表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
381/507

76-4 Side透

 部屋の中が重苦しくて、窓際に立つ透は紅茶を口に含んだ。


 総勢十三人。集められた場所は、ツユの為に用意された屋敷の一室だ。領主の敷地の一角の、セレストの護衛で守られた屋敷は、他の客と対応が違う。用意されているのは一軒の建物で、別荘かと言いたくなる豪勢な屋敷の部屋数は多い。

 使用人は全て、セレストからやって来た者達。

 何故かガランスの領主息子のシンヤまで滞在していて、ツユと違い、護衛を一人しか連れて来なかった。人数的な部屋数に問題ないだろうが、世間的に如何なものか。数十人もの護衛を連れたセレスト、二人で来たガランスは大違い。


 ガランスから来たのは、シンヤだけじゃなかった。

 護衛ではなく行方不明の亜莉香を探しに、シンヤと一緒にやって来た者達がいた。

 トシヤが来るのは想定内。ルカとルイが来ても戦力が増えると思えるが、あまり強そうに見えないトウゴとフルーヴは待機組だと思っていた。よく来たなと言いそうになった言葉は言う機会がなく、集まった面々を見渡す。


 中央のテーブルを挟んで、上座に座るはツユとシンヤ。眺めているのは、テーブルに広げたシノープルの領主が治める土地の地図。付け足したバツのマークは数多く、その地図を持参したのは後ろで立ったまま控えるニチカだ。

 ニチカの脇にはミスズもいて、シンヤの後ろにはロイが控える。

 テーブルを挟んで反対側のソファに座るのが、地図を覗くルカとルイ。それから右端で、ソファの肘掛けに肘をつき、そっぽを向いているトシヤ。今にも部屋から出ていきそうな雰囲気を醸し出す気持ちは、透にも分からなくもない。


 集められた理由が亜莉香の捜索の現状報告でなければ、透だって部屋にいない。

 そもそも出来る限りは足を踏み入れたくないと言うのに、ツユに呼び出されたのだから仕方がない。気まずい空気で暇そうなのは、ソファの背もたれに座るような格好のトウゴだけである。兎の姿のフルーヴに至っては、既にソファの背もたれで器用に眠っている。精霊であることを、部屋の中にいる人間にばれてから開き直り、姿を自由に変えている。

 精霊を悪用する人間のいない場なので、透から注意することもない。

 大事な幼馴染でもある少女は愛されているな、と内心ほくそ笑む。


 窓の外を眺めようとして、映ったのは部屋の隅と隅にいる他二人の精霊だ。

 あからさまに苛立っているネモフィルは、腕を組んで立ったままだ。透の視線に気付けば窓越しに睨まれ、見ていなかったふりをする。


 機嫌が悪い原因は、もう一人の精霊の存在。

 凬の護人と契約している精霊の一人、サイ。

 黙って床に胡坐をかいてはいるが、何やら楽しそうに状況を見ている。主である透の兄、凬の護人の奏から未だ何も連絡はない、と教えに来てくれただけのはずが、ネモフィルと顔を合わせて、居座ることに決めたようだ。

 亜莉香がいたと言う隠れ里、スクレ・シュクセスに戻れなくて、ネモフィルの機嫌はとても悪かった。そんな時に挨拶したサイに、ネモフィルの容赦ない攻撃が放たれた。

 その結果、壁に一つの穴が開けられたが見なかったことにする。

 相性が悪いのは知っていたが、ここまでとは。


 ぼんやりと紅茶を飲みながら、透は部屋の中の会話に耳を澄ませることにした。


「スクレ・シュクセスという里は、やはり見つからないな」

「隠れ里だというから、名前を公表していない可能性は?」

「丁度、祭りの時期なので、各土地の有力者に探りを入れました。ですが、反応する人はいません。散らばっている身内にも紙鳥で情報を集めてもらいましたが、今の所、それらしき里は――」


 ツユ、ルイの順に言い、ニチカは苦々しく言葉を濁した。


「範囲を広げますか?」

「いや、ネモの言葉を信じる」


 ミスズの提案に、ツユは即答した。セレストでの一件を経て、ツユの心の中でも亜莉香への義理があるようだ。名前を呼ばれたネモフィルは鼻を鳴らし、目を背ける。誰とも顔を合わせたくないらしい。聞いたことのある里の名前を、思い出せないのが悔しいらしい。

