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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
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66-1 Side留依

 初めて足を踏み入れた空洞は、想像以上に広かった。

 ルイは辺りを見渡し、その大きさを目で測る。地下にあるとは言え、地面から天井までは数メートル。端から端は数十メートルであり、半円とも言える空間を照らす光は赤々と燃える魔法の焔で、壁に均等に配置していた。


 ルイが通った道の他に、出入口は三カ所。

 反対側にあった出入口には、行く手を阻む存在がいる。


「やあ、兄さん。こんな所で何をしているの?」


 誰もいない空洞の中では、離れていても声が響いた。


「それはこちらの台詞だ。見張りはどうした?」

「あんな見張りで、僕が止められると思う?」


 兄であるキヨからの返答はなく、その視線はルイの右手に注がれる。

 普段身に付けていた武器とは違う。ルイの物ではない日本刀を、鞘を持たずに強く握りしめていた。軽く振りながら、ルイは笑みを浮かべて話し出す。


「見張りの武器を頂戴したよ。誰の指示だか、どうでもいいけど、僕の武器は取り上げられたからね。ルカを迎えに行くのに、手ぶらはまずいと思ったわけだ」

「ここには誰もいない」

「いや、いるよ。僕には分かる。ルカが僕を呼んでいて、待っている場所は兄さんが塞いでいる道の――その先だとね」


 日本刀の剣先をキヨに向けながら、ルイは言った。

 無理やり笑みを浮かべても、本心からは笑えない。一刻も早くルカの元へ駆け付けたい気持ちを抑えて、質問を繰り返す。


「兄さん、もう一度聞くよ。こんな所で何をしているの?」

「悪いな、ルイ。お前をこの先へは行かせない」


 腰に身に付けていた日本刀の鞘に手を添え、キヨが静かに武器を構えた。


「お前と剣を交えたくはない。屋敷は今、色々と騒がしいだろう。ルカのことは忘れて、地上に戻れ。リーヴル家を支えるのが、お前の役目だ」

「兄さんに命令される筋合いはない」


 はっきりと言い返し、ルイも武器を構える。


「僕の心は――誰の命令にも従わない!」


 言い終わると同時に駆け出して、キヨに迫った。

 胸から脇腹にかけて振り下ろそうとした日本刀を、受け止められて鋭い金属音が響く。力の押し合いで、分が悪いのはルイだ。身長も体格も、キヨの方が一回り大きい。

 至近距離で睨み合い、キヨはゆっくりと口を開いた。


「お前が屋敷に戻らないと、リーヴル家は滅びる」

「言っている意味が分からないね」


 話をしながら日本刀を弾き、距離を取る。

 お互いに距離を保てば、キヨは黙らずに話し出した。


「当主は死んだ」


 淡々とした事実に驚くことはなく、ルイにとっては興味もなかった。


「へえ、それで?僕が驚くとでも思った?」


 挑発的に言った。

 全く心は乱されず、目の前のキヨを見つめた。死んだと言ったからには、キヨが手を出したのかもしれない。それで見張りを撒いた時の屋敷が騒がしかったのかと、今更知った所で何の感情も抱かない。

 寧ろ清々したと言いたくなって、鼻で笑った。


「兄さんは知らないの?あの人は僕を道具のように扱っていた。イオが生まれるまで、巫女の代わりとして、僕を僕として見てはいなかった」

「そうだな」

「あの人を、父親として尊敬したことは一度もない」


 当主であった父親の顔など、もう覚えてもいなかった。その隣にいた母親も同じで、時折怖がるような素振りを見せるのが嫌いだった。

 無意識に日本刀を強く握り、憐れむ視線を向けるキヨが言う。


「お前も、両親から愛されていなかったな」

「兄さんは愛されていたでしょ。少なくとも、僕やイオよりは」


 名前を出さなかった、もう一人の兄の名前と顔を思い出した。両親がどんな態度だろうが、ただ一人だけ変わらずに家族を愛していた。いつも馬鹿みたい笑ったり怒ったりと忙しくて、誰よりも素直に生きている姿は、ルイにとってルカと同じくらい眩しかった。

