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風船祭りの伝統菓子は、上品な和菓子。
求肥の中に、薄っすらと透ける幾つもの餡子。一口食べる度に違う味を楽しめ、亜莉香達が頼んだ店では、粒餡、漉し餡、白胡麻、黒胡麻、黄身餡、芋餡の六つを味わえる。
風船が描かれた可愛い皿に、亜莉香の分は一つだけ。
子供用に餡なしや、頼めば好きな餡だけで作ってくれる。木蓮と葛は、黄身餡と芋餡を選んだ。ピヴワヌは亜莉香と同じ一般的なものを頼んだが、その数は五つ。
そして何故か、亜莉香の隣に座るウイの皿には二つ。
「わあ、美味しそう」
「それにしても戻って来るのが早すぎだ」
一つ目を口に放り込んだピヴワヌに、ウイはテーブルから乗り出して言った。
「この店、絶品よ」
「そんな話をしとらん」
相手にされないウイは笑って、椅子に座り直した。
店の中と言っても頭に被った着物を外せない亜莉香と違い、ピヴワヌもウイも堂々と言い合い人目を集める。目立つ行動は避けたいのに、無理そうだ。精霊二人が目立つ容姿をしているせいで、店の中が少し騒がしくなった。
ウイは可愛らしく、同性でも囁かれる程度に話題になる。
対して向かい合うピヴワヌも、ウイと一緒にいると並んで違和感のない容姿。亜莉香が隣にいるより、不思議と周りの視線を集めている気がする。整った顔ではあるのは前から知っていたが、将来有望だとガランスの街の人々に言われていたことを、ふと思い出した。
まずはお茶を飲み、亜莉香は考える。
風船を買い、三つ目の露店を眺めている間に、ウイが戻って来た。追いかけられなかったのが寂しかったのか。黒い鴉と白い鴉、丸い緑の風船を身に付けて、後を追っていたのに気付かれない、の発言には笑ってしまった。
可哀想になったので同行することを許し、お薦めだと言われたのが和菓子屋。
喫茶店でもある和菓子は、多くの人で賑わっていた。年齢層は高めで、個室の和室もある。店内の半分以上はテーブル席で、ステンドグラスから注ぐ外の光は温かく優しい。人気店になるのも頷ける店内は居心地が良く、会話は雑音となる。
「ねえ、次はどこ行きたい?」
ビシッと爪楊枝で指されたのはピヴワヌの隣にいた木蓮で、向かいの亜莉香の顔色を伺った。まだまだ気を許せない様子に、亜莉香はウイを肘でつく。
「もうちょっと、何とか出来ませんか?」
「何が?」
「さっさと気配を消せ。この子らが、他の人間より繊細なのを忘れるな。無意識に放つ力で怯えさせるな」
ピヴワヌに言われて、亜莉香にも説明の出来なかった何かが分かった。
しょんぼりと肩の力を抜いたウイの気配が、変わる。隣にいても気にならない。優しい風が傍にあるような、温かな空気を纏ったような感覚だ。
木蓮と葛が安堵した息を吐き、それぞれ緊張は残しつつも和菓子を口に運んだ。美味しいと正直な感想すら言えなかった二人に、ウイは申し訳なさそうな顔をした。
「怖がらせるつもりはなかったの。最近はどこに行っても物騒だから、戦闘態勢を整えていただけの話。ピーちゃん達に危険が及んでも嫌だし」
「聞いてない」
「言わせてよ。久しぶりの再会に胸が弾んで、飛んで駆け付けたのに」
頬を膨らませたウイは和菓子をあっという間に平らげ、やけ食いの追加を注文する。
ついでにピヴワヌまで頼めば、快く注文するのがウイだ。何故か頼んでない亜莉香や木蓮、葛の分まで頼む。ピヴワヌは自分の分を食べながら、それで、と話題を振る。
「遊んで欲しくて、儂らの元に来たと?」
「それもある。最近かっちゃんからの連絡なくて不安だし、サイは一人で出掛けるし。ピーちゃんがいるなら会いたいなって、ネモちゃんにばれたら面白いことになるけど」
「なんでネモフィルの名前が出て来るのだ?」
途中で口元を隠して笑みを浮かべたウイに、ピヴワヌはテーブルに肘をついて首を傾げた。ネモフィルより、亜莉香には新たな名前の方が気になる。
「サイ…さんとは?」
「呼び捨てでいいよ。今更だけど、私の名前も――サイは、私の片割れ」
片手を胸に当てる仕草をしたウイは、声を落として話し出す。
「母なるローズの意思を継ぐ、もう一人。私とサイは、二人で一つ。私が風を駆け抜け、風と遊ぶなら。サイは風を捕まえ、風と謡う」
「ウイは素早いが、サイは先を読んで動く。攻撃ならウイの威力が凄まじいが、サイは防御に特化している。敵に回すと厄介だった」
「昔は喧嘩友達だったよね」
和菓子が来るまでに、ウイはお茶をすすった。
