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Last Crown  作者: 香山 結月
第4章 灰明かりの人々
347/507

69-5 Side...

 宿の扉を開けると、沢山の笑い声が溢れていた。

 その部屋には色とりどりの髪や瞳、着物や袴の人がいる。フルーヴや梅のような子供はいなくて、お酒の匂いが鼻をくすぐった。一階の部分は宿ではなく、ご飯を食べる店だ。店の中は混んでいて、空席はあまりない。一人でゆっくり食事を取る人もいたけれど、数人で固まってグラスを掲げている人が多かった。


 おっかなびっくりトシヤの足に張り付くのは、フルーヴだけだ。梅はトシヤの袴を引っ張り、空いているカウンターを指差した。


「あそこ、空いているよ」


 言い終わらないうち、梅がトシヤを引っ張った。

 強引にカウンターまで行く間に、ちらちら視線を感じる。その視線が怖いのではなく、苦手なのはお酒だ。間違って飲んでしまえば眠くなり、途中で兎の姿に戻るというドジをしかねない。警戒心を抱きつつ、口を閉ざして付いて行く。


 カウンターの席は五席で、一番隅に客が一人いた。黙々と麺をすする客はフルーヴ達を見向きもしない。片手は箸で持ち、もう片手で本を読む。


 トシヤも端に座り、その隣にフルーヴを座らせてくれた。またその隣に梅が座って、テーブルの上のメニューを眺める。


「やっぱりグラタンがいいかな。でも、久しぶりにピザも食べたいな。迷うなー」


 今にも涎を垂らしそうな顔で、梅が呟いた。

 メニューを見ずとも、フルーヴはおにぎりがあれば十分だ。トシヤはお腹が空いていなくて、きょろきょろと辺りを見渡した。


 真似しようと、フルーヴは後ろを向いてみた。

 木造の宿の中は、様々な木々を繋ぎ合わせて出来た空間のようだ。壁には沢山の絵が飾られ、扉の真上に大きな振り子時計。規則正しく時を刻む時計の針は静かで、午後二時を指す。針が重なり合った瞬間、鳩が飛び出した。鳴くかと思いきや現れただけで、現れた時と同じように姿を消す。


 誰も時計を見ていないのに、時計の針は動き続ける。

 せめてフルーヴだけは、少しの間だけでも見ていよう。振り子と一緒に首を傾げていると、梅がカウンターの奥にいた店員と思える人に声をかけた。


「すみません」


 慣れた様子で声をかければ、若い青年がやって来た。

 梅が注文して、おにぎりを追加する。トシヤはメニューを頼まず、代わりに違うことを訊ねていた。フルーヴには関係ない話なので、また時計に目を戻す。


 チクタク、チクタク。

 逆らえない時間が流れる。


 ずっと動き続ける時計を見ていると、無性に悲しくなった。会いたい人に会えなくて、帰って来ると約束したのに果たされなくて、時間だけは過ぎていく。

 悲しくて、寂しい。

 身を縮めて時計を眺め続けると、不意に知らない人が近づいた。


「ご無沙汰しております」


 それはフルーヴではなく、すぐに椅子から下りたトシヤに向けた言葉だった。

 のほほんとした雰囲気に、愛嬌のある笑みを浮かべる年老いた男性。フルーヴの知っている顔じゃないが、トシヤは知り合いのようで軽く頭を下げた。


「すいません。突然お邪魔して」

「いえいえ。いつでも大歓迎ですよ」


 話し方が、少しヤタと似ている。

 家の中が寂しくなってから、ヤタはよく家にやって来る。泊まりはしないけど一緒に夕食を食べて、フルーヴとも他愛のない話をする。時々トシヤと野菜炒めを作っては失敗して、二人して困ったように笑っていた。