 深く息を吐き、ねえ、と声をかける。


「愚兄のことを、兄さんは何か知っている?」

「ああ」

「どこにやった?」


 戦うまではなかった確信があり、ふつふつと湧き上がる怒りもあった。


「愚兄だけど、そう簡単にやられるわけない。当主や兄さんくらいだったと思うよ。リーヴル家の中で、あの愚兄を負かす実力があったのは。愚兄は家族に対して甘くて、あまりにも優しい人だったから」


 本人は気付いていなかった欠点を言い、足を止めてキヨを睨む。

 何を言っても顔色を変えない兄は、ルイにとって遠い存在だった。何を考えているか分からなくて、距離を置いて接していた。お互いに足を踏み入れない距離感の居心地は悪くなく、この瞬間までは、本気を出す気もなかった。


「ヨルはいない」


 その一言で、ルイの覚悟が決まる。


「そして次の当主の座につくのが、お前だ。ルイ」

「何を馬鹿な――」

「この地は穢れている。それを清めるために、この先で先代巫女が儀式を行う。たった一人の犠牲で土地は清められて、リーヴル家は立て直せる」

「その犠牲にルカを選んだのか!」


 腹の底からの怒りと共に、斬りかかって叫んだ。

 当たり前だろうと言わんばかりの表情を浮かべるキヨが、攻撃を弾く。幾度となく斬りかかろうと、その剣先を読まれては傷一つ付けられない。


「それが、この土地のためだ」

「ふざけるな!!」


 冷静さを欠ける攻撃になり、舌打ちしながらも日本刀を振るった。

 怒りは静まらない。攻撃が単調になる。自覚したところで動きを変えられず、隙を見て脇へ抜けようと背を向けた途端に、右側の首筋に冷たい何かが当たった。確認するまでもなくキヨの日本刀であり、薄く切られた肌に赤い血が滲む。


 一歩でも動けば深く食い込む刃に、身動きが取れなくなる。

 すぐにでも駆け出そうとして少し身を低くしたまま、息を吐いたルイは問う。


「僕のことも殺すつもり?」


 答えはなかった。背中から感じる気配はあるのに、物音一つない。


「僕は当主になるつもりはないし、ルカが死んだら僕も死ぬよ。イオには申し訳ないと思っても、リーヴル家がどうなろうとも、僕には関係ない。当主には兄さんがなって、勝手に立て直せばいい」


 ゆっくりと身体を起こしても、日本刀は離れなかったが食い込みもしなかった。

 武器の存在を確認しつつ、想いを込めた言葉を重ねる。


「僕の戦う理由の中心には、いつだってルカがいる。例え誰が敵だろうが、その相手が実の兄だろうが、僕は容赦しないよ。ついでに――ヨルの仇を討たせてもらう!」


 叫びながら、勢いよく振り返った。

 僅かに首筋は切れたが、痛みを感じる暇はない。ルイの狙いはキヨの心臓だ。距離を置かれる前に踏み込んで、右手にある日本刀を両手で支えて突き刺す。

 慣れない日本刀では距離感を掴みにくく、キヨの方が早かった。

 僅かに届かない距離に身体を動かし、左手に宿した焔で日本刀を受け止める。どこまでも先を行くキヨの表情はなく、冷めた瞳でルイを見下ろした。


「お前は誰の仇も討てない」


 何も言い返せなくて、奥歯を噛みしめた。


「己の力に自惚れるな。お前は自分で思っているより弱い。だからたった一人の人間すら、お前は守れず失う」


 キヨが握っていた日本刀の一部が地面に落ちて、驚く声が喉の奥で引っかかった。身を引こうにも、武器を掴まれたままだ。まさか素手で壊されるとは思っていなかったし、キヨにそんな力があるとも思っていなかった。


 目の前にいる存在に初めて恐怖を覚えて、微かに手が震える。静まり返った空間の中では、息をするのも苦しくなった。ルカを助けに行きたいのに、先へ進めず逃げられない。


 頭が真っ白になりかけた時、静寂を切り裂く声が響いた。

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