77-1
亜莉香の左肩にもたれかかるピヴワヌは、洗いざらい喋り疲れ果てていた。
ぐったりとベンチに座り込むピヴワヌを見ると、少し憐れである。話すつもりはなかっただろうが、話さなければ勝手な思い込みを押し付けられ、否定して訂正した結果が現状。ピヴワヌに肩を貸す亜莉香は動かず、ウイは立ち上がって腕を組んでいた。
その片手には一升瓶。もう片手に花見団子の串を持ち、何度も頷き口を開く。
「――つまり、暴走しかけたピーちゃんを止めたのがアリカちゃんで、暴走しかけたせいで本来の力が戻らないと」
「…多分な」
亜莉香の肩に頭を乗せたまま、ピヴワヌはぼそっと呟いた。
「他の理由が、儂には思い浮かばん」
「契約者が変わって、まだ馴染んでないだけかもしれないよ?」
ベンチに置いてあった花見団子に、ウイは手を伸ばした。
「前の契約、長かったでしょう?繋がりは消えても、積み重ねた月日は消せないもの。それに比べたら、二人が契約してからの時間はとっても短い。お互いのことをよく知らなければ、想いは重ならない。時間は重み。誰の目にも見えなくても、例え見えたとしても」
しみじみと言いながら団子を食べ、紺青に染まる前の空を見上げた。
もったいぶった間を置く。顔を上げていた亜莉香も、視線を下げたままだったピヴワヌも、黙って言葉の続きを待つ。
でも、と力強い声と共に、優しい眼差しが亜莉香を見つめた。
「心の繋がりだって、誰の目にも見えないの。どれだけ長い時間を過ごしたか、なんて関係ないくらい。相手を想い合って言葉を交わすことって凄く大事で、二人なら大丈夫。すぐにピーちゃんの魔力だって戻るし、二人の力が合わされば最強だよ!」
「根拠のない自信だな」
いつの間にか顔を上げていたピヴワヌが、気が抜けたように言った。
うへへ、とウイは笑う。中途半端に食べた花見団子を持ち、串の先を亜莉香とピヴワヌの間に向けた。真っ直ぐに、揺るぎない瞳が弧を描いて、嬉しそうに輝く。
「だって、見れば分かるもん。ピーちゃんはアリカちゃんのことを大事にしている。アリカちゃんはピーちゃんのこと信頼している。例え、どんな敵が現れても心の繋がりは、二人の絆は誰にも邪魔なんてさせられないでしょ?」
目を合わせることなく、亜莉香とピヴワヌは反射的に肯定した。誰かに言われなくても、それは分かっていること。
その回答に、ウイは満足した様子だった。勿論、と自信満々な態度で胸を叩く。
「私とかっちゃんの絆もね」
「サイは入らんのか?」
「入れてもいいし、入れなくてもいいやー。だって私とサイは二人で一つ。同じようなものじゃない?」
そうか、とピヴワヌは興味を失ったように言った。楽しそうに笑うウイの声が響く。祭りに相応しい笑い声と表情のウイにつられて、亜莉香も笑みを浮かべた。
話をしているうちに、亜莉香の両手の中の甘酒は冷えてしまった。
花見団子を食べながら、ウイが振り返って人波を眺める。その手に持つ花見団子は別として、ピヴワヌは冷めた厚焼き玉子を手に取った。熱々だったお好み焼きと焼うどんの容器はほぼ空。他に残っているのは、口を付けていない日本酒入りの甘酒だけで、それは最後まで取って置くようだ。
冷めても美味しい甘酒をすすると、それにしても、と隣で話し出す。
「祭りというのは、どこも人が多いものだな」
「そうだね。大きな通りには露店が増えて、シノープル以外からも人が集まるよ。春の間は比較的人の出入りが多いけど、今日が一番、一年の中では人の多い日」
眩しそうに人々を眺めていたウイが言い、亜莉香とピヴワヌに視線を戻した。
「どこかの物見屋で扇の舞が披露されているかも。休憩がてら、見に行く?」
「それは楽しそうですね」
「儂はまだ、食べ足りないぞ」
「なら物見屋を探しながら歩いて、途中でまた色々買おうよ。酒も食べ物も、アリカちゃんに似合う髪飾りも」
当たり前のように買おうとするウイの、財布の底が知れない。高価なものでも買ってしまう勢いがあり、亜莉香は肩を竦めた。
「私の髪飾りは要りませんからね」
「折角だ。記念に買って貰えばいい」
「そうだよ。小さな手毬の髪飾りなんて可愛いの。お揃いを買いに行こう!」
「儂の分も、な」
ちゃっかりピヴワヌまで乗り気になって、もぐもぐと厚焼き玉子を食べ終えた。まだ頭を亜莉香の肩に預けたままだった体勢を立て直し、甘酒を飲み干す。先に立ち上がったかと思えば持っていた空の甘酒の紙コップを奪われ、右手を差し出した。
「ほれ、行くぞ」
「行こう。アリカちゃん」
ウイにも左手を差し出され、そっと両手を重ねる。
ふわりと腰が上がり、笑顔のピヴワヌとウイに迎えられる。笑みを浮かべた亜莉香は振り返ることなく、羽のように軽い足を踏み出した。
両耳で揺れるのは、小さな手毬の耳飾り。
