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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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73-1

 本日は晴天。太陽は真上。

 地面は真っ白な雪に覆われ、豊作と言われている太い大根と大きく育った白菜や人参は雪の下。凍りついた雪は水分を含み重たくて、亜莉香は何とか大根を掘り出した。


「凄いです」

「美味そうではあるが、わざわざ畑仕事を手伝わんでも」


 雲一つない青空を背景に大根を掲げると、隣でしゃがんでいたピヴワヌが言った。

 手伝う気はない。両手の甲を頬に当て、全くやる気のない様子。何もしないなら部屋で待っていてもいいのに、外まで出て来て亜莉香の傍から離れない。


 目を離すと消えそうだと、目が覚めた後に言われた。

 それを言われたら、一人でも大丈夫だとは言えない。ピヴワヌの気が済むまで、傍に居てもらうことにした。もう消えないと言っても、暫く信じてもらうことは無理そうな話。


 素手では冷たいので厚手の手袋を借り、もう一本引き抜こうと大根の葉を握る。腰に力を入れて、大根を見ながら亜莉香は言う。


「働かざる者食うべからず、と言われてしまいましたからね。朝から畑仕事をして手伝えば、自然とお腹も減りますので。案外、悪いことではないですよ?」

「小娘を置いて、さっさと里を出れば良いのに」

「ヒナさんを置いては、どこへも行けませんよ」


 掛け声と共に大根を抜き、茅葺き屋根の家を振り返った。

 雪が地上から一メートルも降り積もる家、その二階。丸い窓の部屋の中で、ヒナは眠っている。生きているはずなのに、どれだけ呼びかけても返事はない。

 もう、丸二日だ。

 亜莉香が目を覚ましたのは二日前で、その日は一日中部屋にいた。昼と夜は青年が顔を出し、食事だけを渡してくれた。余計な詮索をしないのは助かったが、おかげで青年の名前すら聞けていない。


 昨日は朝から少しずつ身体を動かし、午後は家の外に出た。外に出たと言っても、遠くへは行っていない。家から一歩だけ出て、高台にある青年の家から里を見下ろしただけ。


 とても小さく、住んでいる住民の少ない里。

 三日目に朝から畑仕事を手伝う為に外に出てからも、住民と出会う機会はほぼない。寒い雪の中で、意気揚々と畑に出るのは青年くらい。他に見かけた住人は青年の家に足を運ぶ少女だったが、年の近そうな少女には目が合っただけで睨まれた。

 白い着物を被って顔は僅かにしか見えなかったが、声をかけるなと言う雰囲気は、数メートル離れていても感じる少女。声をかけそびれた亜莉香の声は出せず、二時間程度で少女は青年の家を出てしまう。


 仲良くなった人はいない。

 畑仕事を手伝うと名乗り出ても、青年は指示を出して離れてしまった。結局、ピヴワヌと二人になり、暇になって雪だるまを作りながら現状を確認する。


「問題は、ここがどこで。今がいつなのか…ですよね?」

「隠れ里と言うから、よっぽど街から離れた場所だとは思うぞ。近くに人の気配はない。時間については家に時計はあるが、どこを探しても日付を確認するものがなかった」


 声を落としたピヴワヌが言い、離れた場所で白菜を掘り起こす青年に目を向けた。


「正直、家主に聞くのが手っ取り早い。答えてくれるのならばの話だが」

「私達について詳しく聞こうともしませんし、自分のことも話してくれませんよね。自給自足と野菜についての雑学は、いつまでも語ってくれそうですが」


 ここ数日を思い出し、亜莉香も青年を見た。

 視線に気が付き、青年が片手を上げる。軽い会釈を返せば、近くに来ることはなく野菜の収穫を再開する。亜莉香は雪だるまの胴体を大きく作ろうと腰を上げ、ピヴワヌも立ち上がって横に並んだ。


「ヒナさんが起きてくれたら状況が変わりますが…いつ、目を覚ますのでしょうか」

「そればかりは儂も分からん。ばばあの連絡を待て。どうせ儂らが傍に居た所で、何も変えられん。それなら体力を戻して、いつでも行動出来るようにしておけ。遠からず、この里を出たいのなら」


 そうですね、と相槌を打つ。ネモフィルが傍に居るからこそ安心して外に出ているが、部屋に居ても、畑仕事をしていても、ヒナのことは気になる。怪我が治っているはずなのに目を覚ます気配がなく、そもそも闇の中ですら起きなかった。


 どうしたものかと黙って雪玉を転がせば、去年の冬を思い出す。

 ガランスにいる時も、庭で大きな雪だるまを作った。誰が大きな雪だるまを作れるかとトウゴが言い出して、何故かチーム戦になって、トシヤと一緒に作った。勝ったのはルカとルイが作った雪だるまではあったが、ユシアに怒られるくらい遊んで、とても楽しかった記憶は懐かしい。


