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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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76-2

 ウイのご機嫌取りが凄い。

 街まで戻った途端、端の露店に顔を出し、気になった物を即決。自分の分だけ買えば良いのに、結局五人分の食べ物を買う。要らないと言っても聞いてもらえず、離れようとしたら腕を組まれた。

 振り回されていると自覚しつつも、木蓮と葛が喜んでいるので無下にも出来ない。ピヴワヌがしっかり木蓮の手を繋いでくれているせいか。葛は亜莉香とだけ手を繋いでいる。そしてもう片手はウイが腕を組み、手の中にあるのは綿あめ。

 つい先程買ってもらった綿あめは腹に溜まらないが、亜莉香は声を潜めて言う。


「買い過ぎです」

「そう?まだまだ食べられるでしょう?」

「ピヴワヌと一緒にしないでもらえます?少なくとも私は、もう食べたくありません」


 昼頃だと言うのに、少しずつの食べ歩きで腹は膨れた。

 可愛らしい苺飴から始まって、香ばしい焼きおにぎり。卵の味が優しい黄身饅頭。揚げたての芋の串に、ふわふわの綿あめ。しょっぱいものと甘いものを交互に買い、片手で持てる物ばかり目ざとく見つけ、亜莉香を露店まで引っ張った。

 おかげで既に一時間近く、常に何かを口に入れている。

 綿あめの割りばしを舐め終えたウイが、割りばしを宙で回しながら問う。


「小食?」

「それはそうですが、食べてばかりです」

「それが当たり前。祭りと言えば、食べて飲んで寝て、食べて飲んで寝て。その繰り返しで一日が終わるのよ」

「お気楽な奴だ」


 木蓮と一緒に後ろを歩いていたピヴワヌが呟いた。

 その手には、何もない。持っていた割りばしも、例えば苺飴やら芋の串も、目にも留まらぬ速さで灰にする。亜莉香の隣まで来たかと思えば、半分以上残っていた綿あめを奪われた。別に食べなくても良かったので何も言わず、二つ目の綿あめを食べるピヴワヌは話す。


「この街の闇、深いぞ。放っておくのか?」

「今更?ちまちま倒したところできりがないでしょ」


 歩きざまに、ウイが鋭い視線で細い路地を見た。

 その先にいる何かを牽制して、うふふ、と笑い声を洩らす。


「今日は年に一度の祭り。こんな日に一気にまとめて清めなくては、面倒だとは思わない?かっちゃんの指示があるまでは、余計なことをしないに限る」

「街には、ルグトリスが多いのですか?」


 珍しく葛が遠慮がちに訊ねた。特定の誰かへの質問ではなかったが、にやっと笑ったウイが顔を近づけ、声を落とす。


「凄く多いよ。捕まったら最後、食べられちゃうかもしれないね」

「怖がらせないで下さい」

「儂が今すぐ、鴉の丸焼きでも作ってやろうか?」


 急に話が変わった。冷ややかなピヴワヌの一言で、ウイの表情が固まった。

 機械仕掛けの人形のように姿勢を戻し、何事もなかったかのように割りばしを口に挟む。歩きながら次の店を探すが、ピヴワヌは言葉を重ねた。


「美味い塩でも売っている店を探すか?肉の旨味を味わうなら、儂は塩が好きだ」

「ここがシノープルでなくセレストだったら、海が近くて美味しい塩を手に入れられましたね。あ、あそこに炭火焼の文字が」


 ウイを黙らせる意味も込めて、亜莉香も言った。冗談を本気にしている眼差しを無視して、ピヴワヌなんて自らウイの腕を掴む。


「炭火焼もいいな」

「美味しいですよね」


 青白くなっていくウイの身体は、わなわな震えだした。

 炭火焼の文字の露店に連れて行かれそうな雰囲気に、即座に前方数メートル先まで逃げ出す。そこで立ち止まったかと思えば、振り返って叫ぶ。


「ピーちゃんと、アリカちゃんの――ばかー!!」

「冗談だ」

「そうですよ」

「絶対に嘘!ピーちゃんなら、やりかねない!その契約者であるアリカちゃんも、やりかねないと私の中のお告げがある!もう案内してあげないからね!」


 馬鹿、阿呆と泣き叫ぶように人混みに消えていった後ろ姿を、誰も追わない。

 やれやれとピヴワヌは頭を掻き、亜莉香は肩の力を抜いた。悪い人ではないけれど、ウイの相手をするのは疲れる。

 ねえ、と木蓮がピヴワヌの手を握って訊ねた。


「追いかけなくていいの?」

「食べたかったか?」

「それはまずそう」


 木蓮の素直に感想に、ピヴワヌも深く肯定した。葛はウイが消えた方角を見つめたままで、亜莉香が名前を呼ぶと顔を上げる。


「葛くんも、追いかけた方がいいと思いますか?」

「ううん。そうじゃなくて、外の世界には色んな人がいるな、て」

「世の中、あんな変なのばかりじゃない」


 とても真面目なピヴワヌの発言には、妙に説得力があった。

 いつの間にか道端で立ち止まってしまったので、通行人の邪魔になる。息を合わせたかのようにピヴワヌが木蓮を連れて先を歩き、亜莉香は葛と共に後ろについた。


 ゆっくり眺めれば、露店は食べ物ばかりじゃない。

 帯や着物を売る店もあれば、櫛や簪、髪紐や指輪などの装飾品を売る店に、万年筆や手紙などの文房具店と、皿やお椀といった食器関係。

 大小様々で、色も違う風船を売っている店も沢山ある。普通の丸い風船も、少し形の違った動物の風船も、星の形や顔の書いてある風船まで、種類は様々。周りの子供は帯に風船の紐を結び付け、楽しそうに笑う。

 その様子を、葛が羨ましそうに眺めていた。

 風船、と呟くように亜莉香が言えば、葛が反応する。


「あの風船なんて、可愛いですね」


 思わず白い兎の風船を指差せば、葛は小さく言う。


「僕は…白熊の風船が好きです」

「それも素敵ですね。折角のお祭りです。買いに行きましょう」


 ピヴワヌの名前を呼んで、風船を指差した。それだけで意思は通じる。

 動物の風船が多い店に辿り着くなり、木蓮も瞳を輝かせた。きょろきょろと辺りを見て、兎に猫に、犬にと目移りさせる。決まらない木蓮を他所に、葛の瞳は白熊の風船に釘付けだ。子供二人を間に挟み、亜莉香はピヴワヌに話しかける。


「ピヴワヌも欲しいですか?」

「要らん。金はあるのか?」

「ウイさん程ではないにしろ、私だって持っています。全然使っていませんが、黄瀬から十分な資金も貰いました」

「あの阿保鴉のおかげで、金が浮いたな」


 いなくなったのが清々したようで、ピヴワヌの機嫌が良い。決められない木蓮に、どれがいいのか優しく聞く。木蓮が悩んでいるのは、鳥と花の形の風船だ。

 一つに絞れない風船を、最終的にどちらも買った。

 葛は白熊一つで満足して、二つ目は断られた。二人の帯から飛んで行かないように、しっかり腹の辺りで結ぶ。顔を上げれば見える風船は楽しそう揺れ、二人の顔は今日一番に嬉しそうだった。

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