 それも苛立つ一つの原因だなと思えば、シンヤが言った。


「焦っても仕方がない。下手に探しに出ても、見つけられないだろう」


 誰よりも余裕なシンヤがティーカップを片手に、深くソファに腰かける。ティーカップの紅茶を飲み干すと、少し後ろを振り返った。


「ロイ、茶のおかわりを頼む」

「畏まりました」

「空気を読めよ」


 ぼそっと呟いたルカの一言は、部屋の誰もが思う本心だろう。

 人のことを言えず、紅茶を飲んでいるのは透も同じではある。余計なことは言わないように口を閉ざすと、誰かが勢いよく扉を叩いた。


「遅くなりました」

「待ちくたびれたぞ、ナギト」


 部屋の中に入って来たのが誰だったか、思い出す前にシンヤが言った。

 余計なものを置かない部屋に、座る場所はソファしかない。そのソファに座る場所はないわけではないが、わざわざツユとシンヤの間に座る人間はいない。


 テーブルに近づくと、腰を落としたナギトは持っていた風呂敷を広げた。

 中から出て来たのは数冊の古書。どれも古びて、かび臭い。ルカとルイは凄いと呟くが、シンヤに至っては見たままの感想を述べる。


「破きそうだな」

「カイリ様に承諾を得て拝借しましたが、扱いには十分注意するようにと」


 軽々と本を手に取られる前に、ナギトは強めに言った。手にしただけで、ページが抜けそうな本もある。誰が最初に手を出すかと思えば、足音を立てながら近づいたネモフィルが、真ん中から一冊抜き取った。

 テーブルから落ちそうになった本は、ツユとルカが手を伸ばす。ほっと安堵の息を吐いたのはミスズとニチカも含むが、ルイとシンヤは気にしない。


「ナギトさん、もう一つの風呂敷は何?」

「頼んでいた菓子か?」

「ええ…ここで食べるのは、場違いでは?」


 ナギトの忠告に耳を傾けず、シンヤが風呂敷を受け取った。

 話も聞かずに、ネモフィルは本を読みながら部屋の隅に戻る。隅から隅まで読む姿に話しかける人はいなくて、それはツユとルカも同じ。静かになった面々を他所に、シンヤは煎茶を頼み直した。ルイは地図を少し脇に退け、テーブルに置かれたお重を開ける。


 中に入っていたのは、シノープルの伝統菓子。

 お重から漂う高級感があり、一段に九つずつ、合計三段。中身は全て同じである。求肥の中で薄っすらと、透ける餡子の色は多彩。


「へえ、これは風味堂の菓子だな」


 ひょっこりと後ろからお重を覗かれて、ナギトが驚き身構えた。

 話しかけたのはサイで、ナギトの隣に移動する。手を伸ばして和菓子をつまみ、口の中に放り込む。


「やっぱり美味いな」

「ナギト。忘れないうちに言っておくぞ。精霊のサイ殿だ」


 シンヤの言葉に、ナギトが姿勢を正そうとした。それよりも早くサイがナギトに顔を寄せ、じっと見つめて、にやりと笑う。


「お前、ウイに会ったか?」

「…え?」

「ああ、最後まで言わなくていいよ。会ったのは分かっているから。可哀想にウイの魔法を喰らって、たんこぶでも出来ていないかい?」


 自分より背が高い相手が片膝をついている状態なので、サイは笑って頭を撫でる。見ようにはよっては年下に頭を撫でられ、何も言えないナギトが困惑していた。


 もう一人いる精霊とは、暫く顔を合わせていない。

 サイと一緒に呼びかけたが、賭け事は嫌だと断られた。見た目はサイと瓜二つなのに、意外と律儀で自分なりに譲れないものがある。対して、サイの方がいい加減だ。賭け事好きで、遊んで羽目を外すこともしばしば。その性格が、ネモフィルとは合わないらしい。


