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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
354/507

72-1

 数メートルは離れた頭上で、瞬く間に集まったのは赤と青の光。

 その光が形を変え、光を纏った少年と女性の姿が瞳に飛び込んだ。飛び跳ねる格好の少年はお世辞にも背丈が高いとは言えず、短いながらも真っ白な髪を靡かせる。裸足で、赤い着物姿で、帯は髪と同じ白。瞳は集まった光と同じく、ルビーの輝きを放つ。

 その少年に片手で抱えられていたのが、さらさらと細く艶やかな濃紺の髪を持つ女性。瑠璃唐草が咲く裾に向かって、白から青い青に移り変わる着物。真っ白で上品な帯には、青いサファイアの帯留め。細い腰を持ち上げられて、両手両足は縮めていた。顔を引きつらせて、口を開く前に、少年が手を離してしまう。


「アリカ!」


 少年、改めピヴワヌは見事に着地した。

 すぐさま傍に駆け寄り、動けなかった亜莉香の身体を起こす。割れ物でも扱うかのように優しく背中を支え、膝をついた状態のピヴワヌに、亜莉香は寄りかかる形となった。

 触れている箇所から、温かさを感じる。

 焦る顔が目の前にあって、口早に話す。


「アリカ、喋れるか?どこか怪我をしてないか?」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


 笑みを浮かべて言っても、ピヴワヌの不安は消せない。


「阿呆。倒れていたのに気丈に振る舞うな。身体が冷たい。腹も減っているのだろ。こんなに弱る前に、もっと早く儂を呼べば良かったのだ」


 くどくどと続けながら、額を合わせて熱を測られた。

 熱はない、と言い放ったピヴワヌの視線が、亜莉香から離れる。


「おい、ばばあ。食料を持ってないか?」


 呼びかけたのは、ピヴワヌが投げ捨てた女性に対してだった。

 のっそりと、雪に埋もれていたネモフィルが顔を出す。普段以上に襟元がはだけ、全体的にも着物が乱れている。横に流している前髪から覗くのは、帯留めと同じ宝石の輝きを持つ大きな瞳。表情は引きつり、無理やり笑おうとした。


「食料より…何か言うことはないかしら?」

「ないなら、近くの村を探しに行くか。この近くに村があれば良いが――」


 ネモフィルの呟いた声を、ピヴワヌは聞かなかったことにした。勝手に結論を出し、視線を下げたピヴワヌとは違い、亜莉香はネモフィルの表情が凍りついた瞬間を見た。


 今でも雪の中で寒いのに、さらに温度が下がった。

 ネモフィルの姿が光を纏った瞬間、姿が消える。直後にピヴワヌの身体が沈んだ。足で踏み潰したのはネモフィルで、着物の隙間から綺麗な両足を覗かせる。


「私を投げ捨てた謝罪は?」

「お主が勝手に付いて来たのだろうが!むしろ連れて来た儂に感謝するが良い!」

「するわけないでしょ!雪の中に投げつけるなんて信じられない!」

「儂を踏みつける方が信じられんわ!」


 騒ぎ出したピヴワヌが、無理やり立ち上がった。支えの無くなった亜莉香の身体が後ろに倒れるより早く、言い争いを始めようとしたピヴワヌとネモフィルは振り返る。咄嗟に身体を捻ったピヴワヌが亜莉香の背中に手を伸ばし、ネモフィルはピヴワヌの肩に腕を置いて、空いていたもう片方で亜莉香の頭が倒れぬように手を伸ばしてくれた。