 フルーヴは塩おにぎりだけでも十分だけど、他の人は違うみたいだ。

 特にトウゴは野菜炒めで顔を顰める。救世主と言われて呼ばれたのはキサギで、台所に立つ姿が増えた。テーブルに並ぶのはキサギの手作りか、近所からお裾分けで貰ったものか。それとも買って来たものか。品数は多くなくとも、それなりの食事は並ぶのだ。

 テーブルにどれだけ素晴らしい料理が並んでも、フルーヴの食べたい味はない。


 大人しく視線を下げると、店員がおにぎりを差し出した。

 三つ並んだ三角のおにぎりには、海苔が巻いてある。真っ白なお米がつやつやで、ふっくらしていている。トシヤは男性と話しているので、フルーヴは両手を合わせてから、おにぎりを一口食べた。

 美味しいけど、何か違う。その何かをフルーヴは言葉に出来ない。

 おにぎりにかぶりつきながら、トシヤと男性の会話を盗み聞く。


「見事に壊れてしまいましたね」

「出来たら直したいけど、無理…ですよね?」

「これしかないと、職人に見せても難しいかと。作った職人を紹介したいところですが、生憎私は旅人から買うだけで、職人までは知りません。その簪を売ってくれた旅人を紹介することなら出来るのですが、連絡がつくまでは長い時間がかかると思います」


 トシヤは布に包んであったガラスの欠片を、男性に見せていた。これ以上壊さないように眺めていた男性の言葉に肩が下がり、残念そうに包み直す。


「そうですよね」

「お役に立てなくて申し訳ないです。私は一点ものしか扱っていなくて、全く同じものはご用意してないのです――ああ、でも」


 男性も残念そうに言った後、顔を上げて柔らかい笑みを零した。


「少し、ここで座ってお待ちください。見せたいものがあります」


 そう言った男性がいそいそと離れたので、トシヤは言われた通りに座り直した。

 今まで少し緊張していたのか。小さくため息をつき、ガラスの欠片を包んだ布を見下ろす。その中のガラスの欠片は見覚えがあり、トシヤの悲しみが伝染したようにフルーヴも悲しくなってしまった。


 食べる手が止まったフルーヴと反対に、熱々のグラタンが運ばれた梅が歓声を上げる。

 真っ白で熱々のクリームソースの下に、じゃがいもや里芋、玉葱などが隠れている。匂いだけでも食欲をそそり、いただきます、と元気よく言って食べ始めた。熱すぎるグラタンからは白い湯気が出ているが、気にせず食べて熱いと騒ぐ。

