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やけ食いだと、言い放ったピヴワヌは近くにいない。
ウイに亜莉香を任せて、一人で露店を巡りに行った。任されたウイはしっかりと亜莉香と腕を組み、一緒にベンチに座っている。鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌で日本酒を飲みながら、人波を眺めては微笑む。
その隣で、一歩も動くなと釘を刺されたので、亜莉香は背筋を伸ばして座っていた。少しでも動いて、二度目の説教は嫌だ。ウイと同じように人波を眺めながら、人一倍食い意地の張っているピヴワヌが何を買って来るのか気になった。
今日一日で、どれだけの量を食べるつもりなのだろうか。
普段なら些細な量でも足りる亜莉香は、既にお腹いっぱいだ。少しずつとは言え、普段では考えられない量の食べ物を胃に詰め込んだ。少し食べ過ぎ、吐き気に襲われそうだったので、座っての休憩は有難い。喋るのも辛い。
こてんと、亜莉香の頭は自然とウイの肩に倒れた。
数秒してから、何をしているのか気付く。起き上がろうとする前に、ウイの手が亜莉香の髪を優しく撫でた。
「ちょっと休憩だね。お疲れ様」
労わるように頭を撫でられると、そのままでもいいやと思ってしまった
本音を言えば姿勢を直そうにも眠たくて、うとうとと瞼が閉じては開く。
「ウイちゃんこそ…シノープルを案内してくれて、お疲れさまです」
「私は慣れているから。それにピーちゃんとアリカちゃんが来てくれて、嬉しさで心が満たされているの。疲れたら眠っていいよ。ピーちゃんが来たら、起こしてあげる」
亜莉香の心配をしてくれるウイは、とても優しい。突然現れ、気まぐれに色んなものを買いこんでも、その本質は境目のない風が広がるように、優しさに溢れている。
「それに今日は、珍しいものを見られたのが何より楽しかった」
「珍しいもの?」
ぼんやりとした頭で、亜莉香は聞き返した。ゆっくりと深呼吸して、胸が上下に揺れる。周りの音を一切遮断して、ウイの声にだけ耳を澄ませる。
「ピーちゃんが、あんなに怒る所を初めて見たよ。それが私の珍しいもの」
「そう、なのですか?」
「そうなの。ピーちゃんって、他人に興味を持たないと思っていた。緋の護人は別だけど、彼女に対しては触れるなという暗黙の了解があって、一緒にいる所を遠くからしか見たことなかったな」
いつの話か知らないが、それは亜莉香と出会う前の話だろう。
子守唄のように居心地の良いウイの声に、瞼は自然と閉じた。
「緋の護人の傍に居る時のピーちゃんって、何か一線を引いていた。多分、緋の護人も同じ。お互いに越せない一線があって、背中合わせみたいに見えた。アリカちゃんとは、まるで隣り合わせね」
隣り合わせ、と口の中で呟いた。
そっちの方がいい。背中合わせで信頼し合うより、顔を見て笑い合いたい。楽しいことも苦しいことも、一緒に乗り越えられる友がいい。
目を開けて、光が灯る街並みを見つめる。
美しく綺麗な街を彩る花々と風船の中で、笑顔溢れる時間が好きだ。
「以前のピーちゃんは、すぐに眉間に皺を寄せたの」
うふふ、と笑い声を洩らすウイを、亜莉香は頭の中で想像した。
「今日みたいに、楽しそうにお酒を飲まなかった。私と一緒に酒場に行っても、私一人で盛り上がって話をして、ピーちゃんは黙って酒を飲み続けるだけ。聞き役になってくれて感謝はしていたけど、どこか寂しそうだった」
そんな姿は想像出来ない。
亜莉香の知っているピヴワヌは、いつだって楽しそうに笑っている。酒をくすねて、甘いもので喜び、時々馬鹿にされる。大忙しで感情豊かで、いつだって傍にいてくれる。
「契約者がいなくなると…護人に置いて行かれると、孤独になるの。無言の慰め合いをしては酒を飲んで、夢に溺れる。ピーちゃんは緋の護人がいなくなっても、取り乱すことはなかったな。そんな別れを繰り返しては廻り、悲しみが募った結果の先で暴走しかけたのね。それでもアリカちゃんと逢えたから、今では私の前でも笑うことが増えた」
ピーちゃんは、とウイは嬉しさを込めて言った。
「心の底から心配して取り乱してしまうくらい、大切な人に出逢えたのね」
その言葉に、亜莉香の目頭は熱くなった。
出逢えて救われたのは、亜莉香の方だ。怒ってくれる存在が、心配してくれる存在がいて、自分が保てる。誰かが見てくれなくては、空気のように消えてしまう。
怒っている時のピヴワヌは怖いけど、それは亜莉香を想ってのことだ。
やり過ぎたと反省して落ち込んでいた感情は、十分過ぎるくらい伝わっている。
堪えた涙を見せないように顔を伏せると、ウイは話を続けた。
「以前とは、変わったのね。緋の護人がいなくなっても感情を表さない、そんなピーちゃんはいないのね。本来の精霊がそうであるように、心のままに日々を重ねて生きていく」
アリカちゃん、と名前を呼ばれた。
ゆっくりと身体を起こして、温かな眼差しを向けるウイと目が合う。
「自分を大切にして、ね。私達精霊は主の身に何か起これば、それが自分のことのように苦しくて辛くなるの。契約しているからこそ、見えない繋がりで増える重荷もある。その重荷に潰されないように、手を離さないでいてあげて」
「私に…出来るでしょうか?」
涙が浮かんでいた亜莉香の瞳に、同い年にしか見えないウイの姿が映った。
「お互いが望めば、絆は消えないものよ。私やサイは凬の護人に追いつけはしないけど、存在は始終感じている。どんなに遠く離れても、何度生まれ変わっても、呼ばれたら駆け付けて従う。それが私達の間の契約。でもピーちゃんと緋の護人の契約は、私達とは違うよね。ピーちゃんには言ったことがなかったけど、決定的に違う契約内容が混ざっているよね」
だから、と早口で懇願するウイが言葉を続けようとした。




