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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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76-1

 こっちだよ、とウイに案内されたのは街の外れだった。

 シノープルの街には、街とその外を分ける壁がない。早々に馬車を捕まえ、建物の多い街中を抜け、平凡な住宅街を横切った。その後も馬車を走らせ、ようやく目的地に辿り着く。


 辿り着いたのは、人の気配のないススキ野原。

 秋には絶景であろうススキに覆われた土地で、すっかり枯れたススキが春風に揺れていた。どれも亜莉香の背より高い。どこまでも続くススキ野原の入口で馬車から降り、料金を上乗せして運賃を払ったウイは、そのまま馬車に待っているように言った。

 慣れた様子のウイだけが、迷うことなくススキの中に足を踏み入れる。

 ヒナを背中に背負ったウイ、亜莉香、手を繋いだ葛と木蓮、ピヴワヌの順に無言で歩く。真っ直ぐに進んでいるように、見える道なき道を行く。


 急に開けた視界の先に、葉も花もない薔薇のアーチはあった。

 その手前に、庭園、と手書きの看板もある。 

 ススキ野原の中に突如として現れ、枯れた草木に、枝しか残っていない庭。古びて、高さのある木はないが、亜莉香の腰程度の垣根がある。垣根の外からでも中は荒れ、入る気になれない。顔を覗けば十分な庭園は、教室一つ分程度の大きさだ。


 誰も手入れをしていない寂れた庭、とても庭園には見えなかった。


 亜莉香の心情など知らず、ウイが薔薇のアーチを抜ける。

 置いて行かれないように薔薇のアーチを抜ける途中で、空気が変わった。

 結界を越えたのを肌で感じる。今まで気付けなかった花の匂いがして、小鳥の囀りや草木の揺れる音が耳に届く。空からは太陽の光が降り注ぎ、どこからともなく湧く水の音も聞こえた。


 全ての、景色が変わって見えた。


 外から見ていた景色じゃない。垣根は青々とした葉を纏い、地面には切り揃えられた芝。到る処に咲くのは薔薇で、何種類もの薔薇に出迎えられた。鉢に植えられたものもあれば、地植えのものもある。勿忘草や霞草もあるが、薔薇の数が圧倒的に多い。

 振り返った薔薇のアーチも葉が多い茂り、幾つもの色の薔薇の花が咲いていた。

 アーチを過ぎた先で立ち止まった亜莉香と同じく、木蓮と葛も感動の声を出す。


「凄い」

「綺麗」


 初めて街に足を踏み入れた時より、静かに二人は感動していた。それ以上の言葉は要らない。言葉では表せない美しさに見惚れ、街の中では見かけなかった精霊が、薔薇の間を楽しそうに飛び回る。

 垣根に隠れそうに、ひっそりと存在している椅子に、ウイはヒナを座らせた。


「結界と幻想に守られた、かっちゃんが一から作った庭なの」

「良くもまあ…これだけ集めたな」


 頭を掻いたピヴワヌも、内心は感動して言った。

 この庭園の中には、精霊も魔力も満ちている。ヒナを心配する精霊の光が一つ近づけば、他の精霊も気付いて、ヒナに魔力を分け与えた。一人一人の力は弱くても、精霊が近づき魔力を与える度に、ヒナの身体が淡く光る。

 太陽の日差しが眩しくないように、ウイは椅子の隣に置いてあった三つの長い棒を地面に刺した。それぞれに大きな布の端を結び付け、日陰を作る。春風で揺れる布は薄く、白にも見える生成り色。

 眠り続けるヒナの前髪を揃えてから、ウイは亜莉香達の元へ戻って来た。


「闇の力に、これ以上呑み込まれないようにするには、これくらいしか出来ないの。闇に打ち勝てるのは、己のみ。非常事態じゃなければ案内しないけどね」

「そんな場所に、私達を案内してくれたのですね」

「だって、かっちゃんが気にかけている子だし。それに教えたところで、問題ない面子でしょ。ピーちゃんにアリカちゃん、里の子である二人は悪いことしないよね?」


 腰を落としたウイに問われ、木蓮も葛も身を引いた。

 木蓮の片手はピヴワヌが繋ぎ、葛の片手は亜莉香が繋ぐ。木蓮と葛も手を繋いでいるので、横一列に並べば幅を取る。うんともすんとも言わずに瞳を伏せた二人に、あれま、とウイは気にしない言葉を零した。

