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Last Crown  作者: 香山 結月
第5章 花明かりと薔薇
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71-3

 あまり時間を取らせないと言われて、用意したのは花びら二枚の髪飾り。

 地面に置いて、しゃがんだまま、他にも何かないか探してみる。近くに生えている草木や花は魔道具を作る素材になるようには思えず、だからと言って必要なものが他に頭に思い浮かばない。何となく役に立ちそうだと取り出した髪飾り以外に、亜莉香の持っている物は少ない。


 リリアから貰った手鏡と、持っていた魔法薬でもある睡眠薬はフミエに預けた。武器として所持していた守り刀はイオに渡して、預かった懐中時計に手は出せない。その他に残っていたのは幾つかの小瓶だが、大半が割れ、残った小瓶は一つだけ。


 無色透明な魔法薬だけが手元に残った。

 割れた瓶の欠片は下手に触ると怪我をしそうで、慎重に無事な魔法薬を地面に置く。効力が不明、材料になるかも不明。材料にならなくとも、持ち歩く時に割れないよう気を付けるに越したことはない。


 あとは、と思いながら、帯と着物の間に挿していた簪を見下ろした。

 花びら一枚だけ赤く染まった、桃色の牡丹の花の簪。その存在に、先程から川で何かを探している灯は気付いているのか。袴をまくって、裸足になって、真剣な顔で川底を見つめている。時々立ち止まったかと思えば、唸り声を出して、また歩き出す。


 本当に魔道具が本当に出来るのか怪しめば、不意に灯が振り返った。


「そっちの準備は出来た?」

「準備というか…役に立ちそうなものは一つですが」

「そう。なら――これで、いいかな」


 川から何かを拾い、灯は足取り軽く亜莉香の元へやって来る。

 近づくたびに足の水滴は消え、目を離した隙に靴が現れ履きながら歩く。願えば叶う空間は便利だと思って待てば、持って来た何かを差し出した。


「ただの貝殻」

「ただの?」

「貴女の持つ透の魔力、水の魔力を受け止める器になりそうなものを選んだつもり。火の魔力は簪が器になるとして…あとは風の器ね」


 ふむ、と右手を口元に当てた灯が、大きな樹に目を向ける。すぐに踵を返し、葉を拾いに行った。その背中を見送り、そっと牡丹の簪を右手に持つ。


 手に馴染む牡丹の花の簪は、亜莉香のものじゃない。

 魔道具を作る材料になるなんて、考えてもいない。そのためにイオに小刀と交換して貰ったわけじゃなく、簪を受け取ったのは別の理由。ひとまず地面に並べ、布に包んで見て見ぬ振りした簪を取り出した。


 トシヤから貰った簪は壊れて、飾りである薄いガラスが割れている。棒の部分は曲がり、ガラスの一部がない。魔道具を作る材料にしたくなかったけど、それでも取り出したのは、灯の簪を材料にしたくないからだ。他に手持ちで補えるものもなく、改めて簪を見て、大事にしていた気持ちが心を占めた。


 亜莉香にとって大事なものであることは、きっと一生変わらない。

 形が変わっても、その気持ちは消えない。


 だから大丈夫だと落ち着いて、簪を置き換えた。右手に牡丹の花の簪を握りしめ、灯が戻って来て、亜莉香は顔を上げる。


「探し物は見つかりましたか?」

「一応ね」


 腰を落とした灯が並べたのは、一枚の葉。

 傷一つない鮮やかな緑の葉が美しく、とても綺麗だ。壊れた簪を見た灯は眉を顰め、亜莉香に疑問をぶつける前に、手にしていた簪を差し出した。


「これは、お返しします」

「でも、それは魔道具を作るための良質な材料よ?」

「関係ありません。私がこの簪を手に入れたかったのは、これが灯さんのものだと分かっていたからです。持ち主に返したくて、材料にはしたくないのです」


 灯は何か言いたそうだったが、亜莉香は簪を押し付ける。


「受け取って下さい。これは灯さんが手放してはいけないものです」

「それを言うなら、貴女の簪だって大事なものでしょう?」

「これから作った魔道具を私が持ち続けるなら、それは簪を持ち続けることにもなります。手放す意味にはなりません」


 仕方なく受け取った簪を、灯は何とも言えない表情で見下ろした。

 地面に座り込んで、じっと視線を逸らさない。


「結局、戻って来る運命だったのかな」


 零れた独り言に、亜莉香が訊ねる隙は無かった。両端の髪をすくい、慣れた手つきで簪を髪に挿す。結い方が少し違っても、灯の姿は髪を切る前の亜莉香に瓜二つ。


 目が合った瞬間、亜莉香の心臓が脈打った。

 似ているのは分かっていたはずなのに、もう一人の自分に見つめられて、今の亜莉香の存在が否定されそうになる。そんなことないと自分自身に言い聞かせ、口の中は乾いていても、声が掠れないように問う。


