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隠し子、と呟くように繰り返した亜莉香とピヴワヌの声は重なった。
さっきまで黄瀬が太一の記憶に頭を抱えていたのに、たった一言で亜莉香の方が混乱する。聞き慣れない単語というか、聞いてはいけなかった話ではないか、とか色々考え始めた亜莉香の肩で、ピヴワヌが叫んだ。
「隠し子だと!!」
「そこまで驚かなくても良くない?当時の奏様、二十代も半ばの成人男性。因みに太一も同い年だったけど、この頃は嫁いなかったな。貴族の間では一人や二人ぐらいは、普通の話でしょ?」
同意しなかった亜莉香と、亜莉香以上に衝撃を受けたピヴワヌの顔を黄瀬が見比べた。
そんな常識を知らない。関わり合った貴族と言えば、ガランスやセレストの領主を即座に思い浮かべるが、そんな話は聞いたことがないし、想像したくもない。
その場の空気が悪くなって、黄瀬が慌てて言った。
「あー、でも。隠し子と言っても、そう言っているのは里の連中だけだよ。奏様と結婚する約束はしていた話らしいし、認知する時間がなかった話。その子供がいたから、うちの里は隠れ里になったのさ」
「どういうこと、ですか?」
その間の繋がりが分からず、亜莉香は訊ねた。
納得した息を吐いたのはピヴワヌで、立ち直って言う。
「あまりにも強い魔力を持っていたから、隠したのか?」
「それもある。けど大きな理由は、子供が王家に目を付けられるのを避けたかったから。魔力が強くてルグトリスに狙われやすかった以上に、王家を敵にしたくなかった。その子供は唯一と言える、正統な王位継承者だったからね」
首を傾げたのは亜莉香とピヴワヌ、ほぼ同時だった。
奏の血を引いているから、王位継承者ということだとは思う。それでも灯は王位を剥奪された身だったはずで、それは奏や透もではなかったか。王子と呼ばれる人は既に存在していて、王や王妃もいたはずだ。
正統な王位継承者とは何か。
問い質す前に、降り続いていた雨が上がった。晴れ間が広がる。
傘を下ろしたピヴワヌは人の姿に戻り、濡れた地面に座った。再び話し合いの時間になり、話を促した。
「一から説明しろ」
「一から、とは?」
「えっと…唯一、とは?正統な王位継承者として、既に王が居て、王子もいますよね?」
ピヴワヌも気になっていたことは同じだ。亜莉香が聞き返せば、ようやく黄瀬は納得したように、手を叩いて見せた。
「だって、ほら。千年前と言えば、王家の家名が変わった年だろ?」
「「え?」」
「今の王は、先代王の妃、その兄だ。先代王の兄妹は元々いなくて、その血を引き、王になる最適な人間がいなかった。だから政に携わり、常に王の補佐をしていた男が王になった。代々受け継がれていた血は途絶えて、俺達の生きている時代まで続く王家、エスポワール・ルリエールの名はここから始まった」
人差し指で地面を叩く仕草をした黄瀬は、にやっと笑った。
「因みに三兄妹の王位を剥奪したのも、この時代の現王だ。罪名は複数ある。どれも証拠はなかったが、先王を幼い頃に亡くし、奏様が成人するまでの間に一時的な王となった現王が、その王位を渡さないために多くの罪を作り上げたと言われている」
説明をしながら、黄瀬の人差し指は亜莉香を指し示す。
「その中で、特に亜莉香が成り代わっていた灯様は別格だ。彼女の罪名は二人より多かった。何故なら彼女こそ、誰よりも濃く先王の血を強く受け継いでいたからだ。小さなことすら罪となり、三兄妹の王位は瞬く間に剥奪された。騎士団の隊長の立場がなければ、城から追い出されても誰も文句を言えなかった」
真っ直ぐに見つめていた黄瀬の瞳に、表情が凍りついた亜莉香が映っていた。自分のことではないのに、心が痛む。どうしようもない虚しさが芽生え、俯いて唇を噛みしめた。
灯が何をしたというのか。
