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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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77-6 Side琉華

 仮面舞踏会が始まった。

 見下ろす会場の中央では、音楽に合わせて踊る男女。百にも及ぶ貴族がいて、踊らずに会話や食事を楽しむ貴族もいる。誰もが派手な着物に、派手な装飾品を身に纏う。それだけでも華やかなのに、その顔を隠している仮面が会場を色付けた。


 中には、宝石で瞳を縁取るような仮面もある。

 むしろ宝石を敷き詰めた仮面ではないか、と疑うような仮面すらあった。

 顔の上部を隠す仮面を付けても、その表情の半分は見える。顔を全て覆う仮面を付けている者は今のところいなくて、大抵の仮面の瞳を抜いていた。


 貴族が色を持つなら、その貴族に仕える従者や使用人は統一された黒。

 会場を隈なく警備する人、贅沢な食事を運ぶ人、あからさまに貴族ではないと分かる彼らも黒。多くは素顔でいるが、一部の貴族の従者は仮面を付けていた。その仮面も黒であり、黒以外の色はいない。


 一目見ただけで、貴族である人間は明白だ。

 仮面を付けても、知り合いは分かるもの。談笑する貴族達は、まるで自らの財力を見せびらかしているようだった。シノープルという土地で開催されていることもあり、仮面舞踏会に集まった貴族は緑系の髪色が多いが、それ以外の色の髪を持つ貴族も半分はいる。


 その貴族達を囲む会場は、どこもかしこも金の装飾が目立った。

 中央を空けて、両端に並ぶ長テーブルの金色の布。

 床に描かれた模様も、幾つもある窓枠や扉も。会場のカーテンも、そのカーテンをまとめている紐も、壁に飾られた絵画の縁も。


 金色ばかりで、目が疲れる。特に存在感を放つのは、金色の塊である招待客を出迎える正面入口の巨大な扉だ。

 両側に開かれている扉に、描かれているのは向かい合う鳥と、巻き付くような薔薇の花。鳥はおそらく鴉で、扉に合わせているため大きい。近くで見れば、鴉の羽も薔薇の花びらも一つ一つ彫ってある。精密な作りは職人技であるはずが、台無しにしている金色は後から張り付けたものらしい。


 思わず、他の色を探した。

 金色以外と言えば、テーブルの上にある白で統一された皿、その皿に盛り付けられた数々の料理。飲み物を入れる透明なグラス、探せば他にも見つけられるが、とにかく目につくのが金色なのだ。

 それらを照らす照明は、天井から吊らされていた。まるで宝石を散りばめたような照明なため、本来は色鮮やかに明るく会場を照らすはずが、金を反射して眩しい。


 場違いな会場に、ルカは小さく息を吐いた。

 ため息を零したところで、特別来賓のために設けられた一室は誰の目にも留まらない。

 会場を見下ろすための大きな窓は、外からは見えない仕様だ。会場から見上げる分には、黒いガラスにしか見えない。壁の一面の半分を占めていて、窓枠に手を置き、探している少女がいないか目を凝らす。


 見知ったツユの水色の短髪は、遠くでも見つけられた。

 他の貴族より地味な格好。透き通る海を思わせる青の着物に、群青の袴。宝石も装飾も身に付けず、仮面は灰色。貴族の男性数人と会話し、その傍に、明るい藍色の髪を持つミスズが控えていた。

 他の従者と同じように黒い仮面を付けているミスズは、その腰に二本の日本刀を下げている。会場の中で警備する人間以外では唯一、個人で武器を許可された。基本的には武器を持ちこめないが、領主の血縁者を守る名目の方が重要視された。


 同じ理由で、ルカのいる部屋の中にも武器を持つのは二人。

 窓際で会場を見下ろすトシヤと、シンヤに紅茶を頼まれて嫌々注ぐナギト。

 他の貴族に混じっても違和感のない派手な着物姿のシンヤは、一人だけ優雅に寛ぐ。休憩する場所として設けられた特別来賓室で、ソファに座り、テーブルの菓子に手を伸ばす。


「暇だな」


 会場で演奏されている音楽が微かに響く部屋で、シンヤのぼやきに返事をする人間はいなかった。それなりの広さのある部屋には、時間を潰すためのお茶の用意はしてあっても、それ以外のものはない。


 ルカの隣で双眼鏡を覗いていたルイは無言で、目を凝らして会場を見ていた。

 始終口を開かないのはトシヤも同じで、ずっと眉間に皺を寄せている。

 と言うよりは、誰も話しかけない。空気の読めないシンヤが話しかけようとしては、ナギトに話を逸らされるか。ルイに五月蠅いと睨まれ黙らされた。話しかけても曖昧な返事しか返って来なくて、トシヤは出入口の金の巨大な扉を眺めていた。


 その視線の先は、ずっと変わらない。

 現れるはずの少女を探している。


 この場にトウゴがいれば、まだ部屋の空気が良くなったかもしれない。それは無理な話で、一緒にセレストまで来たトウゴとフルーヴ、そして透は仮面舞踏会には参加せず、無理やりネモに連れて行かれて別行動中。

