67-1
空洞を照らした光は眩しくて、瞬く間にイオの身体に吸収された。
精霊達の歓喜が聞こえる。感謝の声もした。何か答えたいのに、どっと疲れた身体がよろめき、咄嗟に亜莉香を支えたイオが声を上げる。
「アリカさん!」
「大丈夫です。本当に、ちょっと疲れた程度なので」
話をしている間に、精霊達が亜莉香に力を分けてくれた。心配そうな声をかけながら、少しずつ力が戻って、一人で座り込む。
ゆっくりと顔を上げて、亜莉香は目の前で心配そうな表情をしているイオに言う。
「行って下さい」
瞳を見つめた言葉は揺らぎなく、言葉を続けた。
「巫女として護るために。イオちゃんが為すべきことをするために、皆の所へ」
「――っはい!」
勢いよく駆け出したイオの背中を見つめ、その先の光景を瞳に映す。
空洞の奥の、祭壇を護るようにヨルは戦っている。ノノの影から湧き出るように現れるルグトリスを、文句を言いながら手あたり次第に倒す。その少し後ろではルイが日本刀を振るい、兎の姿のピヴワヌに寄りかかって動かないルカを守っていた。
自身を結界で守ったイオはルグトリスの攻撃を防ぎ、あっという間に祭壇に近づいた。祭壇の扉に手をかけると、後ろを振り返って叫ぶ。
「ルイ!ヨルと力を合わせて戦って!」
「無理!」
「したくない、の間違いでしょう!」
祭壇をも囲った結界の中でイオが言えば、ルイは戦いながら盛大な舌打ちをした。地面に落ちていた大きめの石を拾ったかと思えば、ヨルの真横に向けて力いっぱい投げる。
石は見事に、ヨルを襲おうとしていたルグトリスの頭に当たった。一歩間違えれば、ヨルの頭に当たっていたに違いない。
身体を半回転させたヨルは、舌を出して見せたルイを見るなり剣先を向けた。
「こんな時に喧嘩を売るな!!」
「愚兄一人で余裕じゃん」
「二人共、仲良くしてよ!私は今から集中したいのに!」
祭壇前で騒ぎ出した三人に、ピヴワヌが呆れた視線を向けている。目を覚ましてはいるが動こうとはしないルカの背中を支え、亜莉香をチラッと見た。
【お主の傍に戻って良いか?】
【もう少し、二人のことをお願いします】
心の中で頼めば、深いため息が返って来た。
亜莉香のことなど、誰も見向きもしない。心臓に右手を当てれば規則正しく、立ち上がる力が戻って来た。ヒナの姿が見えなくて、周りを見渡す。
「どこを見ているのよ」
呆れた声は上から降り注いで、真横で真っ白な髪が揺れた。肌にも着物にも、傷や汚れはない。視線の先は祭壇で、笑いながらルグトリスを操るノノだ。
「相変わらず無傷ですね」
「当たり前でしょ。そんなことより派手に戦って、天井が崩れるのは時間の問題ね」
腕を組んだヒナは、少し怒ったように言った。
「全く、加減をして戦いなさいよ」
「この場で、それは難しいのでは?」
返事はなく、無意識に扇を握りしめた。
亜莉香が天井を見上げれば、小さな欠片が崩れ落ちる。その欠片がいつ天井そのものになるか分からず、戦いを眺めるヒナに話しかけた。
「ヒナさん、これからどうすればいいですか?」
本来の目的を果たす為、ノノを見つめて言った。
闇を纏っていた先代とは違う。レイの面影と闇を宿したノノは、狂っている。結んでいない髪は乱れて、ルグトリスに守られて、誰の声も届かず笑い続ける。
「私に、何が出来ますか?」
「待ちなさい」
静かに言ったヒナは、微かに笑みを浮かべた。
「この土地の人間に任せなさい。何が起こっても、私達が手を出す必要はない」
優しい言葉に、亜莉香は頷いた。
祭壇の前で無理やり扉を開けようとするイオを見て、ノノなのかレイなのか。どちらとも言える少女が、わざとらしく手を叩く。
「ねえ、何をしてくれる?もっと闇を深めてくれる?」
「…いいえ。この中にあるのは、貴女を破滅させる代物よ」
開けられなかった扉から手を離したイオは、少し離れた少女に向き直った。
