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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
334/507

67-2

 着物がぼろぼろでも、肌から血が流れようと、少女は動く。

 減ったはずのルグトリスが再び増えた。終わりが見えない戦いを続ければ、優勢は覆され負けてしまう。仕留めたいレイのことを考えると、ヒナは亜莉香の隣に並んで言った。


「あれはレイに身体を乗っ取られた、憐れな器よ」


 イオが驚くが、亜莉香は冷静に聞き返す。


「ノノさんの身体を取り戻す手段は?」

「ないことはないわよ」


 思わせぶりな台詞を言い、ヒナが右手を差し出した。

 何かを催促する様子に、首を傾げれば睨まれる。


「扇」

「あ、忘れていました」

「――ったく、忘れるなんて有り得ない」


 小さく文句を零したヒナに、急いで扇を返した。主の手に戻った扇は、すぐにヒナの手に馴染む。いつものように扇を開くと、口元を隠して話し出す。


「一時的に身体を奪われているだけで、本人の意識を取り戻せば問題ないわ。方法は幾らでもあるのよ」

「本当ですか?」

「勿論。何か、巫女の力を宿している物があればね」


 意味ありげに視線を向けられたイオは、少し瞳を伏せてから懐を探った。

 取り出したのは懐中時計であり、ヨルが持っていた物と似ていた。透明な蓋には牡丹の花が描かれて、中が透けている。深紅の紐を通して、四本の針があり、歯車が見えて規則正しく動く懐中時計は金ではなく、銀だった。


「これでしたら、お貸し出来ます」

「そう。なら、有難く受け取るわ」


 ほら、と何故か亜莉香が受け取るように指示され、訳も分からず従った。

 首から下げるにはしては短い紐に、空いていた左手に通す。紐を三度ほど回して、手のひらに収まった懐中時計を見下ろすと、疑問が口から零れる。


「これって、ヨルさんが持っていた物と同じですか?」

「そうです。それは対になる懐中時計です」


 対、と小さく繰り返した亜莉香に、イオは真面目な顔で頷いた。


「二つ懐中時計は繋がっていて、どちらも同じ時を刻みます。元々は影渡りであるヨルの為に作らせた一つの代物でしたが、あまりにもヨルが時間を気にしないので、私がヨルの行動を把握しようとした結果と言いますか…」


 困ったものだと言わんばかりに、イオは祭壇の方に目を向ける。


「本人は気にしなくても、数日行方不明となれば周りは騒ぎます。その都度、ヨルが狭間にいるのか林の中にいるのか。調べるのは面倒で、対の懐中時計が生まれました。狭間にいるなら針が進みますし、林の中にいるなら精霊の力を借りて探せます」


 話題になっていた人物を亜莉香も見ると、何も知らずにルグトリスと戦っていた。

 ルイと口喧嘩しつつも、近くにいる敵から倒していく。素早い動きで日本刀を振り回し、掠り傷は負っても即座に反撃して仕留める。体力が底知らずのようなもので、深く息を吐くと、気を取り直して次の敵に向かった。


 ルイは疲労しているように見えるのに、ヨルに疲れた様子が全く見えない。

 合流するまでにルイはキヨと戦っていたが、ヨルだって全速力で空洞まで駆け付けた。それなのに、と考えて眺めていると、遠い目をしたイオが口を開く。


「一応、ヨルは魔力も強いのですが、本人はあまり自覚をしていなくて。武術だけを極めてしまい、直感的にいつも戦っているのです」

「なるほど」

「魔力も極めれば、もっと強くなれるのに。何でも力任せで…」


 段々と声は小さくなり、頬に手を添え、ため息交じりに言った。

 思わず笑った亜莉香は懐中時計を握りしめ、その存在を確認する。黄金の粒が混じった赤い光を宿した懐中時計は温かく、持っているだけで守られている気持ちになる。


「ヨルさんのことはさておき。懐中時計、確かにお預かりします」

「はい。アリカさんなら、安心して任せられます」


 懐中時計を見下ろしながら言った亜莉香に、イオは微笑んだ。

 失くさないように意識した左手を下ろせば、黙っていたヒナが言う。


「話が済んだなら、次の行動に移るわよ」


 素っ気ない言葉で、穏やかだった空気が消えた。亜莉香とイオは気を引き締める。


「一つ前の空洞で、操られている彼女を取り戻すわ。巫女達、リーヴル家の人間にはこの場のルグトリスを処理して貰うとして、レイを仕留める方法は前回と同じ。闇を宿した二人は先代巫女と当主の妻だったことだし、後は心置きなくレイを仕留めれば、私達の目的が果たされて、それでおしまい」