 サイとネモフィル以外、ウイの存在は知らない。

 説明しようとはしないサイと、話を聞いてもいないネモフィル。他に説明する人間と言えば透しかいなくて、紅茶のおかわりついでにテーブルに近づいた。


「ウイは、サイの双子の精霊みたいな存在。二人で一つだよ」


 話しかけたシンヤとルイが透を見て、ロイが手際よく紅茶のティーカップを受け取った。注ぐ間にサイが透の肩に腕を回し、嬉しそうに言う。


「攻撃担当のウイと、防御担当の僕。ウイは今日も、地図から消えた庭園にいるよ」


 肩を震わせて笑う声が耳元で聞こえ、思わず顔を逸らした。同い年にしか見えないサイに、近づかれても嬉しくない。

 うんざりした透の視線を無視して、サイが目を向けたのはネモフィルだ。

 何かを試すような笑みで、目を細めたのを見逃さなかった。


「…地図から消えた里」


 とても小さかった呟きが、部屋に響いた。

 ネモフィルの身体がわなわなと震え出したかと思えば、持っていた本を閉じた。トシヤがぼんやりと眺めていた本を奪って、扱い方も忘れてページを探す。

 ドンとテーブルに開いたページに、探していた内容はあったようだ。

 へえ、とソファの後ろから本を覗き込んだトウゴが読み上げる。


「【シノープルの北にあった里は、土砂崩れにより崩壊。里の住民の行方は掴めず、花降る里と親しまれていたスクレ・シュクセスは跡形もなく消え去った。復興を望む声があるも、その度に人災が重なり断念。山々を背景に花が降り注ぐ光景が美しかった里は、永遠に失われた】凄く小さな記事だね」


 探していた里の名前。

 本の内容が何であれ、トシヤの瞳に光が灯った。本に集まっていた視線は、ただならぬ冷気を出現させるネモフィルに注がれる。

 やばい、と透が本能的に悟っても、隣のサイは動かない。


「あっはは、ネモちゃん。ようやく思い出したか?」

「知っていたのに言わなかったわね?」

「聞かれなければ答えないよ。黙っていろ、と最初に言われたからね。僕の記憶力はネモちゃんみたいに凄くない。それって、数百年前の記事だろ?よく取ってあったね。セレストの書庫で宝探しが出来そうだ」


 声を出して笑うサイ以外は、ネモフィルの背後に巨大な氷柱を見た。

 氷柱の鋭い先が、サイを狙う。それだけなら透も焦らないが、サイがいるのは透の隣。一歩間違えれば、透にも攻撃が当たる。

 白旗を上げるように両手を上げた透を、ネモフィルは見ていない。

 冷静なロイが、シンヤとナギトを避難させるように動いた。ルイもトシヤのいる端に寄り、ルカと共に出来る限り身を屈める。ツユは何も言わずにソファの端に座り直し、ミスズとニチカは一歩ずつ後ろに下がった。

 透だけ見放され、口角が引きつる。


「お…落ち着け、ネモフィル」


 必死な呼びかけは届かない。恨みが募った眼差しは恐ろしい。

 一発接触で何かが起こる。


 その静寂を切り裂いて、隙間のなかった窓の外から一羽の鴉が現れた。緑の瞳を持つ鴉は生き物ではなく黒い紙で、笑っているサイに向かって用件を告げる。


「今宵、月が空高く上った時刻。領主の家で宝探し」


 短くも、懐かしい声を聞いた。

 淡く光っていた鴉の身体が羽ばたく前に、サイが空いていた片手で頭を握った。手の中に四角の紙切れが残り、透を見ずに言う。


「これが僕達の主からの伝言だ。良かったな、かっちゃんに会えるかもしれないよ」


 ペリドットを思わせる瞳が弧を描く。透が言い返す暇を与えず、身体を左右に揺らし始めた。視線をネモフィルに戻して、愉快だと言わんばかりに話し出す。


「いやー、ネモちゃんと遊ぶ時間がなくなった。役者が揃って楽しくなってきたね」

「――どの口が!」

「そんなに怒ると綺麗な顔が台無しだよ。この場にネモちゃんの主である瑞の護人がいて、僕達と遊ぶ凬の護人が帰って来た。それからウイと共にいるピーちゃんの元に、緋の護人がいて三兄妹が揃う。その場で何が起こるか、見物だね」


 緋の護人、に反応出来た人間は少なかった。

 それが誰を指すか。即座に判断したトシヤが立ち上がると同時に、サイの姿が白い鴉に変わった。捕まえようとした透を羽で叩いて、逃がさないように氷柱が壁に突き刺さる。

 盛大なネモフィルの舌打ちと追撃をかわし、氷柱の一つが窓を貫き割った。


 天井で急転換した鴉は、窓を背後に人の姿で降り立つ。

 外から春風が部屋に流れ込んだ。

 両手を窓辺においたサイは、窓の縁に飛び乗り座った。降り注いだ氷の欠片を振り払い、やれやれ、と部屋を見渡す。


「ここにいたら、身体に穴が開きそうだ」

「さっきの言葉を、説明しなさい」


 氷柱を背後に構えたまま、ネモフィルが言った。


「緋の護人が――アリカが、ウイと一緒にいる、ですって?」


 発せられた名前で、部屋の空気が変わった。

 静まり返った部屋で唯一、サイは笑顔を浮かべる。


「そうだよ。僕はここに来る途中、偶然ピーちゃんを見つけた。ウイはそのままピーちゃんの元へ行って、僕は遠くから顔だけ拝んで、こっちへ来たわけ。祭りの日にピーちゃんが遊びに来るなんて久しぶりだと、ウイは一緒に遊べると喜んでいたな。ああ、ウイは僕と違って健全だよ。美味しものを食べて、酒を飲んで、寝る繰り返しだ。馬鹿な遊びはしない」