 今頃どこで、何をしているのか皆目見当も付かない。


 効率の良い人探しの場所として確保した特別来賓室は静かで、部屋から誰も出ない。

 ルカとルイ、トシヤは、たった一人を探し続けている。シンヤは仮面舞踏会に参加しても良いはずだが、何か動きがあれば行動出来るように待機している。

 それがトシヤの為だと知っているために、ルカもルイもシンヤを追い出せない。

 トシヤが武器の所持を許されているのは、シンヤを守る名目がある為だ。勝手に一人で動き回れば怪しまれ、武器を取り上げられる恐れもある。


 会場内で探すことも最初は考えた。それは無関係な貴族の相手をするのが目に見えていて、余計な会話などして捕まるのは苦痛だ。会場内で探すのは早々に諦め、シンヤ共々、特別来賓室に籠って早数十分。


 息が詰まりそうな部屋の扉を、誰かが叩いた。

 シンヤは返事をして、ナギトが扉を開けに行く。


「ロイか。見つけたか?」


 顔を見るなり、首だけ動かしたシンヤが言った。

 シノープルに着くまでシンヤの護衛をしていたロイは、昼間の一件以降、姿を消していた。用事を頼んだ、とシンヤは言っていた。


 振り返って窓枠に背中を預けたのは、ルカとルイだけだ。

 ルカは腕を組み、双眼鏡を下ろしたルイは疲れたように座り込む。トシヤは窓の外を見ることをやめず、ナギトは定位置と化したシンヤの後ろに控えた。

 ロイは礼儀正しくルカ達にも一礼して、姿勢を正す。


「遅くなって申し訳ありませんでした。シンヤ様」

「前置きは要らん。それで?」


 シンヤが手にしていたティーカップを置いた。

 座るように勧められたロイは向かいの席につかず、ソファの後ろに立つ。


「猫が見つけ、小鼠達が後を追っていました。一度、ご本人には気付かれましたが、精霊様には気付かれていないかと。用心して後を追っていましたが、地上を離れ、空から敷地に侵入した様子。既にオラージュ・ミロワール家の屋敷の中に居ます。屋敷の中の小鼠が見つけ出す前になりますが、ご報告に参りました」


 誰の話をしているのか、シンヤとナギトには通じた。

 微笑んだシンヤが肩の力を抜き、ナギトは安堵の息を吐く。真剣だったロイの顔つきが、いつも温厚で堅実そうな表情に戻った。首を傾げたルカとルイ、それからトシヤに向けて足を踏み出し、傍に行く。

 トシヤ様、と優しく呼びかけた。


「遠くから拝見しただけですが、アリカ様は笑っておられました」


 たった一人の名前で、トシヤが勢いよく振り返る。


「…え?」

「声をかけることは叶いませんでしたが、お元気です。着物は薄紅、帯は紅。帯留めは桜で、髪に青いリボンを付けています。急げば、小鼠より先に見つけられるかもしれません」


 黒に近い焦げ茶の瞳に、希望の光が宿る瞬間を見た。

 即座に部屋を飛び出そうとしたトシヤを引き止めたのは、シンヤに指示されたナギトだ。腕を掴まれトシヤが声を出す前に、シンヤは言う。


「落ち着け、トシヤ殿。一人で行くべきじゃない」

「シンヤに言われる筋合いは――」

「ないが、一人で行かせたら、私が残っていた意味もない。とりあえず屋敷内を走り回らない方が良いだろう。私が一緒なら大抵の場所に入れる。警備の人間も、フラム・ミロワール家を敵に回したくはないはずだ」


 悪い笑みを浮かべたシンヤの権力を敵に回すと厄介だと、それは誰もが知っている。シンヤの使い道について、トシヤも気付いたようだ。周りが見えていなかったトシヤが瞳を伏せ、ナギトの手が離れる。


「シンヤ…悪い」

「何を気にしているかは分からんが、謝られる理由はない。ナギトは引き続き、この部屋でロイと会場を探ってくれ。こちらに現れないとも限らん。何か起きたら、すぐに連絡を」


 はい、と返事が重なった。

 二人は、とルカとルイを見た言葉が続く。


「一緒に来るか?」

「いや、僕とルカは別行動するよ。一緒に行動するより、別々に探した方が早く見つけられるでしょ。そっちが人のいる所なら、僕達は人目のない場所を探す」


 先に答えたルイが立ち上がり、ルカも同意した。

 やることは決まった。探すべき少女の手掛かりも見つかった。街に出て探すなとは言われたが、屋敷の中を探すなとは言われていない。


 部屋から出る前に、それぞれ仮面を身に付ける。シンヤだけは白い仮面で、他は黒。ルカとルイは黒で統一された姿なので、暗闇の中では目立たない。ナギトとロイは素顔のままで、このまま部屋で待機。ルイは持っていた双眼鏡を、目が合ったナギトに投げた。ナギトは落とすことなく受け取り、トシヤは日本刀の存在を確認する。

 準備が出来たのを見て、ようやくシンヤが腰を上げた。

 悠々と立ち上がりながら、まとめるように言う。


「さて、こちらも動くとしようか」

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