「それで…これから、どうすれば良いのですか?」

「まずは円を描く」


 亜莉香の感情など知らず、灯は堂々と言った。

 立つ気配のない灯に倣い、その場に亜莉香も正座する。手を出さなくても、灯は地面に並べた髪飾りと簪、貝殻と葉を均等な距離に置き直した。それだけでは円を描いたとは言えず、四つを結べば四角の形。

 どうするのか見守ると、小瓶の中身を半分程、それぞれの間に垂らした。


「次に作りたいものを頭に浮かべる。その想いが強く、より鮮明な想像である方が失敗しない。想いが強ければ魔道具にも反映するし、魔道具を生み出す言葉は自然と現れる」


 浮かせていた腰を下ろした灯が、両手を膝の上に置く。


「材料よりも、大切なのは作り手の想いなの。どれだけ素晴らしい材料が揃っていても、その作る過程で迷いが生じれば完成しない。逆に材料が不十分でも、強い想い、そして材料を補う魔力があれば、素晴らしい魔道具が完成することもある。この地なら、魔力の心配はしなくて大丈夫」


 それ以上の説明は要らない、という意思を受け取った。作りたいものと言われても咄嗟に思い浮かばず、地面に並べた諸々を眺めているだけでは何も起こらない。


「難しく考えると上手くいかないもの」


 小さく唸った亜莉香に、灯は優しく助言した。


「そう言われても」

「貴女の望みを叶えるために、必要なものを考えて。この地を出た後で、行き先の見えない闇の中で、貴女に必要なもの」


 必要なもの、と亜莉香は繰り返した。視線を戻し、自分自身に問う。

 願いは変わらない。帰りたい場所があって、会いたい人達がいる。逃げずに前に進むため、闇で立ち止まらないために必要なものは何か。


 ふと灯の存在が気になり、名前の漢字を頭の中で変換した。

 雲間から覗く太陽のような、一筋の光が脳裏に浮かぶ。その光は明かり。どこにいても道を指し示す光があれば、闇の中だろうが迷わない。


「――道標となる光」


 光が欲しいと望めば、作りたいものは定まった。

 口から零れた言葉で、円の上に両手をかざす。身体は何をすればいいのか知っている。周りの音が消えた。風が止んだ。材料一つ一つが、それぞれ淡く光って輝き出す。


 どこからともなく現れた小さな光の粒が、材料に溶け込んだ。

 それは花々や草木、建物や川から集まる光で、小さくても、集まれば眩い光。赤青緑だけじゃなく、数えきれない色の光が集まり、その中心に黄金の文字が浮かぶ。

 この感覚には覚えがあった。

 微笑んだ亜莉香は、そっと口を開く。


「【我は新たな作り手】」


 既に輝いていた材料が光に飲まれる。形が見えなくなって、円を描くために垂らした小瓶の中身の液体にも光が宿る。


「【我が求めるは新たな力】」


 円の中心に、光が注がれた。

 全体的には白い光の中で、沢山の色の光の粒が弾けているようにも見えた。火花が散るように、精霊達が遊んでいるようにも見える光が美しく、心を穏やかにする。


「【汝は数多の光を宿して生まれ、その光を受け入れる。汝は唯一無二の力を持って、我を導く光となる。その光が尽きるまで、我と共に――】」


 新しい何かが光の中で形を作り、その何かを強く思い浮かべた。

 欲しいのは道標。どんな暗闇でも光を失わない、一筋の光。魔道具であったとしても身に付けられる物を望むのは、材料にトシヤから貰った簪が含まれているせいだ。

 左手の懐中時計の重みに、目をやった。

 時を刻むように、新しい何かは亜莉香と共にあるのだろう。どんな場所でも、どんな時でも、前に進めるように想いも込める。


「【亜莉香と共に、時を刻め】」


 最後の言葉を紡げば、視界を奪う眩い光が放たれた。

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