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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
330/507

66-3

 先に行きなさいとヒナに言われ、亜莉香はピヴワヌの背に乗って駆けた。

 風に身を任せて進んだおかげで、頭が冷えた。付いて来てくれた精霊を横目に確認して、頭の中で幾つの魔法が使えるか考える。どんな状況だろうが、儀式を壊す覚悟で前を見据えた先に、僅かな光を見つけた。


「アリカ」


 静かに名前を呼ばれて、返事を返す。


「どうしました?」

「闇の気配が強い。やはりルグトリスが大量にいるぞ」

「関係ありません。私達の為すべきことは、ただ一つです」


 遠くにルイの背中が見えた。

 出口へ追い出すように囲まれたルイが日本刀を握り、一人一人を相手にして苦戦する。多勢に無勢で前に進めず、一人で戦っているルイの名前を呼ぶ。


「ルイさん!」


 覚えているとか忘れてしまったとか、ごちゃごちゃ考えるのはやめた。大切な人がいて、守りたい人達がいる。居場所を失っても、亜莉香の感情は誰にも奪われていない。

 追いつく前に、確かに視線が交わった。


「手を伸ばして!」


 身体を斜めにして伸ばした右手に、ルイが手を伸ばし返すかは一か八かの賭けだ。

 ルイの右手は日本刀を持って塞がっていたが、左手は空いている。ルグトリスの攻撃の中を突っ切るのは怖くても、ピヴワヌがルイの真横を通り過ぎるのは一瞬で、この機会を逃したくはなかった。


 必死の思いが届くと信じ、伸ばしていた手に冷たい風が当たる。

 近くにいたルグトリスの首を斬り落としたルイの手は、ほんの少しの間だけ上がった。その手を強く引っ張れば、ルグトリスの攻撃を避けたピヴワヌの身体が飛び跳ね、宙に飛ぶ。


「――え?」

「離さないで下さい!」


 身体を斜めにしたまま、一緒に落ちないように亜莉香は力を込めた。手を離せば落ちてしまうルイの身体は不安定で、足は宙に浮いている。


 下に広がる空洞を見渡せば、イオから軽く話を聞いていた通りの構造だ。先程いた場所より天井が高く、広さは一回り小さい。空洞の半分、一つしかない出入口を塞ぐようにいたルグトリスの大群を無視して、奥にある祭壇に目を向けた。


 何も置いていない祭壇の手前に、数段の階段。

 階段を上った場所に、横たわる紅色の長い髪が見えた。その心臓に今にも日本刀を突き刺そうとする人影があり、その手がゆっくりと振り上げられる。


「ルカ!!」


 ルイの声で、振り返った人影の顔を見た。

 頭から黒い着物を被っていた人影は少女で、ノノだ。背が低くて、山吹色の髪を被っている着物で隠して、鮮やかな黄色の袴だけに色が付く。


 一目見れば、亜莉香には分かった。

 瞳の奥に浮かぶ、暗い闇。怪しく笑ったノノの顔が、レイと重なる。


「ルカから――」

「【離れて】」


 ルイの言葉を遮った低い声で、淡く白い精霊がノノの目前に迫った。

 眩い光が空洞全体を照らす。闇を退ける眩しさに、ノノが日本刀を振り下ろそうとした。すかさず亜莉香は言葉を紡ぐ。


「【武器を貫き、動きを止めて】」


 近くにいた赤と青の精霊が駆け抜け、日本刀に当たって剣先を砕いた。振り下ろそうとした手の動きを止めたのは緑の精霊で、風が両手の動きを封じる鎖になる。

 天井付近まで駆け上ったピヴワヌが逆さまになり、天井を蹴った。 


「援護しますので、上手く着地して下さい」


 ルイの返事を待たずに、階段近くに迫って手を離した。

 精霊の援護を受け、綺麗に着地したルイは勢いのままに階段を駆け上がる。亜莉香はピヴワヌにしがみついて、その身体が急転換する衝動に備えた。


 遠心力で吹き飛ばされそうになるが、何とか捕まって耐えた。

 ルカを救いに行ったルイには背を向け、ピヴワヌの背から飛び降りる。守り刀を取り出して鞘から抜き、階段下で空洞の中心にいた人物に向き直った。


 ルグトリスに混ざって、一人の女性がいた。

 深紅の髪は腰まであり、闇を宿した金褐色の瞳が怒りに燃えている。


「凄い殺気だな」

「呑気に話している場合ではないのですけどね」

「だが、第一の目的は果たしたのだろう?」


 口角を上げた亜莉香の代わりに、ピヴワヌが後ろを振り返った。

 後ろでルイがルカの名前を呼んでいる。儀式が始まる前に間に合ったはずだ。必死に呼びかける声に振り返りたくなるが、目の前にいる女性から目を逸らすわけにはいかない。


「ルカのことなら心配するな。ルイは間に合った」

「具体的には?」

「敵を排除して、ルカに呼びかけている。あれは眠らされているだけで、そのうち目を覚ます。敵は殺したわけではないぞ。吹き飛ばしただけだ。まあ、精霊共が動きを封じておるから、あっちは暫く放置しても構わん」


