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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
387/507

77-5

 一人だけ頭に着物を被っていても、少年少女四人組を不思議に思う人はいない。

 露店を覗いては立ち止まり、食べ歩きをしては頬を緩ませた。物見屋で披露される舞に見惚れた後は、笑って街を駆け抜けた。祭りを楽しむ光景は、すんなりと周りに溶け込んだはずだ。誰の目にも留まらず、ありふれた景色の一部だったに違いない。


 ただ実際に歩き続けた立場になると、亜莉香は体力の限界を感じた。

 精霊の足に最後まで付いて行くことは不可能だ。目的の手前まで着いた頃には、足ががたがただった。心臓はやけに五月蠅く、息絶え絶えに言う。


「もう、動けません」

「え、嘘でしょ?」

「儂らと一緒にしたのは間違いだったな。そこに座って休憩した方がいい」


 左手を繋いでいたピヴワヌに促されて、亜莉香は素直に腰を下ろした。

 細い路地に人影はない。近くに空箱の山があって良かった。その内の一つに腰かけ、深呼吸を繰り返す。隣ではピヴワヌも箱の一つに座り、しゃがんだウイは途中で手に入れた扇子で扇いでくれた。

 亜莉香の向かいに立ち、サイは建物の外壁に背中を預ける。腕を組んだかと思えば、片手を口元に寄せ、何かを思考し首を傾げた。


「アーちゃん、前より体力落ちたのか?」

「我が主を変な呼び方するな」

「ねえ、やっぱり私もアーちゃんって呼んでいい?」


 人の話を聞かないウイに、おい、とピヴワヌが低い声を出したが無視される。

 期待する眼差しを向けられ、疲れていた亜莉香は首を縦に振った。嬉しそうにウイが飛び跳ね、ピヴワヌはため息を零す。

 元気だな、と思いながら、亜莉香は周りを見渡した。


 近くには誰もいない。

 祭りの日ということもあり、露店が並ぶ大きな道から外れると、どこも人気が無くなる。路地を蠢く影を見かけもしたが、それらはピヴワヌやウイが睨むだけで身を潜めた。


 近くで騒々しい声や音が聞こえる。

 目的地は、シノープルの領主の屋敷だ。

 細い路地は、その手前。あと数メートルも進めば大きな道に出て、領主の屋敷の正門に辿り着く。細い路地まで微かに届く優雅な音楽は、街の中では聞こえなかった。ピアノやバイオリンのような楽器が奏でられ、屋敷へ行き交う馬車が多い。


 空には月が昇った。

 それは綺麗な月だった。


 霞がかった朧月で、いつも見ている月より柔らかい光を放つ。漂う雲のせいもあり、夜空の星は少ない。少し冷え込む夜に両手を温めると、ピヴワヌが静かに話し出した。


「さて――そろそろ小娘の所に帰るか」

「いやいや、ちょっと待った!かっちゃんの探し物を手伝うよう、頼んだよね?」


 サイに詰め寄られて、ピヴワヌが面倒くさそうな顔をする。


「儂は承諾しておらん」

「サイが勝手に、ここまで案内しただけだよねー?」

「ウイだって、領主の屋敷は見物だって言ったじゃないか!」

「中まで入ろうとは言ってないよ」

「この裏切り者!」


 騒ぎ出すのはサイ一人。ピヴワヌが呆れ、ウイは声を上げて笑う。

 亜莉香とピヴワヌが一緒に付いて来たのは、ウイに領主の屋敷の見学を提案されたから。一度は見ても損じゃないと言われれば、折角なのでと歩き出した。

 ここまで遠いと思わなかった、というのも亜莉香の本音ではある。

 どんな場所だろうと思えば、ピヴワヌが大きな通りまで覗きに行った。

 顔を少し出した後、振り返って亜莉香を手招く。呼吸も落ち着いたので、他の二人を無視して、忍び足でピヴワヌの傍に行き、路地から顔を覗かせる。

 瞳の飛び込んだ銀色は眩しく、大き過ぎる門に亜莉香は言葉を失った。


「…凄い」

「金の無駄遣いだな」


 ピヴワヌの言いたいことも、よく分かる。

 周りの建物を凌駕する銀の輝きは、月より眩しい。上部が円形の門は開かれているが、その扉は重そうだ。銀の扉に銀の装飾であり、遠目から分かるのは向かい合う鳥が描かれていること。門の存在感だけが目立って、門の傍に立つ警備の人々が霞んで見えた。


