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ウイのご機嫌取りが凄い。
街まで戻った途端、端の露店に顔を出し、気になった物を即決。自分の分だけ買えば良いのに、結局五人分の食べ物を買う。要らないと言っても聞いてもらえず、離れようとしたら腕を組まれた。
振り回されていると自覚しつつも、木蓮と葛が喜んでいるので無下にも出来ない。ピヴワヌがしっかり木蓮の手を繋いでくれているせいか。葛は亜莉香とだけ手を繋いでいる。そしてもう片手はウイが腕を組み、手の中にあるのは綿あめ。
つい先程買ってもらった綿あめは腹に溜まらないが、亜莉香は声を潜めて言う。
「買い過ぎです」
「そう?まだまだ食べられるでしょう?」
「ピヴワヌと一緒にしないでもらえます?少なくとも私は、もう食べたくありません」
昼頃だと言うのに、少しずつの食べ歩きで腹は膨れた。
可愛らしい苺飴から始まって、香ばしい焼きおにぎり。卵の味が優しい黄身饅頭。揚げたての芋の串に、ふわふわの綿あめ。しょっぱいものと甘いものを交互に買い、片手で持てる物ばかり目ざとく見つけ、亜莉香を露店まで引っ張った。
おかげで既に一時間近く、常に何かを口に入れている。
綿あめの割りばしを舐め終えたウイが、割りばしを宙で回しながら問う。
「小食?」
「それはそうですが、食べてばかりです」
「それが当たり前。祭りと言えば、食べて飲んで寝て、食べて飲んで寝て。その繰り返しで一日が終わるのよ」
「お気楽な奴だ」
木蓮と一緒に後ろを歩いていたピヴワヌが呟いた。
その手には、何もない。持っていた割りばしも、例えば苺飴やら芋の串も、目にも留まらぬ速さで灰にする。亜莉香の隣まで来たかと思えば、半分以上残っていた綿あめを奪われた。別に食べなくても良かったので何も言わず、二つ目の綿あめを食べるピヴワヌは話す。
「この街の闇、深いぞ。放っておくのか?」
「今更?ちまちま倒したところできりがないでしょ」
歩きざまに、ウイが鋭い視線で細い路地を見た。
その先にいる何かを牽制して、うふふ、と笑い声を洩らす。
「今日は年に一度の祭り。こんな日に一気にまとめて清めなくては、面倒だとは思わない?かっちゃんの指示があるまでは、余計なことをしないに限る」
「街には、ルグトリスが多いのですか?」
珍しく葛が遠慮がちに訊ねた。特定の誰かへの質問ではなかったが、にやっと笑ったウイが顔を近づけ、声を落とす。
「凄く多いよ。捕まったら最後、食べられちゃうかもしれないね」
「怖がらせないで下さい」
「儂が今すぐ、鴉の丸焼きでも作ってやろうか?」
急に話が変わった。冷ややかなピヴワヌの一言で、ウイの表情が固まった。
機械仕掛けの人形のように姿勢を戻し、何事もなかったかのように割りばしを口に挟む。歩きながら次の店を探すが、ピヴワヌは言葉を重ねた。
「美味い塩でも売っている店を探すか?肉の旨味を味わうなら、儂は塩が好きだ」
「ここがシノープルでなくセレストだったら、海が近くて美味しい塩を手に入れられましたね。あ、あそこに炭火焼の文字が」
ウイを黙らせる意味も込めて、亜莉香も言った。冗談を本気にしている眼差しを無視して、ピヴワヌなんて自らウイの腕を掴む。
「炭火焼もいいな」
「美味しいですよね」
青白くなっていくウイの身体は、わなわな震えだした。
炭火焼の文字の露店に連れて行かれそうな雰囲気に、即座に前方数メートル先まで逃げ出す。そこで立ち止まったかと思えば、振り返って叫ぶ。
「ピーちゃんと、アリカちゃんの――ばかー!!」
「冗談だ」
「そうですよ」
「絶対に嘘!ピーちゃんなら、やりかねない!その契約者であるアリカちゃんも、やりかねないと私の中のお告げがある!もう案内してあげないからね!」
馬鹿、阿呆と泣き叫ぶように人混みに消えていった後ろ姿を、誰も追わない。
やれやれとピヴワヌは頭を掻き、亜莉香は肩の力を抜いた。悪い人ではないけれど、ウイの相手をするのは疲れる。
ねえ、と木蓮がピヴワヌの手を握って訊ねた。
「追いかけなくていいの?」
「食べたかったか?」
「それはまずそう」
木蓮の素直に感想に、ピヴワヌも深く肯定した。葛はウイが消えた方角を見つめたままで、亜莉香が名前を呼ぶと顔を上げる。
「葛くんも、追いかけた方がいいと思いますか?」
「ううん。そうじゃなくて、外の世界には色んな人がいるな、て」
「世の中、あんな変なのばかりじゃない」
とても真面目なピヴワヌの発言には、妙に説得力があった。
いつの間にか道端で立ち止まってしまったので、通行人の邪魔になる。息を合わせたかのようにピヴワヌが木蓮を連れて先を歩き、亜莉香は葛と共に後ろについた。
ゆっくり眺めれば、露店は食べ物ばかりじゃない。
帯や着物を売る店もあれば、櫛や簪、髪紐や指輪などの装飾品を売る店に、万年筆や手紙などの文房具店と、皿やお椀といった食器関係。
大小様々で、色も違う風船を売っている店も沢山ある。普通の丸い風船も、少し形の違った動物の風船も、星の形や顔の書いてある風船まで、種類は様々。周りの子供は帯に風船の紐を結び付け、楽しそうに笑う。
その様子を、葛が羨ましそうに眺めていた。
風船、と呟くように亜莉香が言えば、葛が反応する。
「あの風船なんて、可愛いですね」
思わず白い兎の風船を指差せば、葛は小さく言う。
「僕は…白熊の風船が好きです」
「それも素敵ですね。折角のお祭りです。買いに行きましょう」
ピヴワヌの名前を呼んで、風船を指差した。それだけで意思は通じる。
動物の風船が多い店に辿り着くなり、木蓮も瞳を輝かせた。きょろきょろと辺りを見て、兎に猫に、犬にと目移りさせる。決まらない木蓮を他所に、葛の瞳は白熊の風船に釘付けだ。子供二人を間に挟み、亜莉香はピヴワヌに話しかける。
「ピヴワヌも欲しいですか?」
「要らん。金はあるのか?」
「ウイさん程ではないにしろ、私だって持っています。全然使っていませんが、黄瀬から十分な資金も貰いました」
「あの阿保鴉のおかげで、金が浮いたな」
いなくなったのが清々したようで、ピヴワヌの機嫌が良い。決められない木蓮に、どれがいいのか優しく聞く。木蓮が悩んでいるのは、鳥と花の形の風船だ。
一つに絞れない風船を、最終的にどちらも買った。
葛は白熊一つで満足して、二つ目は断られた。二人の帯から飛んで行かないように、しっかり腹の辺りで結ぶ。顔を上げれば見える風船は楽しそう揺れ、二人の顔は今日一番に嬉しそうだった。




