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Last Crown  作者: 香山 結月
第4章 灰明かりの人々
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69-1 糸遊宿雪 Side透

 ルミエール、と呼ばれる国があった。

 この国には四季がある。春になれば花々が咲き誇り、鳥や虫が歌い出す。夏になれば暑い日々が続き、真っ青な青空が広がる。秋になれば木々が紅葉して地面の色を変え、満月の光が人々を照らす。冬になれば雪で辺りが白くなり、夜空で星々が煌めいた。


 今でこそ女王が治める国には王都があり、大きな街は三つ。

 その中でも水の街であるセレストは、他の二つに比べて冬が短い。ガランスとシノープルと呼ばれる街より早く、雪が止んで春が来る。


 春が来ると言っても、朝方はまだ冷え込む。地面に積もる雪こそないが、数日前まで日中でも淡雪が降っていた。薄く張っていた水は凍り、吐く息は白い。


 新年から三番目である雪消月になったばかりで、あっという間に桜が咲くのだろう。おそらく、今年の雪はもう降らない。


 熱々のココアを持って外に出たものの、ある程度まで冷めてしまった。飲み頃だと思うことにして一口飲めば、口に残る甘い味がする。

 玄関先で立ったまま見上げるのは、東雲の空。

 東の空が僅かに明るくて、鮮やかな青と朝日の光が混じり合う。雲をも照らす朝日は眩しくて、夜が明けたとしみじみ感じる。


「透」


 そっと名前を呼ばれて、後ろを振り返った。

 玄関の扉の隙間から、リリアが顔を覗かせていた。不安そうな瞳と目が合い、安心させるように微笑む。持っていたマグカップを掲げて見せ、明るく言う。


「おはよう。起こしたか?」

「ううん。朝ご飯を作ろうと起きただけ。透こそ、朝早くから何をしているの?」

「ちょっと目が覚めただけ。一緒にどうだ、と言いたいところだけど…一人分のココアしか持ってきてないな」


 ふむ、と腕を組めば、今度はリリアが笑みを零した。

 後ろから大きなポットとマグカップを見せ、透に近づく。持っていたマグカップを手渡し、ポットの蓋を開けて中身を注いだ。半分も減った透のマグカップにも、熱々のココアを注いで隣に並ぶ。

 ポットを地面に置いたリリアに、透はマグカップを戻した。


「どうぞ。火傷に気を付けて」

「ありがとう。まだ寒いね。こんな朝早く外に出るのは久しぶり」


 ココアを飲みながら空を眺めるリリアを横目に、そうだな、と相槌を打つ。


 孤児院の中は静かで、子供達は寝ている。唯一の大人である老婆がいるが、滅多に一階へ降りて来ない。二階の自室で過ごすことが多くて、夜はリリアが同じ部屋で眠る。

 透だけ一階の部屋の一角に、布団を敷くしかない現状。二階の子供部屋に混ざる隙間はなく、リリア達の部屋でも寝られない。慣れてしまえば、よく眠れる。


 ただ今朝は、懐かしい夢を見て目が覚めた。

 それは二十年も前の記憶。


「灯の夢を見て、目が覚めた」

「…うん」

「二十年前に、俺を看取ったのは灯だった。あの男と戦って、その場には灯もいて、死んで生まれ変わると思ったら、全然知らない世界で目が覚めた」


 忘れられないのは、最期の瞬間に目に焼き付いた灯の顔。


 ごめん、と何度も謝っていた。


 意識を失うまで傍に座り込み、瞳から溢れる涙で頬を濡らしていた。余裕なんてなくて、顔を歪めて謝り続けていた。いつものことだと、言おうとしたのに言えなくて、そのまま意識を失い、気が付いたら有川透として過ごしていた。

 向こう側だと判断するのに、時間はかからなかった。何もかもが違い過ぎて、魔法のあまり使えない世界で生きるのは、護人として生きていた日々と何もかも違った。


 二十年前の透が死んだ後に、灯も死んだと思っていた。

 灯の話題を口に出すのを避けていたから、リリアは遠慮がちに訊ねる。


「灯様は…もう、いないのよね?」

「いや」


 小さくも否定すれば、リリアが驚きの声を零した。


「でも、亜莉香さんは灯様ではないでしょう?」


 頷くべきか、首を横に振るべきか。悩んだ末に、ココアをすすって、深く息を吐く。


「多分俺は、間違った認識をしていたと思う」

「どういうこと?」

「亜莉香は灯じゃないけど、亜莉香の中に灯はいる。俺が封印していた魔力は灯の魔力で、その封印を解こうとしたけど、何かが阻んだ。そんな芸当が出来る人物を、俺は一人しか知らない」