 次々と馬車が門を越え、その奥にも警備の人間がずらりと並ぶ。

 森のように覆い茂った敷地の遠くに見えるのは、三角屋根の豪邸。門を越え、坂を上った先にある豪邸の中で、仮面舞踏会が行われているという話を、サイから聞いた。

 領主の屋敷で探し物なんて、敷地に入っただけで捕まりそうだ。回れ右して帰りたい気持ちも芽生える。門を眺めていれば、亜莉香の肩に手を乗せて、ウイは後ろからひょっこり顔を覗かせた。


「あの門を見るだけでも、来たかいがあるでしょ?」

「門を越えても先が長そうだな。至る所に人の目がありそうだ」

「正解だよ、ピーちゃん。門を越えた先こそ、警備の目は光り、それをかいくぐるのは中々に面白い。どっちが早く辿り着けるか――競争するのは、楽しくないかな?」


 ピヴワヌの頭に乗ったサイが言い、ふーん、と少し興味が湧いた返事をピヴワヌは返す。

 何だかんだ言って、話に乗りそうな雰囲気だ。領主の屋敷に興味があるわけではなく、サイとの競争をしたいのだろう。

 するならご自由に、と言いたくなったが口を閉じた。

 とんでもない場所に足を踏み入れる勇気はなく、ふと提案する。


「私は待っていますので。三人で中に行って来たら、どうですか?」

「は?」


 驚いたウイとサイより、一瞬で眉間に皺を寄せたピヴワヌの一声の方が怖かった。駄目だと言わるとしても、だって、と三人を振り返って言葉を重ねる。


「私は中に入れませんよ。見つかったら大変ですし、待つと言っても、人通りのある喫茶店の中で待ちます。人目のある所なら、ルグトリスに襲われる心配はありません」


 言いながら、それもありだなと思った。

 どこかで座って休憩したい。

 お腹は減ってないが、飲み物でも飲みながら待ちたい。折角なので一人で買い物をしても良くて、ガランスに戻るまでの準備もしたい。

 ガランスで領主の家に忍び込んだ時のように、狭間を通る選択肢はない。そもそもピヴワヌとサイが競争するなら付いて行けないと、呑気に思えば笑みが浮かび、無理に笑おうとしているピヴワヌと目が合った。


 これは許してくれない顔だと判断するより早く、額の中心に痛みが走る。

 手のひらと甲の間とも言える右手の小指での攻撃で、亜莉香は額を押さえてしゃがみ込む。容赦ない一撃だった。遠慮というものがなくて、涙を浮かべて言う。


「痛いですよ、ピヴワヌ」

「当たり前だ。儂がお主を置いて、どこかに行くわけがないのを分かっておるくせに」

「だって…お荷物は嫌ですよ」


 しょんぼりと言って、そのまま視線を下げた。

 ウイが慰めようと隣にしゃがみ、サイは何も言わないし動かない。ため息をついたピヴワヌが腰を落とし、亜莉香の前髪を優しく撫でた。


「誰も、お主を荷物だとは思っておらん」

「でも戻ってから、ピヴワヌは片時も離れずに私を守ってくれています。折角の祭りの日なのに、私に無理に付き合わせるのは嫌です。友人同士で気兼ねなく遊んで来て欲しくて」


 段々と声が小さくなった亜莉香に、はっきりとピヴワヌは言う。


「好きでお主の傍に居るのだ。それにこいつらは、友人ではない」

「ピーちゃん、それは酷い」

「私はピーちゃんのこと、友人ではなく酒飲み仲間だと思っているよ」


 うふふ、と楽しそうなウイを、サイは嘘だろうという表情で見た。

 ピヴワヌは二人を振り返ることなく、亜莉香を優しく見つめる。


「お主が行きたい場所があるなら、どこまでも儂はついて行く。ついて来るなと言われても、お主を一人にする方が心配だ。行きたくないなら、行かなくて良い。儂は気にせん」


 素直に頭を撫でられて、はい、と小さく返事をした。

 にこにこと笑うウイの温かな視線を感じる。無理することはないと、一人にしないと言われて安堵し、深く息を吐く。


「――て、いい感じに終わらせないでよ」


 話がまとまった空気に耐え切れず、立っていたサイが口を挟んだ。

 恨むようにピヴワヌとウイに睨まれても、両手を腰に当てて堂々と口を開く。


「アーちゃんを連れて行かないと、僕が困るじゃないか」

「何で困るの?かっちゃんの伝言は、領主の家で宝探しでしょ?」

「宝探しというのは、人数が多い方が楽しい。今日なら、かっちゃんがいて、アーちゃんがいて、それから透まで揃っている。透にアーちゃんを連れて行くと約束をしたからには、約束をちゃんと守らないと――」


