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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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74-3

 今まで誰も指摘しなかったことに、亜莉香とピヴワヌは顔を見合わせる。

 言われて見れば、確かに本が光っていた。動かなかった本のページは、亜莉香が押さえていなければ簡単に捲れる。

 僅かな風でも吹けば、今にもページが捲れそうな本から亜莉香は顔を上げた。


「…黄瀬?」

「は?」

「おい。本に触れさせてみれば良いのではないか。儂が試してやる」


 突然ピヴワヌが口を開き、瞬く間に人の姿に変わった。驚く青年を無視して、亜莉香の手から本を奪い去る。止める暇もなく、開いたままの本を両手で持った。中身を青年に見せるように持ったかと思えば、青年の顔を目掛けて両手と足を伸ばした。


「くそ!」


 背が低くて、ピヴワヌの本を持つ手が青年の顔まで届かない。


「ええい!頭が高い!しゃがまんかい!!」

「ちょ、何を――痛い!痛いって!精霊殿と人の力加減は違うから!」


 バシバシと本で叩かれた青年の口調が、途中で変わった。

 ピヴワヌを止めようとしていた身体も、表情も固まる。先程の雰囲気からは想像も出来ない程、顔色が真っ青になった。呆然とした表情になれば、腰の力が抜けたように、その場に座り込んで頭を抱える。


「ちょっと、待って。俺は黄瀬で、でもさっきまでは太一で」

「記憶が混ざったか?」

「それって大丈夫なのですか?黄瀬、私が誰か分かります?」


 青年の前にしゃがんで、亜莉香は訊ねた。

 ゆっくりと顔を上げた青年、改め黄瀬が掠れた声を出す。


「――亜莉香。それに、精霊殿」

「ふん。我々を認識しているな。全く他人の記憶に塗り替えられるなど、訓練がなっていないぞ。もっと精進するべきだ」


 偉そうなピヴワヌだけが立ったまま、腕を組んで胸を張る。


「己を取り戻したのなら、答えてもらうぞ。ここは、どこだ?」

「ピヴワヌ、もう少し待ってからでも――」

「王都にある、城の中。太一が城内隊長として過ごしていた日々の記憶」


 亜莉香は黄瀬に視線を戻した。

 頭から両手を外した黄瀬が、深く息を吐く。胡坐を掻き直し、開いたままにしてある本を指差す。


「その本に呑まれた。こんなことは前代未聞だ」

「本を閉じれば、元の世界に戻れるか?」

「通常なら、その戻り方になる。けど、待って欲しい」


 すぐさま本を閉じようとしたピヴワヌに向かって、黄瀬は急いで言葉を重ねる。


「戻りたくないわけじゃない。戻る前に、幾つか確認させて欲しい。それくらいの時間は、俺にも与えてくれないか?」


 ピヴワヌが黙り、その場に正座した亜莉香に意見を求めた。小さく頷き返せば、閉じないように本を開く。そのまま勢いよく座れば、三人で円を描くような位置になる。

 肩の力を抜いた黄瀬が安堵して、軽く頭を下げた。


「感謝するよ、二人共」

「礼は要らん」

「礼ぐらい、素直に受け取ってよ。今回の現象は初めて起こったことで、俺にとっては大きな変化だ。不思議なことに、今では太一としての記憶が消えない。太一の今日までの人生は俺の中にある。だから最初に、一つ確認させてくれ」