巫女としての話し方や雰囲気から、ルグトリスと戦っていたヨルとルイが同時に間合いを取る。イオと祭壇を護るように並んで、少女はルグトリスを大人しくさせた。
「ふーん、そんなものがあるの?」
「ノノじゃない貴女に、教えるつもりはないわ」
「なら、要らない」
楽しそうに言った少女が、ルグトリスを押し退け前に出た。
右手を掲げれば、その手に黄色の光が集まる。目視出来る雷を手のひらに溜めて、亜莉香が前に出ようとするのを、ヒナが手で止めた。
一瞬だけ目が合い、邪魔をするなと言われた。
上がりそうになった腰を下ろせば、平然としたイオが何かを呟く。ヨルやルイには聞こえて頷くが、亜莉香には聞こえなかった。
雷の明るさが空洞に広まり、少女は右手を振り下ろす。
真っ直ぐに放たれた雷が祭壇に向けられ、結界を解いたイオをルイが身を翻して守った。攻撃を避けたのはヨルも同じだが、避けると同時に前に飛び出し、少女に迫る。
ルグトリスを見向きもせず、脇腹目掛けて一直線に日本刀を振るった。
斬ったようには見えなかった。その証拠に、ヨルの日本刀に血は付いていない。軽々と吹き飛ばされたノノの身体が洞窟の壁に激突して、微かに地面は揺れて天井が崩れた。
「これぐらいで死にはしないだろ」
「その認識は間違っていると思うよ、愚兄」
「全力で倒せと言ったのはイオだからな。俺は巫女の頼みを聞いただけだ」
ルグトリスを目の前に構え直すヨルの言い分に、イオは嬉しそうに笑う。
「うん。ヨルは間違っていないよ」
「巫女の頼みだから馬鹿正直に叶える愚兄も、祭壇を開けたいから敵の力を利用する我が妹も、本当に無茶苦茶だよ」
身を起こしたルイは話をしながら、イオに手を貸して一緒に立ち上がった。
満足そうに微笑んだイオはルイの手を優しく払い、再び祭壇に向き直る。妙に大人びた雰囲気を醸し出し、両手に魔力を込めて一気に扉を開けた。
祭壇の中が、亜莉香には淡く輝いているように見えた。
そっと手を伸ばしたイオは首を傾げ、何かを取り出し大事に抱えた。取り出した何かを見下ろした後、ヨルとルイには祭壇を護るように告げ、たった一人で亜莉香の元へ歩き出す。
亜莉香の目の前に腰を下ろすと、手にしていた何かを差し出した。
「アリカさん、こちらをご存知ですか?」
イオの手の中に収まっていたのは、一つの簪だ。
桃色の牡丹の花。幾重にも重なった花びらは大きく薄い絹で、毬のようにまとまっている。小さな花の花びらは一枚だけ真っ赤に染まり、亜莉香にとっては見覚えのある簪だった。
目を離せなくなった亜莉香に気付かず、イオは簪を見ながら言う。
「リーヴル家の結界の源は、緋の護人の魔力の結晶だったと記憶しています。この簪からも魔力は感じますが微弱で、これでは結界を直す力を溜めるのは難しいのです。いつから別の代物に変えられていたのか…現状を維持しつつ、別の物を用意するしかありません」
よく見れば、簪の中心に気になる傷があった。一度壊れてしまった物を、繋げて直した跡。目を凝らさなければ見つけられない跡を見て、亜莉香の心の中で誰かが泣いて喜ぶ。
亜莉香の頬にも、涙が伝った。
簪の花びらに雫は吸い込まれ、泣いている理由が分からないまま涙を拭う。
「…アリカさん?」
「この簪…私が持っていても、いいですか?」
「そうですね。別の何か、結界の源となる魔力を受け止められる何かに、力を移し替えることが出来れば、お渡しすることが可能です」
別の物と言われて、胸元から守り刀を取り出した。
どうすればいいのか考える必要はなく、鞘ごと守り刀を簪に当てる。纏っていた淡く白い光が守り刀に移り、柄の先に赤い宝石が揺れる飾りが増えた。
「これで、よろしいですね」
「…ええ。勿論です」
戸惑うイオに微笑み、亜莉香は簪と守り刀を交換した。
肩より少し長い髪をまとめることはせず、簪は帯と着物の間に挿す。イオより先に立ち上がると、ゆっくりとノノが起き上がる姿が瞳の片隅に映った。




