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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
355/507

72-2

 白い雪しか見えなかったはずの光景に、人影が一つ二つと増えていく。人影は誰もが白い着物を頭に被り、身に纏う着物や袴、帯も白で景色に混ざっていた。気が付けば知らない間に二十人近くの人間に囲まれ、一定距離を保ち、円を描くように立っている。決して顔を見せず、背丈はばらばらだ。


 その中でも一歩前に出ていた人物の背丈は低く、腰も低い。

 太く頑丈な木製の杖は緩やかに曲がっていて、低く年老いた声がした。


「驚かせるつもりはなかった。儂らは様子を見に来ただけだ」


 固い口調で言った。長老、と誰かが小さく呼びかける。その声を片手で制して、頭に被っていた白い着物を剥ぎ取る。

 穏やかとは言い難く、深く鋭い緑の瞳が亜莉香を見つめる。

 睨んでいるとも言える表情の男性は、着物と同じ真っ白な髪をしていた。緩く後ろで一つにまとめているが、地面につく長さで、毛先に行くほどうねりのある髪。目力の強い人であり、人を寄せ付けない雰囲気は周りを囲っている人達からも感じる。


 各自の手には、武器があった。

 男性と思われる人達は日本刀を握り、女性と思われる人達は包丁や草刈り用の鎌を持つ。誰もが警戒心を抱き、亜莉香に視線が集まる。


 いつ襲いかかられても、おかしくない状況だ。

 暫しの静寂が続き、長老が単刀直入に話し出す。


「ここで何をしていた?」

「それが人に聞く態度?姿を消して近づき、逃げられないように周りを囲んで。武器を構える相手に、正直に答えたいと思う?」


 答えられなかった亜莉香の代わりにネモフィルが言い、思いっきり両手を下ろした。

 鋭い水柱が地面に突き刺さり、雪に跡を残す。すぐに水は消えたが、亜莉香と身構えた人々の間を隔て、武器など無意味だと知らしめる力を見せつける。

 頭上の水溜まりは消え、わざとらしく髪を靡かせた。

 妖しい笑い声を響かせて、長老に向かって言う。


「あんまり私を怒らせないでよね」

「…ネモ」

「言わなくても、どっちが格下なのか。分かっているでしょう?」

「ネモフィル」


 ピヴワヌに支えられながら立ち上がった亜莉香は、はっきりと名前を呼んだ。

 喧嘩を売りそうだったネモフィルが振り返り、舌を出して許しを請う。踵を返してヒナの傍に行き、その身体を雪からすくい上げた。

 いつでも移動できる体勢になり、亜莉香は長老に向き直る。


 見ず知らずの人達と喧嘩をしたいわけじゃない。

 武器は構えても襲いかかりはしない人達を見渡し、先程の質問に答える。


「私達は何もしていません。気が付いたら、この場にいました」


 一部の人達が息を呑んだ。長老は瞳を逸らさず、亜莉香の言葉の続きを待つ。


「私達は余所者で、皆さんに迷惑をかけるつもりはありません。この場所にいてはいけないのなら、すぐに離れます。道を開けて頂けますか?」


 今度は亜莉香が、長老の言葉を待った。

 ざわつく人達の小声は、よく聞こえない。聞こえなくても、どうしようか迷っているのは見て分かる。武器を下ろそうとする人もいれば、構え続ける人もいる。長老の両脇にいる男性二人がその代表で、どちらも声を落として長老に何かを囁いた。

 長老は黙って話を聞き、ゆっくりと口を開く。


「人の子が何故、精霊と共にいる?」


 長老の問いに、その場は静かになった。


「精霊を無理やり従わせているのか?」

「馬鹿か」


 亜莉香が答えるより早くピヴワヌが言った。

 武器を構えていた男性が斬りかかろうとする気配に、隣にいた長老が引き留める。馬鹿呼ばわりされた長老は、僅かに笑みを浮かべた。


「馬鹿、と?」

「そうだ。無理やり従わせているなら、言わずとも分かるのだろ。見抜けぬとは言わせんぞ。ここにいる連中は皆、儂らに近い。だが近くても、足元にも及ばん連中ばかりだな」


 ピヴワヌに睨まれて、狼狽えた人が数人いた。

 深いため息を零したピヴワヌに、長老は訊ねる。


「いつ、気付いた?」

「最初からだ。それはお互い様だろう。寧ろ、気付かれないと思ったのか?」


 呆れたような言い方だった。

 何の話をしているのか、亜莉香には全く分からない。見抜くとか気付いたとか、話に置いて行かれた気分になる。眉を寄せて必死に考えるも頭が回らず、どこで口を挟むか迷った。