 今年の冬は、それどころではなかった。

 遊ぶ余裕がなかった。偽物の灯が現れて、領主の家でも温泉街でも戦いに巻き込まれた。そして知らない場所にいると思えば足が止まり、空を見上げて息を吐く。


 ピヴワヌとネモフィルからは、偽物の灯の件は済んだと言われた。

 もう心配ないと、皆が亜莉香を思い出しているとも教えて貰った。尚更早く帰りたい気持ちと、今更どんな顔して会えばいいのか分からない気持ちがせめぎ合う。


「帰ったら、なんて言えば良いのでしょうか?」


 素直な気持ちが、口から零れた。

 ピヴワヌも空を見上げ、亜莉香の言葉の続きを待つ。


「もしも自分の気持ちを、たった一言を伝えていたら、悩まなくて済んだのかもしれません。その勇気がなくて、悩んで、迷って。時間だけが過ぎて、もう一度出会えた時に――なんて言えばいいのでしょうか?」


 吐く息が白い。

 儚く消える息のように、悩みがなくなれば楽になる。


「それは誰にも分からないことだ」


 そっと話し出したピヴワヌを見れば、視線を合わせず言葉を重ねた。


「その時になったら、己の心に従って言葉を紡げば良い。悩んで迷った上に出した答えが何であれ、それは他の誰でもなく、お主にしか分からないことだろうからな」

「…はい」

「まあ、本音を言えば、儂は小僧に会いたくない。会ったら絶対に小言が止まらん。小言だけで済めば、お主にとっては良い話なのかもしれんが」


 段々と声を落としたピヴワヌが、分かりやすくいじけた。名前を出さなかったのに、言わずと通じることがあり、その心には亜莉香と同じ人物がいるに違いない。


 心が少し軽くなり、畑の途中に雪だるまの胴体を置いて、頭を作り始める。

 作っている最中、ピヴワヌは黙った。

 黙々と雪だるまを作りつつ、亜莉香は考える。

 もう二度と、灯とは会えないと予感があった。ピヴワヌには闇の中で灯と出会ったこと、話したことを言いたくなかった。

 それでもいいのだろう、と結論付ける。

 ピヴワヌと何もかも意志疎通をするつもりはない。新しい魔道具である羅針盤やリリアの家のことは言った。闇の中で過ごした時間について詳しく詮索してこないのなら、亜莉香の方から語りはしない。


 胴体より一回り小さい雪玉を作り上げ、一人で乗っけるのは無理だった。

 見かねたピヴワヌが協力してくれて、軽々と頭を乗っける。少し形が歪で、亜莉香は胴体と頭の雪を整える。完成した雪だるまをしゃがんで見上げれば、物足りなくて寂しそう。


「――と、なると」

「これだな」


 次に何をするべきか。亜莉香が立ち上がる前に、ピヴワヌが言った。

 どこからか拾って来た小枝と石を挿しこんで、両手と目を付けた。余っていた小枝を貰い、小さく折って眉を作る。つり上がった眉のおかげで、やる気に満ちた表情に変わった。


 満足な仕上がりに、立ち上がった亜莉香は着物の裾を払う。

 風邪を引かないように、青年が貸してくれたのは厚手の着物だった。裏地があり、無地で黒地の着物は一枚でも十分温かい。子供用だとも言われた着物だが、亜莉香には丁度良い大きさだ。帯は以前と同じ、蠟梅の花のような濃い黄色。

 帯以外の身に付けていた着物や袴は、酷い有様だ。

 新しい着物や袴を、どこかで調達しなければいけない。いつまでも青年の着物を借りているわけにもいかず、ヒナの分も必要。

 それにしても、と思いながら、亜莉香は足元を見た。


「着物に長靴は似合いませんが、濡れないのは助かりますね」

「儂には関係ない話だな」


 興味がなくとも、ピヴワヌは相槌を打ってくれた。

 精霊であることを隠しもしないので、ピヴワヌは裸足。比べれば寒そうなのはピヴワヌなのに、全く気にせず雪の上を歩く。

 数歩進んだかと思えば振り返り、足ではなく頭を指差した。


「長靴より、それの方が畑に合っていると思うぞ」


 それ、と言われて、頭に被せていた麦わら帽子を外す。

 真っ白なリボンは長い。違和感なく頭に乗せていて、着物や長靴同様に青年に借りた物ではあるが、おそらく青年のものではない。夏ではないが、麦わら帽子は確かに畑仕事をするに相応しいと言える。

 降り注ぐ太陽より雪の反射の方が眩くて、亜莉香は同意し再び被り直した。

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