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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
336/507

67-4

 力の差は圧倒的で、数分間の出来事。

 灯にしか見えないルグトリスは恐ろしく強く、そして美しかった。敵であるルグトリスを全滅させて、容赦なくノノであるレイの顔を地面に押し付けると、背中に乗って身体の動きを封じている。


「離しなさい!」

「身体がある方が動きを封じやすいわね。そのままにしておいて」


 傍まで歩み寄ったヒナの指示に従って、ルグトリスの力が強まった。

 扇で口元を隠して見下ろすヒナに、レイは憎悪を露わに睨みつける。その真横に腰を下ろすと、ヒナは扇を頭に乗せた。


「私の声、聞こえているでしょ?」


 その呼びかけは、レイに対してじゃなかった。真っ白な扇は淡く白く光って、レイが反抗しようとする。その抵抗を無視して、光は強まった。


「ノノ」


 優しく呼びかけた名前に、微かに瞳の闇が静まる。


「貴女の大事な人を思い出しなさい」


 ビクッと震えた身体はヒナを見て怯え、闇を消して光を宿す。苦しそうに顔を歪めて何も言えない少女に、ヒナは亜莉香を指差し言う。


「そこに、貴女の大事な人がいるのよ」


 言葉が出なかった亜莉香を無視して、思わず首を横に振りそうになった。

 何となく一歩下がって、無理やり笑みを浮かべる。目が合えば、違う人だと即座にばれる。何を言い出すのかと口角が引きつったのに、呆然とした表情の少女が問う。


「イオ、様?」

「そう。貴女の大事な、イオ様」


 暗示をかけるように繰り返した言葉だった。

 どうやら亜莉香の姿がイオに見えているらしい、という考えに辿り着く。いつの間にか左手に持っていた懐中時計も光り、ノノの瞳に微笑んでいるイオが映る。


「ごめ…ごめんなさい」


 無理やり起き上がろうとするノノが、涙を浮かべて小さく謝った。


「私のせいです。私が母親を探そうとしたから、闇の者の声に答えたから。この土地の闇が深くなって、イオ様に迷惑をかけて。私は…私は取り返しのつかないことをしました」


 ノノの頬を流れる涙が止まらない。

 イオに手を伸ばすように動かした身体を、ルグトリスが押さえて悲鳴が上がった。それでも亜莉香を真っ直ぐに見つめて、ごめんなさい、と繰り返す。


「本当に、ごめんなさい。合わせる顔がないのは、分かっています。誰かが命令する声に、私は答えてはいけませんでした。悩んでいることに気付いたイオ様に、ちゃんと相談をすれば良かったのですよね?」


 涙が溢れても無理に笑おうとするノノに、亜莉香は何も言えなかった。懐中時計を抱きしめるように持って、こんな時、イオなら何を言うか考えてしまった。

 何も言わないイオの姿に、ノノは力なく顔を伏せる。

 小さな身体が闇を纏い始め、亜莉香が声を出す前に笑い声が響いた。


「あはは!あーあ、ちょっと意識を失っちゃった」


 ノノの声だけど、違う。

 表に現れたレイは顔だけ動かして、横にいたヒナを見た。


「私をこんな目に遭わせたヒナを、主様は絶対に許さない。いつだって主様の命令に背いて、嘘をついて!主様を裏切るヒナなんて、さっさと殺されちゃえ!」


 責めたてる言葉が発せられる度に、天井が僅かに崩れていく。

 扇は光を失わず、どんな言葉を浴びせられても、何も感じない無表情の横顔を亜莉香は見た。ヒナが何を考えているのか、全く分からない。ただ扇の光が強くなり、レイの悲鳴が響き渡る。最後まで足掻くレイよりも、ノノを纏う闇がヒナまで飲み込みそうで怖くなる。


