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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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74-1

 裏門と言われて、想像していたのは城の裏側だった。

 その門を守る隊長と言う立場が、姫様とも呼ばれる灯。ガランスで真っ赤なルビーの宝石を手にして、灯の過去を垣間見た時、王位継承権を剥奪されたと灯は言った。既に剥奪されていたとしても、当時の利哉は姫様と呼んだ。


 手を伸ばせば届く距離にいる利哉は、悪夢で見た利哉と変わらない。

 亜莉香より先を歩き、付いて行く形で裏門を目指す。人の気配のない林の中を、精霊達が飛び交い、挨拶をしながら歩き続ける。


 無色透明な結界を越えた直後、野太い男性の豪快な笑い声が聞こえた。

 男性の笑い声と、複数の降参の声。若い青年や中年の男性の声がして、誰もが楽しそうに笑っているようにも聞こえる。それ以外に剣を弾く音、鋭い金属音が響いて、草木や地面を踏み締める音もした。


 幾つもの木々の間を抜け、拓いた土地に亜莉香は辿り着く。

 城の裏側ではない。

 円形の広々とした空間。囲うのは緑の葉が覆い茂る木々であり、隅には木製の長椅子が設置されている。その椅子で休む人もいれば、地面に座って休憩をしている人もいた。


 中心で誰よりも体格が良く、豪快に笑っていた男性が若い二人を相手に日本刀を振るう。男性の力に敵わず一人が吹き飛ばされ、もう一人も隙をついて攻撃を仕掛けようとして、素早く反撃に遭った。

 二対一でも圧倒的に強い男性が、亜莉香に気付くなり声を上げる。


「遅かったな。姫!」


 男性が叫んだ為に、一斉に視線が集まった。

 姫様、と誰もが亜莉香を呼ぶ。遅かったですねとか、心配しましたとか、複数から声をかけられて微笑み返す。叫んだ男性と目が合うと、亜莉香は軽く頭を下げた。


「遅れて、すみませんでした」

「いやいや、そんなに待ってねーよ。待っている間に、こいつらの相手をしていれば時間を潰せるからな。遅れたお詫びに、俺と一戦してくれれば十分さ」


 わっはっは、と豪快に笑う男性の言葉に、亜莉香は内心笑えない。

 灯は戦う力があったのだと、思い出して焦る。見た目が似ているからと言って、戦えるわけはない。なんて返そうか、迷っている間に、隣にいたはずの利哉が前に出た。


「久高殿。用件が済み次第、姫様を家に送って来ます。体調が優れないようなので」

「そうなのか?珍しいな」


 日本刀を鞘に戻しながら、男性は近くにやって来た。

 近くに来て見下ろされると、威圧感が凄い。利哉よりも頭一つ分は背が高く、横幅もある。太い眉に、さっぱりと短い濃紺の髪。にやにやと顎髭をさすりながら、利哉が背中に隠した亜莉香に言う。


「ちょっとくらいなら、大丈夫だろ?」

「大丈夫なわけがないでしょうが」


 語尾を強調して、細身の眼鏡をかけた男性が後ろから近づき、思いっきりにやにやしていた男性の背中を叩いた。あまりに強く叩いたせいか酷い声が出ていたが、気にせず押し退け、利哉は脇に退ける。


 亜莉香の目の前に現れた男性は、利哉より少し背が高く優しそうな風貌だ。

 強い風が吹けば柳のように揺れてしまいそうなのに、その芯は根を張った樹木のように動かぬ雰囲気もある。ただ者ではない気がするのは亜莉香の勘で、もう片手に持っていた書類を差し出した。


「久高殿の用事は、いつも通り確認書類一つです。私が先に署名しましたので、時間がある時に目を通してください」


 書類を受け取り、亜莉香は無地ながら高級感漂う表紙を捲った。

 表題は、式典の警備について。数ページにわたって、各隊の警備場所や時間、人数などが細かく指定され、全てに目を通すのに時間がかかりそうだ。


 最後の用紙まで見ると、下に各隊長、及び副隊長の署名があった。

 空欄は二つだけ。右端の上の欄の裏門隊長と、用紙の中央の総隊長の署名以外、全ての名前が埋まっていた。その一つ一つを目視して、名前を覚える。


 灯を待っていた正門隊長が、久高。

 灯の下で副隊長を務めるのが、空樹。


「それぞれ、どこを守っているのだ?」


 不意に口を挟んだのは亜莉香の肩にいたピヴワヌで、書類を覗き込んでいた。


「騎士団の総隊長が一番上なのは分かるが、城内、正門、警備、城外、裏門と…儂には、その五つの区別がさっぱり分からん。誰か分かりやすく説明しろ」


 ふん、と鼻を鳴らしたピヴワヌは偉そうだった。

 亜莉香にも分からないので説明することは出来ず、助けを求めるように視線を上げる。

 利哉は様子を伺うように黙り、久高と副隊長であるはずの空樹は目を見開いて、ピヴワヌを凝視していた。先に口を開いたのは久高で、平常に戻りつつ話し出す。


「またてっきり、姫が動物を連れて来たのかと思ったが…違ったのか?」

「上手く気配を隠していますが、精霊殿ですね」


 感動の混じった空樹の声に、ピヴワヌは肩の上で立ち上がった。


「そうだ。誰でも良いが、頭が良さそうなお主が説明しろ」

「私ですか?」


 指名を受けたのは空樹だった。ピヴワヌが座り直すと、構いませんが、と前置きする。


「城内は城の中で、王家や貴族の身の安全を守ります。正門も城の中、決まった配置場所にて一定の範囲を守ります。警備は城の外、国内の安全を見回ることが主な仕事で、城外も城の外ですが、その範囲は王都の中だけに限られます」