 聞いてもいないのに、ぺらぺらと喋るサイの口は止まらない。

 君だって、とナギトを見て問う。


「ウイに会っただろ?君にはウイの気配が残っている。どこかでピーちゃんにも会い、一緒にいて遊んでいるウイの邪魔をしてしまえば、攻撃を喰らっていても不思議じゃない」


 ネモフィルだけはサイを睨んでいたが、透はナギトを見た。

 頭が追いついていない表情のナギトに、真剣なシンヤも尋ねる。


「アリカ殿に会ったのか?」

「え…いえ、えっと――」

「落ち着いて話してくれ」


 誰よりも話を聞きたいのはトシヤだろうが、拳を握りしめて耐えていた。

 ナギトが言葉を発するのを待って、ネモフィルもサイも動かない。静まり返った部屋で、フルーヴの寝息がやけに大きく聞こえる。


「会ったのは、彼と同じ顔した少女です。一緒にピヴワヌ殿に似た方はいましたが、髪の色が違いました。他に子供二人と少女がいて、三人とも顔を隠していました。顔までは見ていません。頼まれた菓子を買いに行った喫茶店にいて、追いかけようとしたら足止めに遭い、追いつけませんでした」

「ウイがよくやる手口だよ。曲者がいると魔法をぶつけて、その隙に逃げる。周りの客の皿を落とすこともあれば、わざとぶつけることもある。最近は適当な物を風の魔法で動かして、目的の相手を上手く転ばせる。巻き添えを食らう客は可哀想だよな。いつだって、足元には注意した方がいい」


 サイの得意そうな言葉で歪んだナギトの表情から、その通りのことが起こったと悟る。灯台もと暗し、とでも言えばいいのか。探していた亜莉香は、シノープルの街の中にいると言われた。


 誰かが窓が割れたことに気付いて、部屋の外が騒がしくなり始める。

 潮時だな、と外を見下ろしたサイが呟いた。


「そろそろ僕は今宵の準備をしないといけない。ピーちゃんにも手伝ってもらおう。あの人の良さそうな緋の護人も、宝探しの参加者だ。遊びの前に、街に出て探そうなんて考えても無駄だよ。そんなことをしたら、僕の仲間が君達を傷つけてしまうかもしれない。今日という日が大嵐に見舞われ、遊ぶ前に誰かがが怪我をするかもしれない」


 窓の外で、鴉の鳴き声が響いて消えた。軽い脅しに息をのむ音もあった。

 精霊が厄介だということを、今更ながら思い知る。目の前にいるサイの気分次第で、風が荒れて天気が崩れる。生き物を操って、人に危害を加えさせることも出来る。

 まあ、と微笑んだサイは言う。


「折角の祭りを台無しにはしたくない。ウイは追跡から逃げる能力があるから、探したところで捕まえられないだろうね。あいつも僕と同じで、遊びの邪魔をする奴に容赦しない。遊びが始まるまで、大人しくしていなよ。ちゃんと僕が迎えに行って、ここまで連れて来てあげる。それから皆で遊ぼうよ。今宵は楽しい祭りだから」

「その前に、あんたは串刺しよ」


 振り返ったサイの頬を氷柱が掠り、血が滲んだ。

 傷を手の甲で擦った直後、サイのいた場所に氷柱が六つ放たれた。ぶつかる前に一回転しながら外に消えたかと思えば、白い鴉が笑う。


「全員、僕の邪魔をしないでくれよ」


 身を翻した鴉が、空高く飛び上がった。

 身を乗り出す勢いで透とネモフィル、トシヤが追いかけても間に合わない。鴉が鳴きながら屋敷から離れて見えなくなった。悔しそうなトシヤの傍らで、怒りに燃えるネモフィルの目の色が変わる。

 今度は巻き込まれなくない。

 次に会ったら、の後に続く言葉を、透は聞こえなかったことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