 傷だらけのノノの身体は限界だ。

 亜莉香を囲う鳥籠のような氷は冷たいが、そっと手を伸ばして口を開く。


「ノノ」


 名前を呼ばれた身体が反応して、目が合った。

 逃げないで、立ち向かうと決めた。イオにはノノを任せるように言った。ピヴワヌには大丈夫だと約束して、ヒナに守られて、この場所にいる。


「ノノ。私の声が聞こえているよね?」


 きっかけは、ヒナが与えてくれた。

 イオのように話せる自信はない。イオとノノの過ごした時間を、亜莉香は知らない。想像するのも難しいから、伝えるべきは自分の言葉。


「負けないで」


 言葉が重荷にならなければ良いと思った。


「闇に負けないで、ノノ」


 名前を呼ぶたびに、レイの表情が曇る。身体を纏う闇が消えずとも、声は届いていると信じられるのは、ヒナの扇が光を失わないからだ。


「余計なことを言わないで!」


 レイの言葉は無視した。

 冷ややかな視線を向けたのは無自覚で、レイが怯む。焦った顔で睨むと、ヒナの視線が亜莉香に向けられているのを見逃さず、力任せにルグトリスに向かって小刀を振るった。


 小刀が首筋を掠めたルグトリスは反応を示さなかったのに、ヒナは首筋を抑えて蹲る。扇が離れた途端にレイは駆け出し、亜莉香のいる氷に向かって小刀を振り下ろした。


 怖くはない。


 レイの小刀では氷に傷一つ付けられなくて、目の前に迫ったノノに、氷越しに話しかける。


「間違いは、誰にだってあると思う」


 瞳の奥の闇が揺らぐ。光が芽生えた瞬間を見逃さない。


「間違えたと気付けたのなら、それ以上進まないで。まだ戻れる場所にいるなら、帰って来ていいの。貴女が帰る場所は、ちゃんとある」


 小刀を無理やり突き刺していた力が弱まり、身体が一歩後ろに下がった。

 言葉にならない声を出すノノと、全てを否定しようとするレイの声が混ざる。頭を振り回す少女の身体の中には二人の人格があり、これ以上は何も出来ない。


 ただ亜莉香は祈り、立ち上がったヒナが深い息を吐いた。

 少女の後ろにいるヒナの首筋から血が流れ、指の隙間から血が滴る。傍に居るルグトリスは立っているだけだったが、ヒナの一言で動いた。


「行け」


 短い命令に従い、走り出したルグトリスの薙刀が少女の心臓目掛けて真っ直ぐに迫った。その剣先は吸い込まれるように、少女の身体に突き刺さる。


「――あ」

「ああ!」


 擦れたノノの声と、叫ぶレイの声が重なった。

 口元を抑えて悲鳴を上げそうになった亜莉香の視線が、ルグトリスである灯の視線と絡む。微笑んだルグトリスの薙刀は、のけ反った少女の身体に纏う闇を捕らえた。薙刀を一気に抜けば、闇だけを一緒に引きずり出す。


 亜莉香を囲っていた氷は一瞬で溶けて、ノノの身体が覆い被さるように倒れ込んだ。無我夢中で抱きしめた身体を確かめると、その心臓に穴はない。怪我が多く、大量の血も流しているけれど、薙刀の傷はなかった。


 ゆっくりと座り込んだ亜莉香は肩の力を抜き、ノノの身体を抱きしめる。

 顔を上げた先では、薙刀が心臓に突き刺さったままのレイがいた。目を見開いて、震えている身体は闇を纏い透けている。


「なん、で?」

「そのまま、レイを逃がさないで」


 青白い顔のヒナが言えば、ルグトリスは微かに頷いた。

 奥歯を噛みしめたレイが身体を動かそうともがくが、指先一本たりとも動かない。


「なんで!なんで!!」


 騒ぐレイは、亜莉香とノノなど眼中にない。蹲っていたヒナの片手は、扇を持ったまま地面に触れ、影を繋げていた。


 ほんの数秒、意を決した表情のヒナと目が合う。

 何をするのか察して、亜莉香は頷き返した。抱きしめていたノノが意識を失っていたので、地面に横たわらせて、羽織っていた黒い着物を被せる。近寄って来る精霊達にノノを任せる間に、薙刀から離れらないレイは描いた陣の中に連れて行かれた。


