、僕には聞こえない」


 ピヴワヌとウイの視線を受け、聞こえないと言わんばかりに、両手で耳を押さえたサイはそっぽを向いた。抱え込んだ不安はあるが、ピヴワヌとウイ、サイの会話を聞いていると心が落ち着く。

 笑みが零れた亜莉香に気付き、仕方がない、とピヴワヌは話し出した。


「今夜限り、協力してやる。貸しを作って損はないからな」

「ピーちゃんもアリカちゃんも、十分気を付けてね。舞踏会が終わる頃、再びここで落ち合う手筈で。もしも気が変わって、舞踏会に参加したくなったら、その時は自由に参加していいから」


 ウイの言葉に、亜莉香もピヴワヌも適当な返事をした。

 実際は、仮面舞踏会に参加するつもりは全くない。子供の姿のピヴワヌが浮くのは分かりきったことで、一人で貴族の中に入りたいとも思わない。


 亜莉香の目的は、宝探しをしながら透を探すこと。

 仮面舞踏会に参加している可能性は低いと、亜莉香は予想している。わざわざ参加して、黒髪で人目を引く真似をするとは思えない。透なら別の場所に居ても不思議じゃなくて、その近くにネモフィルが居たら、ピヴワヌは逃げ出すかもしれない。置いて行かれたとしても、透の傍に居れば安全だ。

 そろそろ移動しようとするピヴワヌに掴まれば、サイがぶつぶつ呟いた。


「アーちゃんが仮面舞踏会に参加するのは…やっぱり困るな。参加したら、すぐに居場所を透に気付かれる。そんなに簡単に二人が会ったら、僕がつまらない」

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行くよー」

「――って、僕の首を引っ張るな!」


 ピヴワヌの背後を通ったウイが、問答無用でサイの後ろの襟を掴んだ。

 えい、と可愛らしい掛け声と共に屋根を飛び降り、その姿が一瞬で消える。鴉になったわけではなく、一瞬で光に包まれた二人は別の場所に移動したに違いない。移動した先でサイが転ばぬことを祈る。


「儂らも行くか」

「そうですね。行き先は、ピヴワヌにお任せします」

「人のいない所。舞踏会の会場からは離れるぞ」


 はい、と返事をした途端、亜莉香を抱えたピヴワヌが屋根から飛び降りた。

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