 簡単におしまいと言うが、それが困難だと亜莉香は知っている。ついでに説明が雑だ。亜莉香とヒナの顔色を伺うイオは気になるが、もっと気になることを訊ねる。


「準備は終わっているのですよね?」

「貴女が囮になっている間に、さっきの洞窟で」

「好きで囮になったわけではないのですけどね」

「あら、嬉々として兎の背に乗ったでしょう?まあ今回は、私が囮のようなものだけど。私が扇をちらつかせたら、あの子はすぐに飛びつくわよ」


 狙われても笑っていられるヒナを見ていると、頼もしいような、巻き込まれて災難なような気持ちを覚えた。ここまで来て引く気はないが、ヒナの手の上で踊らされるのは嫌だ。


 今は仕方がないけど、と自分に言い聞かせて、亜莉香は一つの小瓶を取り出した。

 菫色の石帯を揺らして、残量を確認する。使わなければいいが、もしもの時の為に必要なる人物へ渡しておくのは無駄じゃない。

 守り刀を抱きしめていたイオに、小瓶を手渡す。


「若返りの薬です。一滴でも十分なのですが、一口でも効果は変わりません。五歳程度見た目が変わりますが、中身は変わらず、効力は五時間程度だと覚えておいて下さい」

「これを…私に?」


 亜莉香は頷き、真剣に言う。


「いつ天井が崩れるか分かりません。危険を感じたら、すぐに逃げて下さい。子供の姿なら、ピヴワヌの上に全員乗れると思うので」

「祭壇の後ろに非常口もあるから、来た道を戻らずに進んだ方がいいわよ。まあ、戻ろうとすれば精霊達の足止めをくらうけど」


 便乗するようにヒナが言い、音を立てながら扇を閉じた。

 知らなかった事実に、数秒無言の空気が流れる。ぎこちなく振り返った亜莉香は、両手を腰に当てて、少しだけ唇を尖らせた。


「それ、初めて聞きましたよ?」

「あの洞窟には、誰も足を踏み入れて欲しくなかったの。巫女なら精霊に言い聞かせられるけど、普通の人間は辿り着けないわ」


 捜索隊が来ない理由が、ようやく分かった。

 大事なことは早く言って欲しい。肩の力を抜いて、何か言い返そうとすれば、にっこりと笑ったヒナが亜莉香の手首を掴んだ。


「――っい!」

「そんなに強く掴んでいないわよ。ほら、さっさと行くわよ!」

「強引過ぎですから!」


 無理やり引っ張られて、思わず叫んでいた。

 急ぎ足のヒナに引きずられないように足を動かしながら、首だけは現状に置いていかれたイオに向ける。伝えるべきことはないかと頭を回転させ、思い付くままに口を開いた。


「イオちゃん、結界の方はお願いします。ノノさんのことは任せて下さい。それから、えっと――ピヴワヌ!後のことをお願いします!」

「待て!儂を置いて行く気か!!」

「お願いします!」


 空いていた片手を振って、笑みを浮かべながら出入口に差し掛かる。

 見送るイオが頷いて、亜莉香の瞳はルグトリスと戦うヨルとルイを映した。お互いの邪魔をしないで敵の数を減らすが、口数が増えている。ルカが寄りかかっているから、ピヴワヌも動けず、ルカを連れてでも亜莉香の元へ来ようとする気持ちを察した。


 大丈夫だからと、何度も心の中で繰り返す。

 踏み出そうとした足を戻したピヴワヌは歯を食いしばり、空洞に響く声で叫ぶ。


「絶対に儂の名前を呼べ!お主がどこにいようと、儂は駆け付けるからな!」


 怒りの混ざった声を受け、込み上げた気持ちは喜びだ。

 どんな時でも味方でいてくれる存在が嬉しい。どこへでも駆け付けると言ってくれた言葉が、前を向く勇気をくれる。


 ありがとうと述べたお礼は心の中で、交わした視線で気持ちは通じ合った。

 薄暗い道に入る前に、一度だけ立ち止まったヒナの扇が緑色に変わる。亜莉香を背に隠すようにしてから扇を振るえば、緑の光を伴う風の魔法は座ったままだったノノに直撃した。

 派手な音と共に天井が崩れ、肩から血を流したノノが顔を上げる。


 見つかった、と感じた途端に、亜莉香はヒナに手を引かれて駆け出した。

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