 両隣の温度差に困ると、スプーンを口に運びながら梅は唄い出した。


「光の王冠現れて、三つの宝石輝いた。闇を払って、光が差し込み、この地に平穏訪れる。永久に続く願いの限り、巡り巡って会いましょう」


 驚いたのはフルーヴだけでなく、トシヤも同じだった。

 唄い出した本人は周りの視線など気にしない。


「光の宝石輝いて、三つの願いを手に入れた。闇と戦い、光が満ち足り、この地に静寂訪れる。永久に続く命の限り、巡り巡って祈りましょう」


 途中から食べずに、梅はスプーンを宙で回す。

 覚えている唄を思い出し、瞳を閉じた口角が上がった。


「光の願いを手に入れて、三つの繋がり試された。闇と繋がり、光と繋がり、この地に何かが訪れる。永遠に続く想いの為に、巡り巡って始めましょう」


 ピタッと、スプーンが止まった。

 いつの間にか店の中は静まり返り、誰もが梅の声に耳を傾けていた。

食べかけのグラタンを残して、梅が音を立てながら椅子から下りる。礼儀正しく着物の端を掴んで、お辞儀をした。


 拍手喝采で、一気に音が戻る。

 沢山の拍手や知らない人の声より、フルーヴの心の中に何故か梅の唄が残った。

満足そうな梅がフルーヴを見て微笑む。凄いと褒めたい気持ちより、唄が気になって言葉が出ない。その隙に傍を横切り、梅はトシヤの傍に寄った。

 呆然と座っていたトシヤの腕を引っ張り、その耳元に口を寄せて囁く。


「――黄金の扉の先で、彼女が待っているよ」


 意味ありげにトシヤの瞳を見つめた梅が手を離すと、その身は軽々と奥へと消えた。

 店の奥。店員が料理をする空間を通り過ぎ、鈴の音と扉の閉まる音がした。店の中にいた人達はいなくなった梅の話で盛り上がり、梅がいなくなったことに気付かない。


 先程の囁きが、梅の伝言だったのだろう。

 その意味を、フルーヴは知りたかった。


 動けずにいると、店の入口が開いて誰かが入って来た。何人かの客と挨拶をしながら、真っ直ぐにカウンターにやって来て、トシヤの肩を叩く。


「やあ、トシヤ殿。こんな所にいるとは意外だな」

「…シンヤ」

「丁度良かった。トシヤ殿には折り入って相談したいことがあり、これから家に向かうところだったのだ。この店で会うのは予想外ではあるが、それは問題ない。それより閉店の文字を無視して店に入っている所を見るに、トシヤ殿も馴染みの常連客だったのか?」


 そちらの方が気になる、と優しい笑みを浮かべたシンヤは言った。

 いきなり現れ、隣にいたフルーヴを見て笑いかけた。空いていた椅子で視線を止める。その椅子は、ついさっきまで梅が座っていた椅子だ。食べかけのグラタンがあり、もうすぐ出来立てのピザが運ばれる席。

 シンヤに向き直って、トシヤが深く息を吐いた。


「馴染みの常連じゃなくて、ただの客」

「そうなのか?ここのピザは美味いが、もう食べただろうか?」

「…いや」

「では頼もう。それから空いている席に、座ってもいいかな?」


 この状況についていけないトシヤの返事は小さかった。シンヤは片手を上げ、慣れた様子で店員を呼ぶ。もうすぐピザが出来上がると言われれば首を傾げ、トシヤが説明をする。梅の話をする聞く前に、フルーヴは残っていたおにぎりを口に詰め込んだ。


 思い立ったら行動しなければ、きっと何も始まらない。


 両手を汚したままでは怒られると分かっているけど、手を拭く暇なく椅子から下りる。

 トシヤに呼び止められる前に、店の奥に向かって駆け出した。何人かの店員の足の近くを通り抜け、梅が通った跡を追う。途中で簪を一つ持って戻って来た男性にぶつかりそうになるが、何とか避けた。

 ごめんなさいと謝って、駆け出した足は止められない。


 どうしても、梅の言葉の意味が知りたい。


 だってトシヤに言った待ち人は、きっとフルーヴも会いたい人だ。トウゴもユシアも、ルカもルイも、その他大勢の人が会いたいと願う人。


 今でもピヴワヌは、そのどこかにいる大事な主を探している。

 その人に会うための手掛かりを、梅は何か知っている。


 外に飛び出し、大きな通りまで走った。小さくなっていく後ろ姿を見つける。


「うめちゃん!」


 大きく叫べば、空を見上げて歩いていた梅は驚いた顔で振り返った。予想外だと言わんばかりの顔を見て、フルーヴは瞳を輝かせて踏み出す。


「待って!」

「そんなに大きな声で叫ばれたら、シンヤに聞こえちゃうじゃない!」

「そんなの知らない!」


 フルーヴにとって知ったことではない。騒ぎが店まで届いて、トシヤやシンヤがやって来たとしても。梅がシンヤから逃げていたことなんて関係なくて、捕まったとして、この場で一悶着起きたとしても困らない。


 人の姿で精霊の力を使うのは反則かもしれない。

 なんて考えない。忘れる。兎のように飛び跳ねて、一瞬で姿を消した。瞼を開ければ視界が変わり、踵を返して走り出そうとした背中を映す。急に現れたフルーヴに梅が感づくよりも早く、逃がさないと言わんばかりに抱きついた。

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