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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
337/507

67-5

 これで終わりだと思った瞬間、すぐ隣でヒナの身体が崩れ落ちた。

 咄嗟に手を伸ばして、何とか受け止めた身体は冷たい。支えきれずに一緒に倒れ込み、下になった亜莉香は頭をぶつけた。

 痛みは目蓋を閉じて我慢して、動かないヒナを見ながら言う。


「びっ…くりするのですが?」

「ちょっと力が抜けただけよ」


 強気な発言なのに、声は弱々しく消えた。

 亜莉香の胸の辺りにあるヒナの表情が、よく見えない。何とか横に移動してもらい、その顔を覗き込む。血の気のない顔であり、亜莉香と目が合うと、左腕で顔を半分隠した。

 顔を隠していても分かるのは、首筋から流れる血が止まっていないこと。


「大丈夫…ですか?」

「少し、血を流し過ぎたわね」


 素直に答えたヒナは、呼吸をする度に大きく胸が上下した。

 何かないかと探して、結局は着物の袖をヒナの首筋に当てる。右手は扇を持ったままで、僅かに身体が拒否するような反応を示したが、すぐに大人しくなった。


「この傷、直接受けた傷ではないですよね?」

「見ていたなら分かるでしょ。私と彼女の繋がりは強すぎて、少し面倒なの。彼女が怪我を負えば、私も同じ目に遭う。あまり呼びたくないけれど、彼女ほど強い力と想いを持った人はいない」


 怪我をして喋りにくいはずなのに、ヒナの口はよく回る。


「これで暫くは、レイとおさらばね。いなくなって清々したわ」

「暫くと言われると、不安になるのですが?」

「まあ、そのうち帰って来るでしょうね。本物が死んだわけではないから」


 亜莉香の不安は増す。

 それでもヒナの口角が上がったのを見て、気持ちは落ち着いた。先のことを悩んでいても仕方がない。まずはヒナの怪我を治したいと、辺りを見渡し精霊を探す。


 空洞の中に精霊の姿はあるが、その多くは意識を失っているノノを見守っていた。先程から一部の精霊は、亜莉香達を遠目に気にしている。気にはしても近寄りがたいのか、ふらっと傍まで来ては別の場所に飛んで行った。


 微かな音が聞こえたのは、考え事をしていた時だ。

 通路の方から、足音が聞こえる。ゆっくりと、徐々に大きくなる足音に、顔を上げた亜莉香は身構えた。通路から現れた人物を見るなり驚き、呆然とする。


「先代巫女様?」


 どうして、この場に現れたのか。

 言葉を失った亜莉香と、顔から腕を外したヒナが先代巫女の瞳に映った。ふらふらとした足取りで通路から出て、空洞の明かりでもある焔に照らされる。赤々とした焔のせいか、顔は火照っているようにも見えた。


 先代巫女の視線はすぐに外れ、奥に向けられノノを見つめる。

 愛おしそうに、ノノを見つめる眼差しに油断した。

 口を開いた途端、地面が光り輝いた。


「【終わりは始まりを告げ、全ての闇を無に返す】」

「え?」

「【贄の元へと闇は集い、共に落ちては白紙に戻る】」


 地面に浮かび上がったのは、牡丹の花だった。

 先代巫女は両手を広げて、嬉しそうに笑っている。

 ヒナが腕を引っ張らなければ、亜莉香の思考は動かなかった。睨むような瞳を向け、怪我人とは思えない声で言う。


「早く行きなさい!」

「早くって――?」

「急いで!」


 叫んだ声で背筋が伸びて、ヒナの肩に腕を回して起き上がらせる。無理に動いたヒナは顔を顰めたが、同時に怒りもした。


「私を置いて行きなさいよ!」

「そんなこと出来るわけがないでしょ!」


 即座に言い返した言葉で、ヒナを黙らせる。

 亜莉香の気持ちが通じたのか、ヒナは自分で立ち上がろうとした。肩を貸して先代巫女を見つめても、段々と早くなる言葉を止める術はない。


「【この地に降り注ぐ災いよ、贄と共に深い闇へと消え去れ。この地に降り注ぐ悲しみよ、贄と共に深い闇に混ざれ】」


 息を呑んだ亜莉香の瞳に映ったのは、地面の光が赤から黒に変わる瞬間だった。

 亜莉香達と先代巫女の間に、真っ黒な球体が現れる。その球体は光を吸収して、少しずつ大きくなった。隣のヒナが扇を構えようとしたが、身体に力が入らず腕が上がらない。


 球体の奥で、先代巫女が笑っているのが見えた。

 その右手に隠し持っていたのは、手のひらに収まる真っ赤な宝石だ。表面が滑らかで、鶏の卵より一回り小さい宝石は、ガランスの街の結界の源とよく似ていた。見つめていれば宝石の中が燃えているような、そんな錯覚を覚える美しいルビーの宝石。

 宝石に目を奪われている間に、先代巫女は真っ赤な宝石の塊を掲げ、言葉を締める。


「【――贄を呑み込み、終わりを告げよ】」


 燃えるような赤が、煌めきながら先代の手から零れ落ちた。

 誰も拾えず、宝石は地面に当たって砕ける。砕けた宝石の欠片も、黒い球体は瞬く間に吸い込んだ。急激に巨大化して迫った暗闇に目を瞑り、ヒナを支えていた手に力を込める。


 何が起こったか、全く分からなかった。

 ただぼんやりと、ここ数日に想いを馳せた。


 灯と出会い居場所を奪われてから、散々な目に遭っている。大切な人達から忘れ去られ、家に帰れなくなって、気が付けば温泉街まで移動した。移動時間は一晩と言え、ルグトリスと戦ったり、レイの相手をしたりと忙しかった。


 当たり前だった日々が恋しい。


 色鮮やかな着物を縫って、美味しいパンに囲まれて働いて。沢山の人と出会って喋って、笑って。家に帰れば、皆で賑やかに夕食を食べる時間が、瞼の裏に浮かんで消えた。


 ピグワヌの名前を呼べば良かった。


 声が出ない。音がしない。僅かに開いた視界の先は真っ暗で、何も見えずに目を閉じる。ヒナが傍にいることだけが確かな事実で、後は何も感じなくなっていく。

 トシヤに会いたい。笑いながら名前を呼んでくれた顔を思い出そうとして、






そこで亜莉香の意識は途絶えた。



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