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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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75-2

 黄瀬の家までの帰り道は、行きより早く感じた。

 月の満ち方と位置は同じ。魔導書の中で過ごした時間は数分で、狭間や闇の中とは違った。洞窟を出てから、黄瀬は余計なことを喋らない。歩く時に注意はしてくれたけど、魔導書の話はしなかった。


「今宵の散歩は、楽しかったかい?」


 森を抜けて家が見えてから、立ち止まった黄瀬は話し出した。


「それなりに」

「それは良かったよ。散歩を踏まえ、里を訪れたのは運命だと、里での暮らしを希望するか。それとも里の外に出るか。亜莉香に決めて貰いたい」


 真剣みを帯びた黄瀬の吐く息は白く、目下に広がる里を見下ろした。

 隣に並んだ亜莉香は両手を温め、視線を合わせない。


「今すぐに、ですか?」

「いや、いつまででも構わない。決めずに里で暮らし続けても、嫌になって出て行っても問題ない。今でこそ冬の里だけど、太一の言った通り、この里の中にいれば安全だ。どんな場所より安全で、中にいる限り恐れるものは何もない」


 けど、と言葉を止めた黄瀬が、表情を消していた亜莉香を見た。

 悲しそうに、亜莉香とは別の人物を想って笑みを零す。


「何を言っても、君もいなくなってしまいそうだ」

「そう…ですね」


 嘘を付けなくて、正直に言った。今すぐにだって答えは出せて、両手を下げて黄瀬に向き直る。黄瀬に太一を重ねてしまうように、黄瀬も亜莉香で別の人物を見た。

 お互い様だ。千年前の過去が、心の中で消えずに灯る。


「この里で千年前の過去を知れて、私は嬉しかったです。何も知らなかったから、知りたかったことを知れて前に進めます。私はその為に、導かれたと思うのです」


 どんな経緯であれ、と心の中でだけ付け加えた。

 瞳を伏せてから、改めて黄瀬自身を見つめる。


「私達を助けてくれて、ありがとうございました。黄瀬がいなければ、どうなっていたかも分かりません。ヒナさんは目覚めていませんが、一緒に外に連れて行きます。例え遮断された里と言われても、何をしてでも外に出ます。外に出れば、目を覚ますかもしれないので」

「そっか」

「今日まで、本当にありがとうございました」


 深々と、亜莉香は頭を下げた。

 本当なら一刻も早く外に出たい。夜でなければ、身支度を整え出発した。どうせ持っている物は少ない。明日の朝にでも里の出口を探して、里の外に出てガランスに帰る。


 亜莉香の帰りたい居場所に、大切な人に会いに行く。


 ありがとう、と差し出された手に顔を上げた。


「亜莉香が来て、俺も太一のことを知れた。太一になって、俺の先祖が守りたかったものを教えてもらった。里の人間が減っている現状で、本当なら里の一人として引き止めたかったけど、そんなことを太一は望んでないだろうね」


 少し悩んだ後に、素直に握り返した。

 触れた手は亜莉香よりも大きく、豆が潰れた跡が残る。態度や見た目からでは、決して知ることなかった黄瀬の努力があった。里を守るために強さを秘めた人がいて、亜莉香には考えられないくらい長く生きた人。

 手を離して、黄瀬は言う。


「歩きながら考えた。亜莉香は灯様にそっくりだ。たった数日だけど、見た目じゃなくて雰囲気がよく似ていると思う。だからこそ亜莉香は亜莉香のまま、幸せになって欲しい。少しでも長く、生きて欲しい」


 切実な思いが伝わった。今までの灯が何度も生まれ変わったことを、知っているようにも聞こえる。そうだとしても、そうでなくても、亜莉香の命は永遠じゃない。黄瀬やピヴワヌのようには生きられない。


 限られた時間の中で生きている。

 しっかりと頷いた亜莉香を見て、あーあ、と黄瀬は両手を頭の後ろに回した。


「亜莉香がいてくれたら、話し相手が増えて嬉しかったのに残念だ。話すのが好きなのに里の連中は相手にしてくれなくてね。ここ数十年はもっぱら、話し相手が野菜だったよ」

「可哀想な奴だな」

「でしょう?でも、亜莉香を引き止める為に何かする前で良かった。名残惜しくなったら、笑顔で里の外に送り出せなくなる」


 ピヴワヌは同情して、黄瀬が足を踏み出した。

 それからすぐに振り返り、亜莉香が歩き出す前に言う。


「随分と古いけど、太一の残した写真が残っている。もしも見たかったら亜莉香に見せよう。里にいる間の写真になるけどね」

「それは是非、見てみたいです」

「太一の嫁、めちゃくちゃ美人だよ。俺の嫁じゃないけど、俺の嫁のような女性で夜通し自慢したいくらいだよ」

「それが本音か」


 呟いたピヴワヌが人の姿に戻った。気にしていなかったが、魔導書を出てからも肩の上だった。歩くのが面倒だったのか、存在を消して邪魔をしないよう気を配ってくれたのか。


「語るなら、酒を用意して語るが良い。そのつまみに話を聞いてやる」

「いいね。皆で囲炉裏を囲って、雪見酒としようか。酒のつまみは漬物として、亜莉香は酒を飲むかい?苦手なら甘味を用意するよ」

「私も強制参加なのですね」


 意気揚々と太一のことを語ってくれそうな空気に、長い夜になる予感がした。

 ピヴワヌと黄瀬が楽しそうに歩き出し、亜莉香は最後に森を振り返る。

 深い森の、滝の裏の洞窟で、魔導書は次の来客を待っている。亜莉香のようなことは、二度と起こらないかもしれない。起こったとしても、同じ場面とは限らない。


 さようなら、と太一に別れを告げる。返事はない。


 名前を呼ばれた亜莉香は、置いて行かれないように駆け出した。

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