 亜莉香の名前を小さく呼んだのは、ヒナを抱えたネモフィルだった。


「本当に気付かない?」

「えっと…何に?」


 首を傾げた亜莉香の耳に、ネモフィルは口元を寄せる。


「彼らは人でもあるけれど――精霊でもあるのよ」


 精霊、という単語が、いつも聞いている意味と違って聞こえた。

 亜莉香の知っている精霊と言えば、小さな光。様々な色を持つ光の存在であり、自由気ままでお喋り好き。それを踏まえ、ピヴワヌもネモフィルのように、人の姿になる精霊は稀で珍しく、人の姿でいても何となく人とは違う雰囲気がある。

 人と精霊なら、見分けるのは造作ないと自負していた。

 目の前にいる長老をよく見ても、人にしか見えない。


「…全員、精霊?」


 どういうことだろう、と疑問は顔に出た。その声は、その場にいた全員に届いた。何を今更だと責めるような視線もあれば、驚く視線も、ようやく亜莉香に興味を持った視線もある。

 信じきれない亜莉香の姿を映し、何も言わない長老の瞳に浮かんだのは憐みだった。


「鈍い」


 ピヴワヌの一言の方が、胸に突き刺さる。

 驚き過ぎて足から力が抜けた亜莉香を、咄嗟にピヴワヌが抱き留める。差し出された腕にしがみつき、ゆっくりと地面に座り込んだ。


「お主は何をやっとるのだ」

「すみません」

「いちいち謝るな」


 仕方がないと言うピヴワヌに、横抱きにされそうになった。必死に首を横に振って断ったのは、亜莉香より年の低いようにしか見えないピヴワヌに抱えられた姿を、他人には見られたくないからだ。


 その間に、一部始終を見ていた周りの人達の反応が変わった。

 顔を上げれば、警戒していた空気が薄れた気がする。武器を下ろす人が増えた。長老の隣にいて武器を下ろしていた男性に至っては、日本刀を鞘に戻して軽い口調で言う。


「ここでの長話は、人の子の身体には悪くないですかね?」


 長老、と締め括った男性の声は、想像よりも若かった。

 着物こそ被ったままだが、背丈は高くて細長い体格。声も含めて判断すれば、亜莉香より少し年上程度の雰囲気。

 対して、もう一人いた男性が低い声で言う。


「長老。怪しい奴らを野放しにするのは危険です。この場で切り捨てた方が良いと」

「いやいや、本物の精霊に敵うと?潔く力の差を認めなよ。それに悪い奴らなら、この土地に入れっこないさ。同族を放置するのも、俺には気分が悪いしね」


 同族、と言った時、被っていた着物を少し持ち上げた男性の瞳に、ヒナが映った。

 亜莉香の視線に気が付いて、すぐに着物で顔を隠したが、その瞳は黒に近かった。覗いた前髪も黒に見えて、あどけなさの残る男性の顔は可愛らしい。優しく、人見知りしないような笑みを浮かべた青年だった。


「そんなに心配なら、俺が責任もって監視します。外の世界を知る人の子らを、このまま帰すのは惜しい。少しくらい留まらせても、里には何の影響もないでしょう。ここは一つ、人の子達を我らの里に招待するのは如何かと」

「良かろう」

「長老!」


 即座に答えた長老に、武器を構えている男性が叫んだ。

 深々と青年が頭を下げ、感謝を述べる。

 長老の言葉に他の人達は肩の力を抜いたり、武器をしまったりする。そもそも戦いたくなかった様子で、囲んでいた円が崩れて、長老の近くにまとまりだす。

 長老より前に出た青年が、恭しく右手を胸に当てた。


「歓迎するよ。人の子と精霊殿。我らがシノープルの隠れ里、古には花降る里と呼ばれた地」


 わざとらしく間を置いて、青年は言った。


「――スクレ・シュクセスへ」

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