 裏門は、と空樹が亜莉香の様子を伺った。

 話していい内容か、問いかける眼差しに小さく頷き返す。それを同意と受け取って、空樹が振り返ると、小さな社を指差した。


 久高が戦っている時は気にも留めなかったが、空間の中央にぽつんと佇んでいた。

 古い木材で作り上げられた社は、亜莉香の腰辺りの高さしかない。目を凝らせば、三重の結界を張り巡らせ、その範囲は半径一メートルもない。その結界の中の地面には、草がなかった。あるのは黒い土だけで、小石一つもない。

 触れてはいけない何かが、そこにはあった。


「あの社の扉を開かせないのが、裏門と呼ばれる我々の仕事です」

「開かせない、とは?」

「その言葉の通りです。あの社の扉は、闇の世界に繋がる裏の門。開いてしまえば、この国に災いが訪れると言われています。その存在を知っている人間は限られていますが、精霊殿には話しても問題ないでしょう」


 微笑んだ空樹は体勢を戻して、ピヴワヌに向き直った。


「あの社は結界で囲っていますが、それでも隙間から闇の力が溢れて、時折ルグトリスが現れます。現れたルグトリスが、門をこじ開けようとすることもあるのです。その対処が我々の主な仕事になりますね」

「ほう」

「裏門に集められる隊員は、誰もが精霊殿の姿が見えます。それが闇を封じたと云われる初代王の遺言であり、その王が後の人々に託したのが、王家が受け継ぐ王冠です。王冠は多くの精霊達の力を借りて、一から作り上げたもの。王冠が滅びぬ限り、この国は闇に呑まれることはないとも云われているのですよ」


 亜莉香まで感心した話に、ピヴワヌと一緒に相槌を打ってしまった。

 それ以上に深く頷き話を聞いていたのが久高で、まるで初めて聞いた話のような表情だ。その顔に向かって、利哉だけが冷ややかな視線を送る。

 おそらく隊長や裏門の人間は誰もが知っている話なのだろうな、と簡単に推測出来た。間違って灯らしくない行動をしないように、気を引き締めた亜莉香に空樹が言う。


「隊長。体調が優れないようなら、精霊殿と一緒に、今日はご自宅で休養下さい。ご自宅の方が、裏門より居心地が良いかと思います」

「そう…ですね」


 曖昧に返事をして、辺りの様子を確認した。

 いつの間にか休憩した人達が固まって、亜莉香達を見ながら何かを話す。好奇心旺盛な眼差しが多いが、何やら温かく見守る保護者のような眼差しもあった。裏門の隊員の中には、久高と相手をしていた若い二人の姿もあり、悪夢を思い出して胸が痛んだ。


 至る所で、灯の過去が亜莉香の心に押し寄せる。

 この平和が、ずっと続かなかったことを知っている。もう少しだけ、とこの場に居座ることは簡単だけど、ここに亜莉香の居場所はない。あるのは灯が過ごした時間。

 握っていた本の存在を意識して、瞳を伏せてから、空樹に微笑み口を開く。


「大人しく、自宅に戻らせて頂きます」

「そうして下さい。隊長が倒れたら、皆が心配しますので」

「そうだ。そうだ。姫が倒れたら、裏門の連中だけじゃなくて、他の連中も心配するからな。たまには休んだ方がいい」


 空樹の肩に腕を回した久高が笑いながら言えば、即座に腕を払われた。


「正門隊長は、休んでばかりいないで仕事をして下さい。貴方が来ると、非番の人間まで駆り出されて迷惑です」

「そうか?いい訓練になるだろう」

「なりません。わざわざ寮まで行って連れて来るなんて、常識外れです。後で副隊長に報告させてもらいますので、ご承知おき下さい」

「それは、ちょっと…え、嘘だろ?」


 棘のある空樹に対し、全く反省の色が見えなかった久高の顔色が変わった。

 それを無視して、亜莉香とピヴワヌに一礼した空樹は、踵を返して他の人達の元へ向かう。慌てて久高も後を追った。十人程いる人達の何人が非番なのか、少しだけ気になる。

 黙って見送れば、姫様、と傍に控えていた利哉に声をかけられた。


「家まで送りますよ」

「でも――」

「今日は非番なので」


 すぐ傍に居た人すら非番で、おかしくて笑ってしまった。

 断るのも悪いし、何より利哉とはもう少し話をしてみたい。家の位置も分からないので、素直にお礼を言ってお願いする。ピヴワヌは何か言いたそうで不機嫌だったが、口に出してまでの反論はない。


 姫様、と誰かが呼んだ。

 声のする方に目をくければ、お大事に、と裏門の隊員達が遠くから叫ぶ。早く良くなってくださいと気遣う言葉もあれば、しっかり送り届けるように、利哉に向かって笑いながら叫ぶ言葉もある。

 灯を慕う人達を、微笑んだ亜莉香は目に焼き付けた。

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