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Last Crown  作者: 香山 結月
序章 薄明かりと少女
32/507

07-3

「それで、誰を、探すんだって?」

「ケイト・ポルト、と言う名前の和裁士の女性ですが…トシヤさん、大丈夫ですか?」


 息切れ切れに亜莉香とアンリの前に現れたトシヤは、膝に手を当てて息を深く吐く。下を向いていたトシヤに、亜莉香は思わず手を差し伸べようとして、止めた。

 気付かれる前に手を引いて、トシヤの様子を伺う。

 全速力でやって来たトシヤは額に浮かべていた汗を着物の袖で拭い、顔を上げた。


「俺は大丈夫。ケイト・ポルトを探せばいいわけだな。そっちの子が、ルイが言っていた…アンリ?」


 突然名前を呼ばれ、警戒心を剥き出しにアンリがトシヤを睨んだ。訳が分からないトシヤが亜莉香を見たので、亜莉香はアンリの横にしゃがみ込んで、優しく言う。


「アンリちゃん、こちらはトシヤさんです。とても顔が広いので、心強い助っ人ですよ」

「…私のこと、あの人からなんて聞いたのですか?」


 ぶすっとした顔でアンリが言えば、あの人が分からずにトシヤは首を傾げた。


「あの人、て誰のこと?」

「もしかして、ルイさんのことですか?」


 亜莉香の質問に、微かにアンリは頷いた。トシヤは不思議そうな顔になり、アンリと目線を合わせて、ルイに言われた言葉を思い出す。


「ルイの知り合いで、生意気な小娘だけど。困っているからアリカと協力して、さっさと人探しを終わらせろ、みたいなこと言っていたよ」

「生意気な小娘、とは失礼な」


 苦々しくアンリが言い、確かに、とトシヤが笑った。

 トシヤの自然な笑みを、アンリはまじまじと見つめる。じっと見つめられたトシヤが、どうした、と問えば、アンリは力を抜いた。


「…貴方は、あの人みたいに接しないのですね」

「何だって?」

「いえ…こちらの話で。手伝ってくださり、助かります」


 軽く頭を下げたアンリの頭を、トシヤが着物の上から軽く撫でた。びっくりした顔のアンリが顔を上げる前に、トシヤは立ち上がって亜莉香に尋ねる。


「アリカ、どこまで探した?」

「中央通りから、中央市場を真っ直ぐに進みながら探していました。あとは神社まで向かって、東市場や西市場を探す予定でした」


 答えながら亜莉香が立ち上がれば、トシヤは腕を組んで呟く。


「なら、先に東市場の方に行くか。西市場は人づてに探してもらって、和裁士の知り合いは誰がいたかな」

「ケイさんなら、ご存知でしょうか?」

「そうだな、先に行ってみるか」


 亜莉香の言葉に、何故か楽しそうな笑みを浮かべているトシヤが頷いた。亜莉香と目が合うと、行こうぜ、と言って歩き出す。亜莉香は置いて行かれないようにアンリの手を引き、トシヤの背中を追って一歩を踏み出す。

 予想外の展開に、驚いているのはアンリだけだった。






 ケイの店は月の一度の定休日で誰もいなかった。

 仕方なく、東市場の顔見知りを中心に訪ね歩き、早数時間。


 何故か、亜莉香の隣にはみたらし団子を頬張っているコウタが座っている。

 和菓子屋の前の長椅子に座り、亜莉香は左足の靴を脱いでいた。素足を靴の上にそっと乗せ、両手でお茶の入った湯呑を眺める。

 どうしてこんなことになったのだろう、と亜莉香は考える。

 人探しのために歩き続けて、途中から足の裏が痛くなった。痛さの自覚はあったが、それを無視して歩いていると、早々にトシヤに見破られた。休む場所、として和菓子屋に立ち寄り、靴を脱いだ。

 痛さの原因は、歩き過ぎて出来た水ぶくれ。

 このまま歩き続けるのは良くない、とまずは水ぶくれをつぶす針と清潔な布を取りに行く、とトシヤが言えば、アンリまで一緒に行くと言い張った。トシヤが亜莉香一人を残すのに抵抗を感じていると、偶然コウタが近くを通り、トシヤに捕まった。