 不意に言葉が切れ、暫しの沈黙が訪れる。

 口を滑らしたと言わんばかりに、ゆっくりと両手で口元を覆ったサイが黙る。視線を泳がせ一歩身を引くサイを、ウイは不思議そうに見つめる。ピヴワヌは真顔になった。

 亜莉香はと言えば、すぐに反応出来なくて、ウイとサイを見比べるしかない。


「透ちゃんが、アーちゃんを呼んでいるの?」

「い…いや?」

「今、そう言った」


 ズバッと言い返されたサイが、言葉に詰まる。

 さっきまでなかった険悪な空気が、ウイとサイの間に漂った。立ち上がったウイがサイに詰め寄ると、少しばかり見上げる形になる。それを感じさせない迫力があり、ピヴワヌが逃げるように亜莉香の隣に移動した。

 亜莉香は声を潜め、そっと隣に訊ねる。


「ピヴワヌは…透がシノープルにいたのを知っていましたか?」

「知るわけがないだろ。儂はお主の近くの気配しか探ってない。わざわざシノープルの街を探るなんて面倒だ」


 だが、と言ったピヴワヌが尚一層声を落とした。


「ばばあが一緒に居たら、里を出た後に連絡しなかったことを怒られそうだな」

「連絡する手段がなかったわけですから、仕方がないのでは?」

「それでも、ねちねちと文句を言うぞ。紙鳥を使えとか、近くの水の精霊を捕まえて水鏡を使えとか。毎回、何かと突っかかってくるではないか」


 遠くを見つめて言い、ため息を零した。

 何かを言われるのはピヴワヌだけの話なので、同意はしない。以前より仲良くなったのは、亜莉香の気のせいだったのかもしれない。


 考えたところで、連絡するより会いに行く方が早いのは明白だ。

 ネモフィルが透の傍に居て、その透が領主の屋敷の中にいるのなら会いたい。顔を合わせ、今日まで起こったことを話したい。

 笑みを浮かべた亜莉香を横目に、ピヴワヌは言う。


「結局、領主の家に忍び込むことになりそうだな」

「狭間を通って、ですか?」

「上手い具合にあれば良いが、なくてもどうにかなるのだろう。一緒にいるのが、あいつらだからな」


 顔を上げたピヴワヌが瞳に映すのは、今にもつるし上げられそうなサイと、つるし上げる勢いのウイ。他に隠し事はないか問い質すウイの瞳に、サイが怯えている。


「借金を背負うのも、馬鹿な賭けをするのもサイだ。おかげでウイが借金の肩代わりをして、賭けは倍返ししていたな。案外、ウイの方がしっかり金を管理している」

「そうだったのですね」


 何となく想像出来てしまう様子に、何とも言えない顔をするしかなかった。


「おまけに、サイが手を出す女が大抵貴族で。それがまた厄介事の種になる。巻き込まれるウイが怒って、嵐を呼んだのは一度や二度ではなかったな」


 それは想像したくない。その現場に居合わせたくもない。改めて風を操ることに長けた精霊を見つめ、人ではないことを再確認した。

 それはピヴワヌも言えることだが、と思って亜莉香は話し出す。


「あんまり、人を怒らせるものではありませんね」

「そうだな。ばばあに会ったら、ひとまず落ち着くまで儂は逃げることにする。シノープルの領主の家は初めてだが、美味い酒ぐらいあるだろう。その酒を持って、儂は逃げる」


 大事なことを繰り返したピヴワヌの瞳は、本気だった。

 ネモフィルから逃げることが、亜莉香の傍に居るより大事なのが可笑しい。逃げたところで、亜莉香が呼べば駆け付けてくれるのだろう。


 これから向かう領主の屋敷は、どんな所なのか。


 その場所で行われている仮面舞踏会も、屋敷の中も、未知の世界だ。何が起こるか分からないのに、少し前まで尻込みしていた気持ちが消えて、少しだけ楽しくなってしまう。

 ウイとサイは未だ決着がつかない。

 呆れた眼差しを、ピヴワヌは二人に向ける。


 不意に小さな生き物の鳴き声が聞こえれば、亜莉香だけは何の声か探した。その声の主は月明かりに照らされた路地にいた。ちょこんと座って、まるで見つかって嬉しそうに、丸い瞳で亜莉香を見つめ返す。

 細い路地の先で小さな鼠が一匹、可愛らしく首を傾げた。

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