何もしなくても追い詰められた灯は、何を思ったのか。
黄瀬が太一なら、亜莉香は灯。当時の灯を想った所で、過去は何一つ変わらない。右手を心臓の前で強く握りしめ、亜莉香は何とか言った。
「そう…だったのですね」
「言わない方が良かった?」
「いえ、それが私の知りたかったことです」
無理やりでも笑ってみせた。多少の怒りもあるが、それをぶつける相手はいない。
「だから――名前が、灯・クロンヌ・ルリユール。家名が違ったのですね。先程の子供こそが、正統な血を受け継いだわけですか。灯さんや、透には後継ぎはいなかったから」
独り言のような言い方で段々と小さくなり、視線は斜め下に下がった。
思い出したのは、亜莉香が知っている透とリリア。千年前に別れてから再び会えるまで、長い時間がかかった。今でこそ一緒に暮らしている二人に当時受けた扱いと同じことが起こって、二人の仲を引き裂くような障害があれば、亜莉香は手加減しないだろう。
灯と利哉だって、違う未来があったかもしれない。
「顔が怖い」
不意に頬を引っ張られて、亜莉香の思考が止まった。いつの間にか立ち上がって、目の前にいるピヴワヌに引っ張られている頬が痛い。顔が怖いというのは亜莉香に向けられたものだと、理解すると同時に肩の力を抜く。
「…ひゅいまへん」
「お主が考え過ぎると、精霊にまで影響するのだぞ。良くも悪くも、お主の想いは周りに大きな影響を与える。自覚しておけ」
「ふぁい」
微かに頷くと、ようやく解放された。
赤くなった頬を擦る亜莉香を見下ろして、ピヴワヌがため息を零す。そこまでしなくても良くはないかと、恨むように顔を上げれば、即座に顔を背けられた。
一人で落ち込む亜莉香を無視して、それで、と言いながらピヴワヌは黄瀬を振り返る。
「流石に当時の子供はもう生きておらんな?だがお主の住む隠れ里には、その正統な後継者がいるのではないか?だからこそ今でも隠れ里として、存在しているだろう?」
「うーん…それはねえ」
言いたくなさそうに頬を掻き、黄瀬は視線を泳がせた。
腕を組んだピヴワヌが、苛立ったように言う。
「はっきり言え」
「それじゃあ、遠慮なく言わせてもらうけど――」
十分な前置きをした黄瀬は、開き直って笑みを浮かべる。
「いたよ。正統な血を引いて、途中精霊の力も受け継いだ。相当な魔力を持った子がね。精霊に好かれてもいたし、人柄も悪くはなかった。見た目も平均以上だったとは思う」
すべて過去系なのが気になった。
どんな人か訊ねる前に、明るい言葉は重なる。
「ただ彼女、困ったことに、二十年以上前に里から出て行っちゃった。里の皆で保護していたのに力技で。あれは参った。彼女が出て行く時に里とシノープルを繋ぐ扉を壊したせいで、ここ二十年は完全に外の世界と遮断された里。隠れ里と言うより、閉鎖された里だよ」
困った。参ったと言うわりに、全然困っているように見えない。あはは、と声を上げて笑う始末。黄瀬にとっては大事ではないことでも、亜莉香にとっては重要だ。
里とシノープルを繋ぐ扉。外の世界と遮断された里。閉鎖された里。
聞き捨てならない単語ばかりに頭は痛くなり、額を抑えて質問する。
「あの里は――スクレ・シュクセスの冬は終わらないと?」
「亜莉香、上手いこと言うね」
褒められても嬉しくない。
足を抑え、前後に身体を揺らしながら、黄瀬は説明を続けた。
「もう何年も、里に春は来ていないよ。夏も秋も来ない。扉の隙間はあるようで、種を植えれば野菜は育つ。地面だけは季節を覚えているのかな。それは救いだ」
「――つまり?」
「スクレ・シュクセスは永遠に冬の里」
雪があるから、雪消月。なんて簡単に考えたのが間違いだった。亜莉香がいるのは季節の狂った里の中で、その里にあった魔導書の中。幾重にも時間のずれがあり、ようやく現状を理解する。
綺麗にまとめた黄瀬に、最早亜莉香の言葉は出なかった。