興味のない話題になり、お互いの味を交換する木蓮と葛が可愛い。美味しいか小声で確認して、思わず亜莉香の手を付けていない和菓子を差し出した。食べていいですよ、と付け足して、小さくお礼を返される。恐々と味を確かめる姿も可愛いだろうが、ピヴワヌとウイに視線を戻す。
ピヴワヌもお茶で喉を潤し、深い息を吐く。
「自分の主の気配…本当に分からないのか?」
「いや、うん。それは本当に申し訳ないと思うけど、私の主のはずなのに辿れないの。時々連絡は取るけど姿は見せてくれないし、何かに巻き込まれていると思うわけ」
「何かに?」
亜莉香が口を挟むと、ウイはため息をついた。
「だって、あり得ないの。私の主が、スクレ・シュクセスを放置するなんて」
木蓮も葛も知っている単語は隠れ里の名前で、亜莉香は目を見開いた。
まるでタイミングを計ったように追加の和菓子が到着して、それぞれの皿に増える。その一つを口に運んだウイは集めた視線を気にせず、呑み込んでから言う。
「うん、美味しい」
「話の続きを言え」
「せっかちだね、ピーちゃん。相変わらずで安心するけど」
言い終わると同時に、ウイが人差し指と中指で、それぞれ木蓮と葛を指差した。ビクッと身体を震わせた二人に、優しく微笑む。
「貴女達が生まれてすぐ、会いに行ったの。だって久しぶりの子供で嬉しかったから。私の主も、サイも里へ行って宴に混じった。大盤振る舞いの酒は美味しかった」
「話を逸らすな」
「里は主にとって、あの地は故郷でもあるの。二十年前に扉が壊れたって、主なら簡単に直せたはず。その力を持っているのに、二十年も放置するのが私には疑問」
爪楊枝で突き刺した和菓子を、口に放り投げた。
「里は、どう?」
不意に話しかけられた木蓮は瞳を伏せたが、葛は見つめ返した。じっと相手を伺って、困った笑みのウイは繰り返す。
「今の里は…不便じゃない?」
「僕達が生まれて、すぐに冬になって、里から出られなくなったから。今日までは比べる場所がありませんでした」
下手に出て話しかけるウイに、葛は勇気を出して答えた。
「外の世界みたいに、春はありません。綺麗な花とか、美味しい食べ物もなくて、どこを見ても雪の白さしかないけど、僕は街より里が好きです。自給自足の生活も楽しいです」
私も、と木蓮も小声で話し出す。
「青い空や温かな風より、里の曇った空や肌寒い空気が好き。里の家は温かくて、人は優しい。知らない人達は怖いの。街の力も…何だか怖い」
たどたどしくも懸命な木蓮は言い、着物で頭を隠した。
亜莉香には感じない何かを常に感じていた木蓮は、街の中にいると静かだ。里にいた時とは違う。唸るような声を出したウイが、申し訳なさそうに謝った。
「ごめん。木蓮ちゃん、本当に感覚鋭かったのね」
「今頃気付いたか」
追い打ちをかけられたウイが、あからさまに落ち込んだ。ゆっくりとだが亜莉香も食べ始め、美味しさを噛みしめる。澱んだ空気を何とかしようと、口を開いた。
「それじゃあ…これから美味しいものを沢山買って、お土産にしたらどうですか?」
「それはいいな。里の連中、喜ぶぞ」
亜莉香に続けてピヴワヌも言えば、顔を合わせた木蓮と葛が何度も頷いた。
元気を取り戻した木蓮が言う。
「あのね、長老は柔らかくて甘いものが好きなの」
「兄貴は辛いもの。里の皆は何でも食べるけど、基本は野菜。お肉はたまに食べるけど、お祝いの時しか食べられないから、少しでもあると喜ぶと思います。あ…でも、全部は――」
買えない、と消えた言葉に、ウイがどんと胸を叩いた。
「出す。有り金全部出すよ」
「太っ腹だな。勿論、この店のお代も?」
「奢りますとも。任せなさい」
ピヴワヌのさり気ない一言にも、力強く答えた。
思わず拍手を送りたくなる言葉である。
話す時間が長くなって思うのは、ウイの憎めない性格。お喋り好きで、構って欲しがりの寂しがり屋は、慣れると癖になる。どれだけ悪いことをしていても、根は優しくて、人情溢れる精霊だ。
ほら食べて、と言われて、亜莉香達は残っていた和菓子を口に詰め込んだ。
お持ち帰りも出来る店内で長居はせず、ウイは次の目的地を一人で語る。あの店には何があり、この店には何がありと、街をよく知る人物が一人いると、とても助かる。
さっさと食べ終えたピヴワヌが時々口を挟み、目的地と順路は決まった。
お会計を済ませ、全員で店を出た所で、ウイが声を上げる。
「里の連中に、お土産として和菓子も食べさせてあげましょう。ちょっと待っていて。すぐに買って、戻って来るから」
ウイがいるとお金には困らないが、その出処は聞かないことにした。