 亜莉香と同じく視線を戻したピヴワヌの言葉で、内心安堵した。

 それを表情に出さないようにしながら、冗談交じりに亜莉香は言う。


「二人が無事な姿を見たかったのですが、邪魔をしたら怒られますよね。私達は目の前にいる人の相手をしましょうか」

「最初から、そのつもりだったのだろう?」

「はい。先に相談した通り、もしも状況が変わったら、ピヴワヌは二人をお願いします」

「…それがお主の望みなら」


 渋々と答えたピヴワヌを、振り返ることはなかった。

 心の中で感謝して、一歩前に出る。元々イオと対峙する相手で、今はイオが居ない。駆け付けてくれる仲間を信じて、亜莉香は口を開く。


「初めまして、先代巫女様」


 剣先を向け、余裕の笑みを見せた。


「それともハキ様と、お呼びした方がよろしいでしょうか?」

「…白き兎を従えた少女――護人」


 問いかけを無視して、先代巫女が苦々しく呟いた。

 周りのルグトリスが先代巫女の感情に反応して、ゆらゆらと揺れる。全てのルグトリスの視線が、亜莉香とピヴワヌに集まった。数にして二十前後。包丁、小刀、日本刀、ありとあらゆる刃物を持っているなと、呑気に考えてしまう。


 先代巫女の影と繋がって、存在するルグトリスを眺めた。

 一人を倒しても、すぐに影から生まれそうだ。ちらほらと光が宿るルグトリスがいて、全てを倒したくはない。その光を救いたいと、浄化したいと願った亜莉香の想いに応じたかのように、守り刀に一瞬で焔が宿った。


 その優しく温かな焔は当たり前のように、空洞の中を仄かに照らす。

 ピヴワヌが、精霊達が傍にいて、亜莉香の身体に力が溢れた。


「浄化は久しぶりなのですが、出来そうな気がしますね」

「止めはせんが、無茶はするな」

「善処します」


 笑いの混じった回答に、ピヴワヌの何か言いたげな気持ちを察した。

 止めても無駄だと思われているのか。何を言っても無茶をすると呆れられているのか。気持ちは何となく通じ合うが、何もかも通じるわけではない程良い距離感がある。口では言い表すのが難しいけど、お互いの危機が迫れば分かる。助けを求めている時は駆け付け、喜びは二倍で悲しみは分かち合える。


 以前よりも強く、ピヴワヌとの間に繋がりがあった。

 それを嬉しく思えば、何故かピヴワヌが兎の姿をやめた。両手を頭の後ろに回して、どこにでもいる普通の少年の姿で亜莉香の隣に立つ。


「この姿の方が手加減しやすいな。兎の姿では一掃ではなく、空間ごと破壊しそうだ」

「私の援護に徹しても良いのですよ?」

「阿呆。気を抜いて攻撃を食らうのが、間違いなくお主だ」


 話をしている最中にルグトリスの一人が襲いかかり、ピヴワヌが前に出たかと思えば、先代巫女の真横に蹴り飛ばした。砂埃が舞って、腰に手を当て平然と振り返る。


「ほれ、儂の方が反応は早い」

「次、来ますよ」

「ええい!儂の話の邪魔をするな!」


 今度は回し蹴りで、真横の壁まで吹き飛ばした。少年の姿からは想像しにくい力だ。

 遠くで何かが光って見えた。ルグトリスを呆気なく飛ばしたピヴワヌの頭に、亜莉香は遠くから投げ飛ばされた包丁が迫るのに気付く。咄嗟に身体が動いて、守り刀を振るった。

 金属音を響かせ、宙に舞った包丁が近くの地面に落ちる。

 右手にある守り刀を見下ろしてから、亜莉香はにっこりと笑って言う。


「油断大敵、ですよね?」

「…今、魔法を使ったのか?」

「いえ、そのつもりはありませんでしたよ。ピヴワヌを守ろうと思ったら身体が動いて…あ、結界を張れば良かったのですね。まだ戦いに慣れなくて、上手い対応が出来ませんでした」


 驚いているピヴワヌに説明しつつ、自己分析と反省をした。

 亜莉香の手に持つ守り刀は焔を纏い、軽く握れば剣先の鋭い焔の威力が増す。守り刀より長くなった焔に、本能的に身体を一回転させ、周りにいたルグトリスの数人の首を刎ねた。その中の一人は首から全身へ焔に包まれると、一瞬で燃え尽きた。灰の残りから古びたお守りを素早く拾った精霊が姿を消し、浄化出来たと悟るや、ふっと笑みを零す。


「本来の目的を果たす為に、ルグトリスの浄化と退治を頑張りましょうか」

「巫女が来る前に片付けそうな勢いだがな」


 独り言のようなピヴワヌの言葉に、亜莉香は返事をしなかった。

 迫る攻撃を少しの動作で避け、首や心臓を迷わず狙う。身を低くしてかわすこともあれば、自ら懐に飛び込み急所を貫くこともあった。ルグトリスの身体が身近にあるのに、戦うことなんて慣れていないはずなのに、手足が勝手に動いて守り刀を振るう。


 恐怖はない。何も感じない。

 まるで自分の意識が遠くにあって、他の誰かに身体を操られているようだった。

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