赤や桃色の糸で彩られた手毬は小さく、半径一センチもない。小さな手毬は可愛らしく、歩くたびに揺れた。深緑の髪を一つにまとめたウイの髪には、亜莉香と同じ柄で二回りは大きい手毬の簪。ピヴワヌの腕にも同じ柄の手毬があり、それぞれ小さな手毬を身に付けた。
お揃いと言って、誰よりも喜んでいたのはウイである。
行く先々で食べ物を買うのはピヴワヌで、一升瓶は空になることがない。ウイまで途中で一升瓶を買い、片手に一升瓶を持つ二人に囲まれていては、何となく酒臭い。それを気にしているのは亜莉香だけで、すれ違う人の視線は気にしないことにした。
それで、と腕を組むウイが歩きながら問う。
「宿の方角は、どっち?」
何気ない一言に、一瞬思考が停止した。言われて初めて気が付く。
本日、泊まる宿がない。
驚愕の事実にピヴワヌも亜莉香と同じ顔をして、言葉を失った。自然と道端で立ち止まった亜莉香とピヴワヌに、ウイだけが首を傾げる。
「私、変なこと聞いた?」
「いや…今日泊まる宿は考えていなかったな、と」
「私も、です」
すっかり忘れていただけに、その先の言葉が続かなかった。
既に夕刻。宿の空きがあるか不安な時刻。
思い返せば、宿に関して困ったことは久しぶりだ。ここ数日と言っていいのか分からないが、目が覚めたら知らない宿で目覚めたり、行き当たりばったりで知り合いの宿に泊まらせてもらったり、見ず知らずの家に泊めてもらったり。
野宿の選択も即座に考え、約一名の存在を思い出す。
亜莉香が泊まる宿も重要だが、忘れてはいけない人がいる。無事ではあろうが、顔を見に行きたい。ピヴワヌは放置しろと言いそうだとも思いつつ、遠慮がちに提案した。
「宿の前に…ヒナさんの様子を見に行くのはどうですか?」
「放って置け。目が覚めたら勝手にするだろう。まだ起きないなら下手に移動せん方が良い。あの地以上に安全な場所もあるまい」
予想通りの回答に、から笑いするしかない。
道の真ん中で立ち止まって迷惑だろうが、周りの人は上手に避けてくれた。それでも邪魔であることは変わらず、誰が言うでもなく再び歩き出す。
日本酒で喉を潤し、前を見るピヴワヌが話し出す。
「おい、アリカ。他人の心配ではなく、己の心配をしろ」
「していますよ?」
疑問形にはなったが、はっきりと言った。
不貞腐れたように日本酒を仰ぎ、ピヴワヌの握る力が僅かに強くなる。じっと見つめる瞳から斜め上に、視線を逸らしても圧を感じる。亜莉香の言うことを信じていない。何か言わねばと、咄嗟に口を開く。
「私なら、野宿で大丈夫です。何度か外で寝泊まりした経験はありますし、ヒナさんの所に戻れば安全なのでしょう?ピヴワヌも外で寝泊まりするのは平気でしょうし、朝ご飯さえ用意して行けば、何も問題ありません」
我ながら名案だと、途中から自信満々に言った。
そのせいでピヴワヌの口角が引きつる瞬間を、見逃した。あらら、とウイが零した声も聞き逃して、ピヴワヌに手を引っ張られたと思いきや、思いっきり頭突きをくらった。
「――っ!」
「野宿――なんて、させるわけがなかろう!その結果、風邪でも引いたらどうするのだ!」
小さな悲鳴を上げたくなる程、怒っているピヴワヌは初めてだ。
これはまずいと判断しても遅く、逃げようにも両手は塞がれている。ぐらんぐらんした頭では痛む箇所を抑えられず、結局は道端で足を止める。
前に出たピヴワヌは一升瓶をウイに押し付け、空いた片手を亜莉香の頬に伸ばした。
巻き込まれまいとウイが一歩離れたおかげで、亜莉香の右手は空いた。その右手で額を押さえる。痛みは引かず、ぐいっと近づいた、燃えるように赤いルビー色の瞳に睨まれた。
「人というのはか弱いのだぞ。たった一晩でも外で寝た挙句、微熱を出して食欲失くして、その挙句に倒れたお主を看病する、儂の身になってみろ。お主の身に何かあったら、儂にも影響するのだ」
「それは大袈裟な気が――」
声を落として静かに怒るピヴワヌが、怖い。
あまりに迫力ある顔が近くて、亜莉香の声は小さくなった。引き金を引いてしまったのは、間違いなく亜莉香だ。
「大袈裟じゃない。ようやく体調が戻って来たという、こんな時に!万全の状態と言えればまだしも、ガランスに帰る前に何かあったら困るのだ!なんで我が主は、こんなに己のことに疎いのだ!」
感情のままに音量が上がって、無理やり抑えるピヴワヌに申し訳なくも思う。
やけに具体的な例えは、それがあり得そうだから、看病するピヴワヌは大変だろうと同情した。その感情が言わずとも伝わったようで、くどくどと続くことになった説教の前では、話を聞いてはもらえない。
周りの視線を集めていないか、少し気になり始めた。
頭に着物を被った亜莉香は、周りを確認することが叶わない。頼みの綱でもあったウイは、他人事のように亜莉香とピヴワヌを眺めて呟く。
「泊まる場所が必要なのって、大変ね」
呑気な声は誰にも届かず、頭の上がらない亜莉香は大人しく説教に耐えることにした。




