表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
357/507

72-4 Side牡丹

 丸い窓の外では、深々と雪が降り始めた。

 重なり合う雲の隙間から、大きな月が顔を覗かせる。煌々と明るく、少しでも姿を見せれば辺りを照らす。雪化粧をした山々も、人々が暮らす家も、雪の壁の間に作られた家々を繋ぐ細い道も。


 月に照らされる里は、雪の中に埋もれていた。

 とても小さな里で、家の数は二十もない。山と山の間の傾斜に、ひっそりと作られた里。各家に住むのは五人以下で、一人で住んでいる家もあるそうだ。


 その中でも高台にある家の窓辺に、ピヴワヌは腰かけていた。

 目を細めて、明かりの灯る家を眺める。どの家も二階建て。家と家の間が広い。雪が積もっても自然と落ちるように、大きな三角屋根が特徴的だ。閉鎖的とも言える空間だけれど、山々に囲まれて周りに何もないせいか、開放的にも見えた。

 それぞれの家は、雪の下になっている畑や家畜を育てる小屋を持つ。


 ガランスとは違う田舎の風景。

 座って丁度良い高さにある窓から見下ろす里に、随分と遠い所に来たと思った。遠くて、馴染めないとも思えば、ちょっと、と声をかけられて振り返る。


「何を見ているのよ」

「何も見とらん」


 喧嘩腰の態度に、ネモフィルが口を尖らせた。それ以上の反論がないのは、部屋の中で五月蠅くしたくないからだ。それはピヴワヌも同じで、温かな部屋に視線を向ける。


 天井の低い部屋の中心に敷いてある二組の布団に、横たわる二人。

 どちらも目を覚まさない。

 息はしていても、全く動かない。


 ヒナは最初から意識がなかったが、主である少女は里に辿り着く前に意識を失った。

 相当無理をして起きていたようだ。里で休めると安堵した感情を、ピヴワヌが読み取った直後に倒れた。抱えた身体は軽く、冷たく、今にも消えそうな感覚が手の中に残っている。


 主を失いかけた恐怖が、今更押し寄せた。

 死にもの狂いで狭間を駆け巡っても、見つけられなかった姿が手の届く場所にある。もう二度と失ってはいけない。失うのが怖いと、口を閉ざして感情を抑える。


 誰かが、遠慮がちに扉を叩いた。

 部屋の隅で膝を抱えていたネモフィルが顔を伏せ、力なく返事を返す。扉を開けたのは家の主でもある青年で、お盆に大きなマグカップを二つ乗せていた。


「精霊殿、温かな飲み物は如何かな?」

「「要らない」」


 ピヴワヌとネモフィルの声が重なった。

 肩を竦めて見せた青年は、お盆を部屋の端に置いて行った。何も言わずに立ち去って、余計な詮索をしない。


 静かな部屋に、優しく香ばしい匂いが広がった。

 温かい飲み物が何か分からない。知りたいとは思わない。食欲が出ないのは、主が目を覚まさないからだ。目を覚ましてくれない限り、何も喉を通りそうにない。


「帰らなくて良いのか?」


 話しかける相手は一人しかいなくて、ピヴワヌの声に僅かに顔を上げた。


「まだ帰らないわ」

「アリカは戻って来た。ここにいる理由はないのだろ」

「無事は確認しても、きちんと話せてないもの。透に何も報告が出来ない。それに二人共…今にも消えてしまいそうに見える」


 ネモフィルの言いたいことが、ピヴワヌにも痛いほど分かった。

 部屋の中は温かいのに、どちらも血の気がない表情で眠る。息をしていなければ、死んでいるのではないかと疑う。その身体に魔力は感じない。

 存在があやふやで、目を離せば雪のように溶けてしまいそうだ。


「闇の中って、どんな感じなのかしらね」


 ネモフィルが誰にでもなく呟いた。


「闇の中から戻って来た精霊はいない。戻って来た人間も知らない。そもそも戻れる場所だとは思えない。どんな場所にいて、どんな風に過ごして、どうやって戻って来たのか」


 段々と小さくなっていた声と共に、ふあ、と大きな欠伸をした。

 人のように身体を丸めて、言葉を続ける。


「何も分からなくてもいいの。アリカが帰って来て安心したわ。ここがどこでも、光の世界に戻って来てくれて嬉しい。セレストから出て、駆け巡った甲斐があったということね」

「半分以上は儂の背に乗ったくせに」

「それでも、とっても疲れたの」


 ネモフィルは今にも眠そうな、疲れた表情で目を擦る。

 精霊は眠らなくても困らない。よっぽどのことがない限り、疲れはしない。今にも眠ってしまいそうなネモフィルを見て、ピヴワヌは言う。


「アリカが起きたら、起こしてやる。それまで休め」

「そうさせてもらうわ」


 ゆっくりと瞼を閉じるネモフィルが、膝を枕にした。

 もう一度、外の景色でも眺めようとする前に、小さな声が耳に届く。


「貴方も、私の手の届かない場所に行かないでよ」


 珍しく弱々しい声だった。

 その声がネモフィルの声だと分かっていても、普段なら言われない一言に、ピヴワヌは頭を掻く。主の心配ばかりして、他のことは頭になかった。


 主を探している随分と長い間、話し相手はネモフィルだけ。


 ガランスで待っている面々を思い出し、連絡の一つでもするべきだとは思った。思うだけで、行動に移さない。ネモフィルが眠る前に水鏡を頼めば良かったのだと、今更気付いたところで、起こす気にはならない。


 全ては主が起きてからの話だ。

 早く目を覚ませと、月を見上げて切に願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