 心のどこかで亜莉香は灯で、灯は亜莉香だという前提を消せなかった。いつか亜莉香が灯としての記憶を思い出し、緋の護人として戦っていく。宝玉を持つ者として全てを背負う。


 その時に、導くのが透の役目だと思っていた。


 勝手に決めつけて何もしなかったから、亜莉香は消えた。


 最初から亜莉香が正しく、別々の存在であったと認識すれば良かった。亜莉香がいなくなる前に、何か手を打つべきだった。


「亜莉香の中に、灯がいる」


 再び断言すれば、それが間違いないと確信が生まれる。


「亜莉香という身体の中に灯の魂があるのなら、制御を出来なくても魔力を宿した存在だ。緋の護人であることは間違いなく、その魔力は精霊達を引き寄せる。ただ――いつまでも灯が黙っているとは思えない」

「灯様が、何かするの?」


 小さく不安そうなリリアの声に、透は正直に答えるしかなかった。


「分からない」

「分からないって?」

「今までと、何もかも違う。亜莉香が灯を否定する限りは、身体は亜莉香のものだと思う。それでも魂には深い繋がりがあって、魔力が混ざり合う可能性も否定できない。その時の意思は亜莉香なのか、灯なのか」


 ゆっくりと言えば、何も言えなくなってしまった。

 透を向こうの世界に送ったのも灯で、亜莉香の身体の中に眠る魔力を封じているのも灯。何かを企み、何かを成し遂げようとしている。

 そんな気がして空を見上げれば、余計な心配をかけたリリアの視線に気が付いた。ぎこちなくも微笑み口を開く前に、あのね、と視線を逸らしたリリアが言う。


「瓜二つだと、思ったの」

「…うん」

「灯様が魔法を使わない時、黒髪に黒い瞳だった。亜莉香さんを見た時、もう一度、千年前に私を助けてくれた灯様に出会えたと思えたの。生まれ変わってからは、赤髪に赤い瞳が多かったから尚更、ようやく灯様に再会出来たとも思った」


 少し悲しそうに、明けていく空がリリアの瞳に映る。

 急に振り返ったリリアに見つめられて、少しだけ距離が近くなった。


「気になることがあるなら、透の心の思うままに進んで」

「リリア?」

「灯様と亜莉香さんが何もかも違うなら、透がこれから進む未来も、今までとは違うはず。私は戦う力がなくて守られてばかりだから、透の帰る場所で待っている。孤児院の子供達を放ってはおけないし、やることも沢山あるの」


 早口になるリリアが、そっと右手を自分の心臓に当てる。


「今の私の居場所は、ここにある」


 精一杯強がって、温かな笑みを見せた。

 その笑みが、何をすれば分からない透の背中を押そうとする。セレストにいるリリアと離れたくなくても、亜莉香を放って置けない透に前に進めと促す。

 弱い所は見せたくないのに心を見透かされて、リリアに甘えたくなった。

 一歩踏み出し、触れられる距離で向かい合う。


 マグカップを持っていたから頭をリリアの肩に預け、ごめん、と話し出した。


「本当に、ごめん。また一人にする」

「今度は一人じゃないよ。ミチさんもメルちゃんもいる。エイミちゃんも、ムトくんもテトくんも家事を手伝ってくれる。この家にいたら、一人になる暇はないの」


 空いていたリリアの手が背中に回り、小さな子供をあやすように優しく叩く。


「だから私は大丈夫。でも…どこに行くのかは、教えて。もう行き先は決まっているの?」

「一応。最近、シノープルが騒がしいと精霊達が噂している。その噂に信憑性はないけど、今は縋ってみたい」


 それに、と言いながら姿勢を戻した。

 すぐに出発ではない。それでも一分一秒でも長く、リリアの顔も声も、何もかもを覚えていたい。必ず帰って来ると強く思い、わざと困ったと言わんばかりの笑みを向ける。


「そろそろ、どこかにいる兄さんを探し出さないと」

「奏様は、生きていらっしゃるの?」

「どうだろう。俺も数十年会っていないし、毎回姿を変えるから。見つけるのは困難だろうな。灯より、あの人は気配を消すのも逃げるのも上手い」


 半信半疑のリリアに答え、透は最後に会った時の白髪頭の老人を思い出した。

 飄々とした態度で、透を助けてくれることもある。会うたびに掴みどころのない性格になっていて、すれ違っても気付かない可能性も高い。


 それでも探し出すのが、透にとって亜莉香を見つける近道な予感があった。

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