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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
331/507

66-4

 気が付いた時には、灰の中で立っていた。

 右手の守り刀の焔は纏い消えることなく、熱さもない。周りにルグトリスもいない。顔を上げれば、先代巫女が恐怖の表情を浮かべて座り込み、亜莉香を凝視していた。

 急に夢から覚めたような錯覚を覚え、肩に兎が飛び乗る。


「意識はあるか?」

「えっと…勿論ですよ?」

「嘘をつけ。途中、儂の声が届いていなかったのではないか?」

「そんなことはなかったと、思うのですが?」


 首を傾げて、答えた声に自信がない。

 ルグトリスを倒した記憶はあるのに、実感がなかった。周りの灰や先代巫女の顔が亜莉香の仕業を物語ってもいるが、認めたくない気持ちが少なからずある。

 肩の力を抜くと、守り刀の焔が消えた。

 唯一の出入口から足音が聞こえ、亜莉香とピヴワヌは視線を向ける。


「待たせた――て、どんな状況だよ」

「これは一体…?」


 駆け付けたヨルとイオが困惑して言い、数分間の出来事をなんて言えばいいのか迷った。


「これは、その…ピヴワヌの手柄ですかね」

「証言なら後ろにいるルカとルイにさせるぞ」

「ばっちり見られましたよね?私とピヴワヌの姿を」

「当たり前だ。あれだけ派手に暴れて、寧ろ見られてないと思える根拠があるのか?」


 真横で問い返されると、後ろを振り返るのが怖い。

 何を言われるのか。考えたくもなくて、振り返らないことに決めた。

 周りにいる精霊達が愉快に笑い、凄いと褒める。イオには聞こえているはずで、亜莉香がルグトリスを倒したと伝えるのをやめて欲しい。

 居心地の悪い雰囲気を変えようと思えば、先代巫女が今にも倒れそうに立ち上がった。

 物凄く睨まれているのは亜莉香で、何だか恨まれている雰囲気を肌で感じる。


「まだよ…まだ儀式は行える」

「どんな儀式でも、私は私の大切な人達を傷つけさせませんよ」


 どうせ聞き入れないだろうと思いながら、亜莉香は言った。


「貴女がここで何をしようと、私が全て妨害します。私一人だけの力じゃないから、精霊達がいて、私に力を貸してくれる人達がいるから。貴女の思い通りには決してなりません」


 断言した声に力がこもった。

 ふわりと花の匂いがする。場違いな花の匂いに笑みを浮かべれば、先代巫女を中心に光の線が走り、地面には瞬く間に陣が描かれた。亜莉香のいる数メートル先まで広がった陣は牡丹の花も描かれているが記号が多く混じり、初めて見るものだ。

