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利哉と話して、分かったことがある。
小さな社が裏門と呼ばれているなら、太陽や月の光が当たらない場所に、闇の世界と繋がる表があること。表に現れるルグトリスの力は弱いが、裏門のルグトリスは大抵強い力を持つこと。その力に対抗するためには、強い魔力や精霊の力が必要であること。精霊の姿を見て、声が聞ける人間が減っていること。隊長達はそれぞれの役目があるが、裏門を気にかけて、社まで頻繁に足を運ぶこと。
灯は姫でありながら、最年少で隊長に昇格していた。
守られる立場にいるはずの灯も、王子という立場にいるはずの透や、もう一人いるはずの兄も守る立場に立って、王家らしからぬ行動をしている。
普通じゃない、とピヴワヌが呟いたのを、亜莉香は聞き逃さなかった。
歩き続ければ、チョコレート色の屋根が見えた。
その手前の木に、寄りかかる人物がいる。
少し灰色がかった黒い瞳に、思いきり睨まれた。腕を組んで、表情が苛立っていると物語る。その髪は亜莉香と同じ黒であり、短い髪の毛先ははねている。落ち着いた紺の袴に、縦縞の鮮やかな青と白の着物は見覚えがあった。
「――城内隊長?」
黄瀬、と名前を呼ぶ前に、驚きを隠せなかった利哉の声が零れた。
亜莉香の中では繋がらない結びつきで、探していたはずの人物なのに、別人のような雰囲気を醸し出す。亜莉香と利哉を見るなり、眉間の皺が増えた。
利哉自身の緊張が伝わり、つられた亜莉香の表情も硬くなる。
亜莉香達の前に立ち塞がった青年が、組んだ腕を解いて言う。
「灯様。また彼と一緒にいたのですか?」
黄瀬にしか見えない青年に言われ、亜莉香は言葉に詰まった。
また、と言われたところで、答えられるはずがない。何を言えば正解か分からず、肩身が狭くなった。
「ご自分の立場を、お分かりですか?一緒にいないよう、前にも申し上げたのですが」
「姫様を家まで送り届けているだけです」
亜莉香の代わりに、利哉が堂々と答えた。
青年の瞳は怒りに燃えているようで、引かない利哉に物申す。
「以前も、二人で城下に出掛けたこともありましたね。あらぬ噂が立つと、灯様の立場が悪くなると思いませんか?」
「噂は噂でしかありません。実際、他の隊員もいました」
「それでも噂になったのは、君だけでしたよ」
「それは存じませんでした」
あからさまに利哉との関係を怪しまれている会話である。二人の険悪な空気に入りにくい。ピヴワヌは肩の上で静かになって、少しだけ楽しそうに、成り行きを見守っている。
踏み出した青年が足を踏み出し、利哉の襟元を掴み上げた。
「いい加減、立場をわきまえなさい。君が灯様と関わるほど、周りが騒ぎ出す。誰も手出しを出来ない状態になったら、どうするつもりですか?」
「そうならないように色々な人が動いています。城内隊長も、ですよね?」
見下ろされた利哉が言い、振り払わずに声を潜める。
「俺は――俺のやり方で姫様を守っています。それは他の隊長も、ご存知のことです。これまでも、これからも」
亜莉香には聞こえなかった話は、青年の舌打ちで幕を閉じた。
突き放された利哉に、亜莉香は咄嗟に手を伸ばす。心配する言葉をかけようとすれば、大丈夫だと言われ、そのまま宙で止まった手を下ろした。
ピヴワヌの質問攻めに遭っても、利哉は始終丁寧に対応してくれた。面倒な顔は、一度も見せなかった。時折、亜莉香を気にかけ、歩く速度を緩めてくれた。
その対応との差があり、青年に対してだけは態度が違った。
気まずい空気が流れる中で、身を引くべきと判断したのは利哉だった。亜莉香に微笑み、背筋を伸ばして問う。
「姫様。家には着いていませんが、ここでもよろしいですか?」
「…はい」
「それでは、失礼します。今日はゆっくりお休みください」
軽く頭を下げ、青年にも挨拶をした利哉は踵を返す。
そのまま後ろ姿が見えなくなってしまう。もう会えない、そんな予感がした。予感と同時に息を吸い、亜莉香は叫ぶ。
「ありがとうございました!」
灯ではなく、亜莉香として言いたかった。
振り返った利哉が目を見開いていたが、構わず言葉を重ねる。
「家まで送ってくれて!それから、あの時、お茶会の誘いから私を助けてくれて!本当に、ありがとうございました!!」
姫様らしくない行動だ。
それでも、きっと亜莉香の想いは通じたと思う。利哉の表情が柔らかくなって、照れたように笑った顔は、亜莉香の知っているトシヤと同じ。
手が届かなくても、軽い会釈だけで十分だった。
今度こそ利哉は姿を消す。青年が亜莉香の隣にまで来て、刺々しく言う。
「公の場では、絶対に叫ばないで下さい」
「…分かっています」
「それから繰り返しになりますが、先程の彼とは深く付き合わない方が良いと、私は思いますけどね。下手に王子を刺激して、無理やり婚約されたら迷惑でしょう?」
婚約、と聞き慣れない単語に、青年を見た。
亜莉香の視線に気付いたはずなのに、青年は利哉の消えた方角を見る。
「未だ婚約の話を王が認めないとは思いますが、やはり二人を婚約させようとする連中はいるのです。最初は噂の段階でしたが、湧いて出て来る一部を把握したので、これから急いで揉み消します。早く灯様の耳に入れた方が良いと思い、急いで知らせに来たのですが」
「そのために、わざわざ会いに?」
「気にされていたでしょ。一部しか突き止められなかったので、他の連中は暫くお待ち下さい。変な噂は増やしたくありません。ついでに透様を探しに来ました。回覧する書類を投げ出すのは、確認しなくても一人しかいませんので」
深いため息を零した青年もまた、灯を心配する一人だ。
灯が嫌いなのか、と疑ったのが申し訳なくて、苦手意識が薄れる。手には書類の束を持ち、顔をよく見れば見る程、黄瀬に見える。
ますます親しみを感じてしまうから不思議だ。
話せば分かってくれる青年かもしれないと、亜莉香は話しかける。
「利哉さんのこと、お嫌いですか?」
「庶民の彼と姫である灯様が一緒にいることに、不満を募らせる阿呆が多いのは嫌になります。彼が貴族であれば、話は違ったのでしょう。貴女方兄妹のことを先代の王に任された身としては、頭を悩ませる厄介事を増やさないで頂きたいのです」
はっきりと言い切った青年には、好感度が持てた。
利哉のことを認めてはないわけではない、と遠回しに言ったと解釈する。嫌いとは言っていない。笑みを浮かべてしまう亜莉香に、ところで、と青年は話を変えた。
「その光っている本は、何ですか?」




