77-4
買って来た食べ物は、全てなくなった。
ついでに結界もなくなって、ピヴワヌとウイが食べ終わるまで、正座をさせられることになったサイは頭を上げない。上げようとすればピヴワヌの蹴りが連発したので、食べ終わるまで黙っているように命令された。
素直に従うつもりはなくても、逃げようとすれば捕まった。
喋ることも逃げることも出来ないまま数十分が過ぎ、ようやくピヴワヌが話しかける。
「おい、その二。何しに儂らの前に現れた?」
「喋らないぞ」
「無理に喋らせてもいいぞ」
何をするつもりか分からないが、間違いなく脅しだ。
正座中のサイの身体が震え、ゆっくりと顔を上げる。その瞳に涙が浮かんで、可哀想に見えたのは亜莉香だけ。ピヴワヌとウイは同時に息を吐き、冷たく言い放つ。
「嘘泣きはやめろ」
「どうせ泣き真似だよね」
二人に言われ、サイの涙が引っ込んだ。
泣き顔から一転して、悔しそうに地面を叩く。
「くそ。ウイとピーちゃんがいては、僕は誰も騙せないじゃないか!」
「反省の色がないよ。先にアリカちゃんに殺意を向けた件に関して、謝らないとピーちゃんご立腹だよ」
「それで怒っていたのか!」
納得するや早々と、サイは土下座し頭を地面につけた。
「この度は、誠に申し訳なかった」
「「誠意がない」」
「お前らに謝ってないだろ!それになんで今日に限って、僕に敵意を向ける!いつもより優しくない!特にピーちゃん!」
立ち上がったサイがピヴワヌを指差し、子供のように頬を膨らませる。
対してピヴワヌは知らん顔で、ベンチに深く腰掛けていた。睨みつければ、サイの勢いが消えてしまう。
「いや…その、久しぶりにピーちゃんに会えて嬉しいなー」
「棒読みだね。相変わらず、ピーちゃんに頭が上がらないわけだ」
「儂に歯向かうなど、千年早い」
何となく力関係が分かったが、この際はっきり聞いてみたい。
小さく右手を上げた亜莉香に視線は集まり、遠慮がちに訊ねる。
「この中で一番強いのは…ピヴワヌですか?」
「まあな」
「僕は認めない」
「勝てたこともないくせに、サイは諦めが悪いね。素直に尊敬すればいいのに」
三者三様の答えが返って来た。
即答したピヴワヌは亜莉香を見て言ったが、サイはピヴワヌを、呆れたウイはサイを見て言い、見事にずれた視線は交わらない。
話が進みにくい面子だと思いつつ、亜莉香は質問を続けた。
「それで、その…ピヴワヌとサイさんは、仲良くないと?」
「こいつが勝手に突っかかって来るだけだ」
「そうなの。遊ぼうと言って誘ったくせに、途中でサイは必ずピーちゃんに悪戯を仕掛けて、反撃に遭うの」
「惨敗みたいな言い方やめろ」
「でも実際、その通りになるよね?」
言い返せないサイを見て、それが真実だと悟る。
ベンチは一つしかなく、三人も座れば満席だ。仕方なく立っているしかないサイは腕を組み、そっぽを向いて言う。
「僕は手加減をしているだけで、その気を出せばピーちゃんに勝てる」
「無理だよ。私達はネモちゃんからは逃げる力があっても、ピーちゃんの焔からは逃げられないでしょ。潔く負けを認めたら?」
頑なに首を縦に振らないサイに、ウイは肩を竦めた。仕方がないと呟きながら、隣に置いてあった竹筒を振り始めれば、サイの顔色が変わる。
「気にくわないことがある度に、僕に日本酒を撒き散らすな!」
「最初に始めたのは儂だったな」
「そうだよねー。でもネモちゃんを怒らせるより、ましだと思うよ。気持ち悪くなるだけで済むじゃない」
笑いながら竹筒の中の酒を振り、半分以下の中身は泡で溢れているかもしれない。先程から出て来る三人と同じ精霊の名前に、亜莉香は口を挟んだ。
「ピヴワヌとネモだと強いのは――」
「互角だぞ。だがばばあが大洪水を起こしたら、儂は全速力で逃げるだけだ。こいつらのように、空に逃げられないからな」
「アリカちゃんは、ネモちゃんとも顔見知りだよね?怒らせちゃ駄目だよ」
笑って話すウイに、亜莉香は同意も否定もしなかった。
そもそも怒らせるようなことはしない。ピヴワヌのようにネモフィルの元から酒を盗んだり、ウイやサイのように悪戯を仕掛けたりする真似はしない。よく怒らせられるなと感心しつつ、適当な相槌を打った。
何となく頭に浮かんだ構図は三角形。ピヴワヌはネモには勝てないが、ウイやサイには勝つ。ネモフィルはウイやサイに逃げられても、ピヴワヌを捕まえられる。ウイとサイはピヴワヌに勝てた試しがなく、ネモフィルからは逃げおおせている。
見事なバランスに納得した。
というか、とサイが話を変える。
「なんでピーちゃん、子供の格好?そんな姿も出来たの?」
「当たり前だろう。儂を誰だと思っている」
ウイが質問した時と態度が違った。何故だか得意そうな笑みを浮かべ、胸を張る。
「お主は知らないだろうが、この姿の方が人気者になれる」
「なんだって!?」
「白い髪というのも悪くないな。珍しさで女共からやって来るし、貢がせるのも簡単だ」
おもむろに驚き、サイは目を見開いた。信じられないものを見るような、嘘ではないけど事実は異なる話を信じている。
亜莉香の記憶の中で、最初の頃のピヴワヌは物珍しい髪を褒められて嫌がっていた。
今では平然としている子供の姿も嫌がっていたはずが、店先で駄々をこねることを覚えたせいで、大抵の大人が優しくお裾分けしてくれるようになってしまった。女性だけではなく男性にも、貢がせるように手に入れているのは食べ物ばかり。
食べ物以外に興味なしのピヴワヌは、どこにいても食料を手に入れる術を持っている。
サイの見当違いな勘違いを指摘せず、亜莉香は話を聞かなかったことにした。
「それは是非とも詳しく――ピーちゃん先輩、これから甘味屋に行きませんか?」
「それもいいな。儂は食べ物に五月蠅いぞ」
「それを僕が知らないと?」
悪い笑顔で話すサイに、いつの間にか先輩呼ばわりされて、ちゃっかり隣に座られても気にしないのがピヴワヌ。狭くなったベンチに、ウイは眉間に皺を寄せた。
「…あんた、本当に何しに来たの?」
呆れ返ったウイと同じことを、亜莉香も思った。