 すぐに顔を上げて、真っ直ぐに亜莉香を見た黄瀬は訊ねた。


「亜莉香も先祖返りだったのか?」


 真っ直ぐに見つめる黄瀬の眼差しから、目を逸らせない。

 真実を求める瞳に、亜莉香の真剣な表情が映る。余計なことは言えない。言ってはいけないと、口を開いて短く言う。


「いいえ」


 亜莉香の返答は、黄瀬にとって予想外だったようだ。

 少しだけ目を見開き、ふむ、と言いながら、亜莉香をじっくり眺める。


「太一の記憶の中の、灯様と同じ顔に見える。黄瀬として目が覚めてから、変わって見えたのは髪の長さや服装だけ。それ以外は瓜二つ」

「そうでしたか」


 素っ気なかったかもしれないが、黄瀬は気にしなかった。


「俺はね、先祖返りと言われていた太一になっていた。おそらく亜莉香も、何らかの理由があって灯様に見られていたと思う」

「我が主が灯になっていた理由より、お主が目を覚ませたのは魔導書のおかげか?」

「そうだろうね。気が付いたら、太一として執務室にいた。太一として、いつも通りの日々の中で本に触れ、ようやく二人を思い出せた」


 ピヴワヌのおかげで、話の流れが変わる。

 そのまま魔導書について聞きたくて、亜莉香から質問した。


「いつもは、こんなこと起こらないのですよね?」

「勿論。言ったと思うけど、魔導書の著者である太一が語ってくれるだけさ。それも若い時じゃなくて、年老いた老人。子供に聞かせるように、隠れ里と呼ばれるに至った由来を淡々と語る」


 身体を前後ろに揺らしながら、黄瀬は空を見上げる。


「今と違って、どこか現実感のない感覚だよ。物寂しい家の中で一人、暖炉の火の前で椅子に座って話してくれる。太一の生涯の半分以上は、里で過ごした時間だ」

「ほう。真面目そうな堅物頭は、城から出て行くのか?」

「追い出された、とも言い伝えられていたな。どっちにしろ、千年前に起こった事件で、太一の人生が変わってしまった」


 視線を戻すと、俺はね、と静かに言った。


「太一の身に何が起こったのか知りたい」


 その言葉が嘘ではないと、亜莉香には信じられた。ピヴワヌは黙って、黄瀬の言葉の続きを待つ。風が吹いて周りの木々の葉が揺れる音が響いても、鳥の鳴き声が遠くで聞こえても、黄瀬の言葉を聞き逃さないように、耳を澄ませた亜莉香は問う。


「知るために、何か考えがあるのですか?」

「もう一度、ページを捲って欲しい」


 はっきりと言った黄瀬が、本に目を向けた。


「二人が記憶を失わずに済んだのは、その魔導書のせいだろう。本に触れさえしなければ、もう一度、太一として過ごせるかもしれない」

「お主が本に触れるまで絶対に安全とは言い切れない。それに我が主とて、灯として存在しているか分からん。お互い遠く離れた場所にいるかもしれん。考えられる不安要素は、幾つもあるぞ」


 ピヴワヌも、灯の遠くない未来を知っている。

 もしも灯がいない記憶なら、亜莉香は誰になるのか想像出来なかった。幽霊のような存在か、全く別な人物か。ピヴワヌの言うことも最もで、黄瀬の気持ちも分かる。

 亜莉香だって、灯の身に何が起こったのか知りたい。

 それを知ることが、隠れ里に辿り着いた理由かもしれない。


「私は…構いませんよ」


 口を出した亜莉香に視線は集まり、笑みを浮かべた。


「私も知りたいです。千年前に何が起こったのか」


 ピヴワヌには言わずとも、亜莉香の気持ちが伝わっていた。黄瀬が安心した表情を浮かべ、それに、と言って羅針盤を取り出す。


 金色の懐中時計のような羅針盤には、十六の数字があり、歯車が回り続ける。

 羅針盤の蓋を開ければ、一本の針があった。


 極端に長い白の針が、真っ直ぐに黄瀬を指す。位置を変えるたびに指し示す針の向きも変わり、羅針盤の役目が戻ったことを知った。

 蓋を閉めてから、亜莉香はぎゅっと羅針盤を握る。


「多分、私なら黄瀬を見つけられると思います。黄瀬も、黄瀬のしたいように行動して下さい。私達はそれを止めません」

「勝手に儂も含めるな。まあ、あまりに遠い場所にいて迎えにいけなかったら、無理やり本を閉じてしまうかもしれませんな」


 冗談を言いながら、誰よりも先にピヴワヌが立ち上がった。

 黄瀬も立ち上がる。最後に裾の埃を払った亜莉香は、ピヴワヌに本を押し付けられた。ピヴワヌが兎の姿になり、定位置である亜莉香の肩に乗れば準備万端だ。


 それじゃあ、と誰からともなく言った言葉で、亜莉香は本を捲った。

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