 みたらし団子を報酬に、コウタは亜莉香の見張り役を引き受けた。

 目を離すと、そのままの足で人探しをしていそうだ、と言われると、亜莉香は何も言い返せず、ぎこちなく笑うしかなかった。アンリはトシヤに付いて行くことを譲らず、コウタに警戒心を抱いたままトシヤと共にいなくなった。


 和菓子屋に残された亜莉香は動くことが出来ず、隣に座っているコウタを見る。

 亜莉香の視線に気が付いたコウタが、にかっと笑う。


「どうしたの?何かあった?」

「ううん。何もないです。ただ申し訳なくて。コウタくん、家に帰る途中でしたよね?」

「そうだけど、気にしないでよ。友達と別れたばっかりで、遊び足りなかったし。トシヤがいて、団子をご馳走してくれて嬉しいもん」


 うひひ、と笑いながら、コウタが美味しそうにみたらし団子を食べた。

 そう言うものか、と亜莉香が目の前を行き交う人混みを眺めていると、自分の分のみたらし団子を食べ終えたコウタが、そう言えば、と話し出す。


「さっきの誰?トシヤに付いて行った子」

「アンリちゃんです。気になりましたか?」

「気になったと言うより、見かけない顔だなと思っただけ」


 ぼそぼそと言うコウタの顔が、微かに赤い。

 微笑ましい気持ちで、亜莉香は言う。


「アンリちゃん、困っているみたいで。さっきまで一緒に人探しをしていたのですよ。もし時間があるなら、コウタくんも人探しをお手伝いしてくれませんか?」

「…別にいいけど。アリカ姉ちゃん、足は大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。大した怪我じゃありません」


 はっきりと亜莉香が答えれば、ふーん、と言いながらお茶を飲む。


「誰だっけ?その、探している人はケイト――」

「ケイト・ポルト、和裁士の女性です」


 コウタの言葉を遮って、戻って来たアンリが言った。驚いたコウタがお茶を零しそうになり、勢いよく顔を上げる。


「びっくりした!」

「驚かせて、すみません」


 コウタの声に驚いて、アンリまで驚いた顔で言った。アンリの隣にいたトシヤは呆れた顔。


「コウタは驚き過ぎ。ほら、アンリ自己紹介するんだろ?」

「え、はい。アンリです。その…初めまして」

「えっと、こちらこそ初めまして。コウタです」


 慌てて立ち上がったコウタが、はにかみながら右手を差し出した。アンリはトシヤを振り返り、頷いたのを確認してから、おずおずと右手を重ねた。目が合って、お互い笑いかけると、コウタは明るく質問を始める。

 どこに住んでいるのか、普段は何をしているのか。好きなもの、嫌いなもの。楽しそうに話すコウタに押されつつ、アンリは嬉しそうに答える。

 年相応の笑みで話す二人を見守っていると、トシヤは亜莉香の前にしゃがんだ。


「ほら、アリカ。足見せろ」

「あ、自分で出来ますから」

「そう言って、加減を知らずに血を流した前例があるだろ」


 トシヤは無造作に亜莉香の左足に触れた。びくっとした亜莉香に気付かず、足の裏の水ぶくれを確認する。亜莉香は足に触れられている事実と、周りの視線を集めていることに気が付いて、耳まで真っ赤になった。咄嗟に顔を伏せるが、現状は変わらない。

 恥ずかしさで黙った亜莉香に、トシヤは平然と言う。


「さっさとつぶして、布巻けばいいよな。アリカ、それでいい?」


 顔を上げたトシヤと真っ赤な亜莉香の目が合う。何度も頷く亜莉香の顔があまりにも赤く、自然と聞こえてくる周りの会話のせいで、トシヤもつられて顔が少し赤くなった。

 可愛い恋人同士、世話焼きの恋人、初々しい二人など。

 聞き流したくても聞こえる話し声に、トシヤは慌てて水ぶくれをつぶして、綺麗に布を巻いた。そっと亜莉香の足を放し、慌てて立ち上がる。


「ちょっと、お茶もらって来る」

「は、はい」


 亜莉香が頷くより早く、トシヤは店の中に消えた。

 両手で頬を包み込み、亜莉香は近くにいたはずのコウタとアンリを盗み見た。二人は楽しそうに話していて、周りが見えていない。先程の様子を見られなかったことに安堵して、赤くなった頬が早く元に戻るように祈った。

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