 イオやヨルが声を上げる前に、手にしていた守り刀を手放した。

 地面に突き刺さった守り刀が、一瞬で先代巫女の陣を消す。


「諦めが悪いですね」

「今のお主を敵に回したら怖いな」

「私だけですか?もう一人の方が、厄介だと思いますよ」


 もう一人、と言った時、先代巫女の誰もいない隣を見た。

 出入口から真っ直ぐに足跡がついていたことに、おそらく気付いていた人はいない。ピヴワヌは亜莉香の言葉で意味を知り、ため息交じりの声が聞こえた。


「厄介なのはお互い様じゃない」


 頭から被っていた着物を左手で脱ぎ、ヒナは姿を見せる。


「私の気配に気付く力なんて、本当に厄介で余計な力よ。精霊の力も借りて、一瞬で他人の魔法を無効化して――貴女は何者なのかしら?」


 わざと問いかけ、微笑んだ表情は答えを求めていない。視線を亜莉香に向けているが、その右手にある扇は先代巫女の首筋に触れていた。扇の色が深い紫で、何の魔法か考える。

 考えても分からなかったので、亜莉香は正直に訊ねた。


「ヒナさん、何をするつもりです?」

「少し動けなくするだけよ。視力や聴力を奪うか、金輪際馬鹿な真似をしないよう、ちょっとした恐怖を植え付けてもいいけど」

「眠ってもらえば、それで十分なのでは?」


 軽い口調とは裏腹に、話している内容が物騒だ。

 話をしながら守り刀を拾い、鞘に戻した。そのまま胸元に隠し姿勢を戻せば、一部始終を聞いていたヨルが遠くから口を挟む。


「お前ら二人で最強じゃねーか」

「そんなことはないわよ。どっかの誰かさんと違って、私の魔力には限界がある」

「私にだって限界はありますよ」

「お主の場合は、魔力じゃなくて体力の限界じゃないか?」


 ピヴワヌに言われて、亜莉香は一人で納得した。

 会話をしていると、すぐに話が脱線してしまう。


 現状の問題は、身動きを封じた先代巫女をどうするか。亜莉香が決めることではないと考えていれば、真っ青な顔でゆっくりと、先代巫女はヒナを見るなり問いかけた。


「何故…何故、貴女がここに――」

「あら、私のことは覚えていたのね。ハキ・フラム・リーヴル」


 名前を呼ばれた先代巫女は怒りを露わにし、ヒナを睨んだ。


「貴女は私の味方のはずでしょう!」

「利害が一致していた時に力を貸しただけで、私は貴女の味方ではないわ。囮に気を取られて私の接近を許すとは、力が落ちたわね」


 扇を押し付け、ヒナは笑みを浮かべた。

 煽って怒りを増幅させ、先代巫女の敵意を独り占めにしている。小さな悲鳴を上げた先代巫女に同情などするはずもなく、扇は淡い光を放った。

 一瞬目を見開いた先代巫女が、呆気なく崩れ落ちる。


「小娘、儂らのことを囮呼ばわりしたな」

「実際、そんな感じでしたからね。でも仕事が早くて助かりませんか?」

「二手に別れもせず、力を寄せ集めた結果なら妥当であろう。これでようやく邪魔者が消えて、本来の敵を倒せるな。さっさと終わらせて、家に帰るぞ」


 ピヴワヌの言葉で、帰る家を思い浮かべた。

 亜莉香の心は温かくなり、元気に返事をして、扇を閉じたヒナの元へと歩き出す。ヨルとイオも集まって、意識を失っている先代巫女を囲った。


 膝をついたのはヨルだけで、本当に意識を失っているか確認した。

 眉間に皺を寄せると、顔を上げて呟く。


「どうするんだよ、これ」

「どうするもこうするも、荷物係の出番でしょうね」


 あっさりと答えたヒナは、ヨルを見て言った。

 ピヴワヌが運ぶとは言い出さず、亜莉香の肩の上で知らん顔。他に先代巫女を運べる人はいなくて、ヨルは心底面倒くさそうな顔をする。


「それ、俺のことじゃないよな?」


 全員無言で、肯定を示した。頭を掻いたヨルが頭を掻きながら立ち上がり、不意に閃いたと言わんばかりに手を叩く。


「よし、後で他の連中に運ばせよう」

「他の方々とは?」

「上にいる連中。アリカとピヴワヌがいなくなった後、一つ前の空洞まで俺達を探しに来た奴ら。今はフミエのことを頼んで上に戻ったけど、呼べば来るだろ」


 人使いが荒い発言。それでフミエがいなかったのだと理解して、亜莉香は質問を重ねた。


「キヨさんは、まだ一つ前の洞窟に?」

「いえ、上に戻るように命じました。屋敷の指示を出して、地下でのことは私達に任せるようにと」


 ヨルではなくイオが答えて、後ろを振り返った。

 亜莉香も倣って振り返れば、身体を起こしたルカを支えるルイの姿が目の片隅に映る。祭壇を挟んで反対側では、精霊に見張られて動かないノノがいた。


 自分の目で無事な姿を見て安心した亜莉香の傍で、ノノを見つけたイオは一瞬だけ苦しそうな表情を見せた。それをすぐに隠し、真剣な声で言う。


「ここは深淵。闇が深くなりやすい場所に、兄を踏み込ませたくありません」

「あの祭壇には何がある?」

「代々リーヴル家が護るべき、結界の源です」


 ピヴワヌの問いにイオが答え、軽く瞳を伏せた。


「闇が深くなりすぎて、全てが壊れてしまう前に。今回の件が片付いたら、この土地の結界を直さないといけませんね。ひとまず、先代巫女様の処遇は私達にお任せください」


 悲しそうに微笑んだイオに、亜莉香は頷くことしか出来なかった。

 話を聞いていたヒナが扇を叩き、口を開く。


「時間があるうちに、先代の力を封じなさい」

「…ヒナさん?」

「この場で後始末をしなくても、力に溺れた巫女は精霊達の罰が下る。今の時点で精霊達が手を下さないのは、巫女ではなく、誰かさんがそれを望んでいないせいよ。誰かさんが目を離せば、遅かれ早かれ罰が下る。力を封じておけば、少しは罰が軽減するかもしれないわ」


 亜莉香の呼びかけを無視して、ヒナは言い切った。

 誰かさんが誰を指しているのかは、聞かなくても分かる。視線を交わすヒナとイオの間には、誰も入れる空気がなかった。

 深呼吸をしたイオは、小さくも首を横に振る。


「今の私には、そんな力はないでしょう」


 とてもか弱い声で言った。


「結界を直すのが精一杯で、先代巫女を上回る力はないのです。例え意識を失っていても、私には不可能です」

「自ら諦めているうちは、何も出来ないでしょうね」


 袴を強く握りしめるイオに、ヒナはあっさりと言った。

 その後に続く慰めの言葉などない。扇を一度広げたかと思えば、しっかりと閉じて、亜莉香に笑いかけた。何かを企む顔は見慣れて、思わず微笑み返してしまった。


「何でしょうか?」

「私はいつまでも動かないふりをしている、彼女の様子を見て来るわ。後は任せるから、好きになさい」


 扇を押し付け、祭壇に向かったヒナの背中を、亜莉香は目で追った。

 手の中には真っ白な扇があり、その意図を知る。言葉が足りないと思ったのは亜莉香だけではなく、黙っていたピヴワヌも同じだった。


「あの小娘は、何を考えているのか全く分からん」

「そうですね。もっと素直に色々と話してくれたらいいのに」

「それは気持ち悪いだろ」


 本気で思っていることを言ったピヴワヌに、思わず笑ってしまった。

 初めて手にした真っ白な扇は、とても美しい。何も描かれてはいないけど、均等に山と谷があり、要の金属が輝いて見えた。実は繊細な緑色の房が付いていて、房を束ねる部分には緑の宝石が一緒に揺れる。


 自然と口角が上がって、亜莉香は何も知らないイオに向き直った。

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