 準備が整った。

 倒れるように座り込んだレイは、陣の中で動けない。何もない地面から生えた植物の茎のようなものに、手足と手首の自由を奪われている。


 魔法でレイの動きを封じたのはヒナだ。顔色は戻らないまま、レイの前に回り、扇で口元を隠して見下ろす。もう片手は首元を抑え、真っ赤な血が地面に落ちた。いつの間にか、ルグトリスの姿は消えている。


 懐中時計を握りしめて、亜莉香は足を踏み出した。

 レイに近づくのは、少し怖い。傷つけられそうで。酷い言葉を浴びて、心が痛みそうで。怖くて堪らないけど、逃げずにヒナの隣に並ぶ。


「準備はいいわね?」

「はい」


 会話は短く、すぐに終わった。

 亜莉香もヒナも、陣が描かれた円の中に入っていない。今度は大丈夫だと、深呼吸を繰り返す。目を凝らさなくても、宙に浮かぶ文字が羅列となって待っている。


「【――時の狭間の扉に問う】」


 ようやくレイの瞳に亜莉香が映り、驚愕の色が浮かんだ。

 円から黒い光が溢れるが、レイが魔法を発動させようとした時のように、その範囲が広がることはない。レイだけが円の中にいて、迷わず言葉を紡ぐ。


「【時が満ちた汝の役目を問う】」

「やめて!」


 レイが悲鳴を上げて、ほんの少し唇を噛んだ。

 地面から這い出た黒い手がレイの身体を掴み、必死に抵抗する。文字を読み解かなければ、魔法は発動しない。目の前にいるレイを封印出来ない。

 正しさは何か。ふと考えた亜莉香の一歩前に出て、ヒナは背中を向けた。


「ここが貴女の、最後の晴れ舞台よ」


 断言した声に、一切の迷いはない。


「言葉は自分に返り、この世界から貴女は消える。定められた運命を受け入れなさい」

「私一人で消えたくない!」


 離してと叫ぶレイに対して、ヒナは何も言わなかった。

 代わりに小さく、亜莉香に言った。


「続けて」


 たった一言が、迷う亜莉香の道標になる。全てを背負う覚悟の背中を見つめ、見届けるべき少女に目を向けた。黒い手は決してレイを離さず、逃がさない。

 息を吸い、静かに読み解く言葉は空洞に響く。


「【闇を宿して落ちるは誰か。心を壊して消えるは誰か。今こそ正しき裁きの時、我らの道を示す時。時の狭間の扉よ、我の言葉に答えて開け】」


 大きく地鳴りと共に地面に現れたのは、まさしく扉だった。

 円を描いていた地面が黒い金属のような扉となって、半分に分ける一直線の光が走る。両脇へとずれる僅かな隙間から、溢れる闇がレイを包み込んだ。少女の身体は吸い寄せられて、少しずつ飲み込まれていく。


「嫌!嫌!!」


 最後の言葉の羅列が、亜莉香の瞳に映った。それを言えば、発動した魔法は完成する。これまでの出会いを想い返せば、言わないと言う選択肢はない。


 ただ少しだけ、心が痛む。

 深呼吸をして、一歩前に出てヒナの隣に並んだ。まだ諦めないレイの表情が憎悪を表す。憎まれ、恨まれずに、誰とも波風を立てず生きていけたら楽だった。その瞳に映った亜莉香は唇を結び、ヒナは表情を消している。

 目の前の光景を決して忘れないと、きっとヒナも目に焼き付けた。

 

「【――汝の役目を果たし給え】」


 零した言葉は小さくも、開いた扉があっという間にレイを引きずり込む。

 亜莉香はただ見ていることしか出来ない。断末魔の叫びは耳に張り付き、全てが消え去る。静寂が訪れるのに、長い時間はかからなかった。

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