 誰かに支えてもらわないと座っていられない程、まだ体力は回復していないらしい。


「何だか、すみません」

「「いや」」


 安堵の声は重なって、一緒に深いため息をつかれる。

 申し訳ない気持ちはありつつも、喧嘩が始まる前に収まって良かった。頭だけでも自力で支え、ゆっくりと姿勢を整える。

 それで、と腕を組んで立ち上がったネモフィルが話し出した。


「自力で闇から脱出したのよね?」

「まあ…はい」

「無事で何より。本当に心配したのよ」


 頬を膨らませたネモフィルは、怒っているように振る舞う。本気で怒っているようには思えないが、肩を落とした亜莉香は謝る。


「ご迷惑をかけて、ごめんなさい。でもネモが、ピヴワヌと一緒だと思いませんでした」

「貴女に会いたくて、セレストの外に出られるよう透と再契約を交わしたの。それで貴女に会う最短が、馬鹿兎と一緒にいることだと思ったわけ。嫌々、一緒にいただけの話ね」

「儂の許可なく勝手に付いて来たくせに、よく言うな」


 舌を出したネモフィルの姿を、ピヴワヌは見ようとはしなかった。


「つまり貴女が馬鹿兎を呼んでくれたおかげで、ようやく会えたわけ」

「なるほど。私は――どれくらい闇の中にいましたか?」


 数秒の無言が訪れ、ピヴワヌもネモフィルも眉間に皺を寄せた。

 難しい質問をしたつもりはない。おおよその日数を知りたかっただけなのに、二人とも口を開けようとしなかった。

 渋々と答えたのはピヴワヌで、その声はとても小さい。


「分からん」

「…え?」

「いちいち数えとらん。お主がいなくなってから、三日も経たんうちに狭間に入ったのだ。外の時間の流れを、気にしたことなどない」


 鼻を鳴らして言い終えたピヴワヌが、そっぽを向いた。

 目を合わせようとしないネモフィルを見れば、何かを必死に考えているようにも見える横顔だ。何やらぶつぶつ呟いた後、手を叩いて堂々と言う。


「まだ雪が残っているのだから、雪消月よ」

「本当ですか?」

「こんなに雪が残っているのだもの。花が咲き始める夢見月には早いでしょ。良かったわね。ここがどこでも、鳥待月で行われるシノープルの風船祭りに間に合うわ。私一度でいいから、他の街の祭りを見に行きたかったのよ」


 頭の中で、時間の流れを整理する。

 事の発端でもある偽物の灯と出会ったのは、新年を迎えて最初の月である暮新月の終わり。その次が雪の季節とも言える雪消月で、花が咲き始める夢見月は三番目。今が雪消月なら、桜が咲く鳥待月まで一か月もある。

 本当に、雪消月ならの話だ。


 ネモフィルの言葉を信じたいが、内心疑ってしまう。もっと長い時間が過ぎた気がする。懐中時計で日数を確認すれば、最低十二日以上過ぎていることしか分からなかった。

 この場で討論しても意味がない。

 それよりネモフィルの言葉の一部が引っ掛かり、亜莉香は遠慮がちに問う。


「それで…ここは、どこでしょう?」

「森の中だな」

「近くに人の気配はないみたいね。精霊はちらほらいるけど、話が聞きたいなら捕まえて来るわ」


 淡々と答えたピヴワヌも、意気揚々と答えたネモフィルも、亜莉香の知りたかった答えをくれなかった。精霊を捕まえてまで、話を聞くのは気が引ける。


 ネモフィルの提案には首を横に振り、そっと横たわり動かないヒナを見た。

 そっと手を伸ばせば、触れたヒナの手のひらは温かいが冷え始めている。ピヴワヌが温かさを分けてくれる亜莉香と違い、このまま放置したくない。

 深く息を吐いた亜莉香は、ピヴワヌとネモフィルに顔を向けた。


「近くに安全で温かい場所があるなら、そこに移動したいです。お二人の力を借りないと、私もヒナさんも移動出来ないのですが」

「お主は良いが、その小娘も連れて行くのか?」


 とても嫌そうなピヴワヌとは反対に、ネモフィルはまんざらでもなさそうに言う。


「いいじゃない。私は、その子に興味があるわ」

「ならお前が運べ。儂は主で手一杯だ」

「氷のそりを作るから、一緒に運べば楽じゃない。私がそりを作って、馬鹿兎はそりを引く。見事な役割分担でしょう?」

「どこがだ」


 即座に言い返したピヴワヌが納得しない。

 ネモフィルは笑って、後ろを振り返ると両手を前に出した。広げた両手に水色の光が集まり出すが、直後に拳を作って光が弾けた。

 亜莉香を抱えるように支えていたピヴワヌの手に、僅かに力がこもる。

 その視線の先はネモフィルの奥、何もない空間を見つめていた。どこか一点を睨みつける横顔から分かるのは、敵意と警戒。亜莉香達に背を向けたままのネモフィルがため息を零し、低い声で話し出した。


「隠れているのは分かるのよ。さっさと姿を見せなさい」


 誰もいない空間に言えば、返事はなかった。


「姿を見せないつもりなら、こっちだって容赦しないわ。こんな姿でも、弱くはないのよ。私も、私の後ろにいる奴もね」


 背筋が凍りそうなくらい冷たい声と共に、微かに笑った声が辺りに響いた。

 握りしめていた拳を開きながら、ネモフィルは両手を頭上に上げる。瞬時に集まった青い光は空気中の水分をかき集め、宙に浮く水たまりが出来上がる。


「洪水?雪崩?どれが、お望みなのかしら?」

「儂らを巻き込むなよ」


 楽しそうなネモフィルに、思わずピヴワヌが言った。

 亜莉香には何も見えない。誰かいるとは思えないのに、ネモフィルの魔法の光は強くなる。徐々に広がる水たまりが亜莉香達を見下ろし、範囲を広げた。位置が高くなり、近くの木々を越えていく。

 雪を踏みしめる音がして、目の前の景色が揺れた。

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