 ウイが何か言う度に怖がる木蓮と葛の代わりに、亜莉香は話す。


「とりあえず…ヒナさんは暫くここで休んで貰って、いいのですね?」

「いいよー。どうせ人は来ないし、来るとしてもかっちゃんぐらいだし。来てくれて目を覚ましたら儲けもんで、来なかったら一緒に街を探そうね」

「探しがてら、儂らを余計なことに巻き込むな」


 顔だけを上げたウイの返答は、にやりと笑った笑顔で終わった。

 立ち上がったウイが薔薇の様子を見に行ったので、亜莉香は一人でヒナの元へ向かう。置いて行くとしても、聞こえなくても言いたいことがある。


 眠っているようにしか見えない顔を見下ろして、椅子の傍に膝をついた。

 被せていた着物も、帯も置いて行く。ヒナの顔を眺め、そっと取り出した羅針盤を膝の上の両手に握らせた。そのまま手を握って、聞こえないとしても言葉を紡ぐ。


「約束を思い出して」


 ヒナに届くよう、囁いた。


「私と交わした約束。アンリちゃんを助ける代わりに、ヒナさんも私の欲しいものをくれると、言ってくれましたよね?その約束は、まだ果たされていません」


 返事はない。目覚めるように祈りながら、言葉を重ねる。


「私の欲しいものをくれるなら――どちらかを選んでください。目を覚ますか、覚まさないのか。眠ったままなんて許しません。どちらの選択でも、私はヒナさんが選択肢した未来が欲しいのです」


 願いが矛盾していても、それでも構わない。

 いつだったか。最後に選ぶのは人だと、ヒナが言った。黄瀬はヒナを見て、同族だと言った。あの時はまだヒナの中に精霊の力があるとは思っていなかったし、今でも信じられない。どっちでもいい、と亜莉香は本人に言いたい。


 ヒナはヒナだと、面と向かって言える日を願う。

 選択肢は誰にでもあるのだと、分かって欲しい。


「――選んで」


 お願い、と心の中で訴えた。


「未来を選んで」


 掴んでいる手を離して、ヒナを見つめた。

 自己満足とも言える行為。それでヒナが目覚めるはずもなく、今だけと思い、亜莉香は羅針盤を預けて立ち上がった。言いたいことは吐き出した。

 十分だ。これ以上、目を覚まさないヒナに割く時間が惜しい。待っている人達がいるから、亜莉香は先に進む。また来ます、と言い残して、薔薇のアーチの傍に戻った。

 見守っていてくれた木蓮と葛に、亜莉香は何事のなかったかのように微笑んだ。


「私達は街に戻って、遊びましょうか?」

「「うん!」」


 木蓮も葛も子供らしく頷いた。

 花より食べ物やおもちゃの方が興味ありそうだ。街に戻れば昼頃で、何か食べるには丁度良い時間になる。子供が好きなのは甘いものか。ピヴワヌと違って何でも大量に食べるわけもないだろうから、様子を見ながら買ってあげよう。

 幸い、里から出る時に黄瀬からお金を貰った。

 貰った分は木蓮と葛の為に使い、亜莉香は手持ちのお金を使う。そろそろ行こう。ピヴワヌに声をかければ、後ろからぶつかる勢いのウイが亜莉香に飛びついた。


「もう行っちゃうの?」

「…ええ」


 何とか転ばなかったのは足に力を入れたおかげで、転んだら葛も、最悪木蓮まで巻き込んでしまう。精霊は気まぐれだと知ってはいたが、嫌な予感を覚えて言う。


「ウイ、この後はどうする気だ?」

「勿論、一緒に行くよ。すれ違う貴族の財布を華麗に盗み、街にはびこる悪を懲らしめ、酒場の酒を盗み飲み干す。毎日飽きないね!」

「最後のだけはいいな」


 呟いたピヴワヌに、思わず呆れてしまった。

 木蓮と葛に悪いことを教えないで貰いたい。それを言っても、聞いてくれないのは目に見えている。亜莉香の手に負える精霊ではなく、足取り軽いウイが先頭を歩く。待っていた馬車に乗り込むとき、ウイの袖の中の巾着に数えきれない金貨を見た。

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