69-4 Side...
鼻歌を歌いながらフルーヴが一人で街を歩くと、いつも視線を集めてしまう。
老若男女、犬や猫、鳥の視線も感じる。人の姿になるのに慣れて、歩くのは不便じゃない。むしろ楽しい。歩いているからこそ見えるものがあり、ふと足を止めてしまうこともある。時々傍にやって来る精霊と話をしては相槌を打ち、またすぐに歌い出す。
上機嫌で、いつまでも。
楽しくて仕方がないのは、よく寝たからだ。
箪笥の中で気が付いたら、サクマと茶々しか部屋に残っていなかった。サクマは壁を見る向きで眠っていたので、目が合った茶々に挨拶して部屋を出た。
真っ直ぐに帰ろうとも考えたが、太陽は頭上で輝いている。
目が覚めたので、足取り軽く歩き続けて数十分。
「フルーヴ」
誰かに名前を呼ばれて、振り返った。人混みの中で一人だけ、立ち止まったフルーヴと同じように動かない少女。行き交う人は少女を避け、紅色の瞳を見るなり名前を呼んだ。
「うめちゃん!」
久しぶりに出会えた友達に嬉しくなり、沢山の人をかき分けた。
梅の元に辿り着くなり着物を掴み、見上げる形で話し出す。
「ここで何しているの?」
「フルーヴを探していたの。ちょっと…伝言を頼みたくて」
大人びた笑みを見せた梅の姿は、いつもと違っていた。
トウゴが働く店で何度か会っているが、その時は子供らしさが全面に出ていた。無邪気に笑い、フルーヴと遊んで、時には母親に怒られていた梅の雰囲気が何か違う。
何だろう、と首を傾げると、梅はフルーヴの頭を優しく撫でた。
「難しいことじゃないの。歩きながら、話そうか」
撫でていた手を離して、代わりにフルーヴと手を繋ぐ。
前を向く梅は唇を閉じ、必死な顔に見えた。何か大変なことが起こっている気がするのに、聞いてはいけないような感じ。上を向いたり、下を向いたりしてなんて話しかけようか迷えば、手を引く梅が焦ったように呟く。
「お母さんに見つからない場所。シンヤにも見つからない場所…店は駄目だし、神社は遠い。市場の中でも人目があるよね」
誰に言うわけでもなく、ぶつぶつと繰り返す声が聞こえた。
どうやら誰にも見つからない場所を探しているようで、ほっとした。そんな時の気持ちなら、フルーヴにも覚えがある。例えばピヴワヌの訓練を逃げ出した時とか、怖い犬に吠えられた時とか。
隠れたい、と結論が出て、梅の手を少し強めに握った。
「あのね。近くにとしやがいるの」
「…うん?」
急に声をかけたフルーヴを、梅が横目に映した。その途端に前に出て、今度はフルーヴが手を引きながら先導する。
「としやなら、誰が来ても追い返してくれるの。隠れなくても大丈夫になるの!」
自信満々に言いながら、近くにいるトシヤの気配に集中した。
小道を挟んで、百メートルも離れていない場所にいる。トシヤはフルーヴに気付きもしないだろうが、歩く方角はフルーヴの足の向いている方に近い。
このまま真っ直ぐに歩くと道が交わらないので、途中で脇道に入った。
人混みが一旦途切れ、すぐにまた大きな通りに出る。先程よりは人通りが少なく、まばらに行き交う人がいた。子供の姿は少なくて、どちらかと言えば老人がのんびり歩く。
「その彼に会っちゃうと伝言じゃなくて直接言うことになるけど…まあ、いっか」
梅の独り言は聞こえなかった。
フルーヴが探すのはトシヤであり、遠くにその姿を見つけた。小さな紙切れを見ては立ち止まるので、歩き続けるフルーヴと梅の方が歩く速度は速い。
どんどん近づいても、トシヤは何かを探してフルーヴを見向きもしなかった。
気付いて欲しくて足音を立てながら進み、目の前まで行って両手を腰に当てた。
「もう!」
「うわ…て、フルーヴか」
蹴る前に足を止めたトシヤは困った顔で、フルーヴと梅を見比べる。
「えっと…フルーヴ、友達と遊んでいたのか?」
「違うの。としやを探していたの!」
「俺を?」
道端でも、トシヤはしゃがんで目線を合わせようとしてくれる。トウゴだったら、抱えて楽ちんさせてくれることも多い。
フルーヴは大きく頷いた。それを見たトシヤが笑みを浮かべ、今度は梅を見た。
背筋を伸ばす梅の表情は、やっぱりいつもと違う。トシヤを目の前にして尚更、フルーヴの隣に並ぶと、時々とても遠い存在になる。
梅の瞳はトシヤの持つ紙切れを捕らえ、そっと口を開く。
「その店なら、もう通り過ぎたみたい」
「…え?」
「その角を曲がって、少し行けば小さな看板がある。知る人ぞ知る宿だけど、今日は空いているみたい。行ったことがある店だから、私でも案内出来ると思う」
トシヤの後ろを梅が指差し、フルーヴも首を伸ばした。
その角、と言うのは細く狭い道のようだ。知らない人でなければ見落としてしまう道を見て、トシヤは素直に感心した。
「教えてくれて、ありがとう。助かったよ」
「教えたお礼に、私達も一緒に行っていい?」
どこに、と言わなかったけど、フルーヴにもトシヤにも通じた。
何を考えているのか分からない梅が、急いで言葉を続ける。
「子供だけだと、お店から追い出されるの。でも大人がいれば問題ないでしょ?その店なら私も行きたかったし、それにお腹が減っているの」
ぐう、とお腹が鳴ったのはフルーヴだった。
慌ててお腹を抑えるが、もう一度鳴った。朝は食べたが、お昼は食べてない。いつもならトウゴの傍にいるので問題なかったが、今日は領主の家まで行ったせいで食べ損ねた。
恥ずかしくなったフルーヴは、お腹を抱えるように腰を下ろす。
「フルーヴじゃないの」
「ほらね」
隠そうと思ったフルーヴを無視して、梅が胸を張った。威張れることでないし、勝手に認めてしまった。いつものちょっと自分勝手な梅の姿に、頬を膨らませて反論する。
「フルーヴじゃないもん!」
「私でもないもん!」
「うめちゃんのばか!」
「馬鹿って言った方が馬鹿!」
「はいはい、喧嘩しない。腹が減っているなら一緒に行こう」
喧嘩が始まりそうな気配に、トシヤはすぐに間に入った。
梅との喧嘩は初めてじゃない。正直者同士では意見が合うこともあれば、ぶつかりあってしまうこともある。それは仕方がない。
だってフルーヴは梅じゃないし、喧嘩をしても仲直りをすれば良い話なのだ。




