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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
314/507

63-5

 瞬き一つで、夢の中に引き戻れる。

 光が消えた。精霊の記憶の欠片はない。何もなくなって、真っ暗闇に取り残される。確認を込めて灯籠で辺りを照らしてから、亜莉香は肩の力を抜いた。

 もう少し見たかったとも思いつつ、これ以上の情報を得ても混乱する。

 隣で息を吐く音がして、扇で口元を隠していたヒナを振り返る。


「大丈夫ですか?」

「当たり前でしょう。貴女に心配なんてされたくない」


 言葉はきつくても、動揺していた。扇を握る手は汗をかき、微かに震えて感情を押さえている。疲労が滲んでいると言うより、何かに怯えて必死に隠そうとしているように感じた。

 無意識に近くに寄せた灯籠の光を嫌がられて、手で払われた。

 仕方なく隠すように膝の後ろに寄せ、亜莉香は遠慮がちに訊ねる。


「これで終わりですよね?」

「そのはずよ。それなりに収穫のある記憶だったでしょう?」


 遠くを見つめたヒナが、息を深く吐く。

 深呼吸をして、暫くは動きそうにないこの機会に質問を重ねる。


「ヒナさんは、今の先代に会ったことがあるのですよね?」

「随分昔の話よ。それもたったの一度だけ」

「何を、したのですか?」


 精霊の記憶を探すのではなく、本人に直接聞くべきだと思った。

 じっと見つめれば一瞬だけ目が合い、すぐに逸らされる。お互いに無言になり、諦めたように話し出したのはヒナだった。


「私は先代巫女に呼ばれて、仕事をしただけ。それ以上でも以下でもないわ」

「その仕事については、教えてくれないのですね?」

「今はまだ、誰にも話すつもりはないの。状況によっては、貴女に話さないといけないでしょうけどね。おそらく貴女なら私より――最適任者になるから」


 意味を問う前に、ヒナは言葉を続ける。


「歴代の巫女は、身を固めることはなかったの。けど、子供を産んだ巫女がいないのは嘘よ。しっかりと調べれば、家系図には子供の名が記されていた。その子供の多くはリーヴル家を支え、一部はリーヴル家を裏切った」


 感情を表に出さない声は口を挟ませなかった。亜麻色の瞳は前だけを見据える。

 亜莉香は黙ったまま耳を傾け、必死に頭の中で情報を整理する。


「同じ歴史は繰り返される。裏切り者は罰せられる。力に溺れた巫女の最期なんて、誰よりも悲惨なものよ。精霊達の怒りを受け、その身が業火に包まれた者すらいた話。裏切ったと判断される基準は精霊に聞いて。答えられる精霊を探すのは苦労するけど」

「ヒナさんも、先代の巫女が力に溺れていると考えていますか?」

「そうでなければ、レイと繋がっていないでしょうね。先代の巫女は闇を宿している。それを誰かに、いえ巫女に知られたら終わりかもしれない。巫女なら精霊の姿を見て、意思疎通が出来る。精霊を制御する最後の要は、いつだって巫女の役目のはずなのよ」


 自分の仮説を組み立てて、真剣なヒナは言った。

 亜莉香の知っている情報より、ヒナの知っている情報の方が圧倒的に多い。とことん質問をしようと意気込んで、亜莉香は口を開いた。


「先代の子供が誰か、知っていますか?」

「見当は付いているけど、確定はしていないわ。私が知っている情報を付け足すと、その子が生まれたのは巫女より前。巫女の血を引いているのだから、それなりに魔力が強い子」

「名前を教えて貰えませんか?」

「悪いけど、名前は知らないの。いつも巫女の傍に居る子」


 あっさりと答えてくれたが、肝心の名前だけが分からない。

 それでも思い当たる少女がいて、金褐色の瞳が同じ色だと思い出す。並べて比べれば、似ているのは瞳の色しかない。それ以外は全く似ていない少女から母親を連想するのは無理な話で、無意識に眉間に皺を寄せて亜莉香は言った。


「ノノさん、ですね」

「そんな名前だったのね。名前はどうでもいいけど。その子とも知り合い?」

「一応。顔見知り程度には」

「顔が広いわね。どれだけの人間と関わっているのよ」


 どれだけと言われると答えられなくて、ぎこちなく笑う。

 呆れたヒナがようやく亜莉香に興味を示して、まあいいわ、と呟いた。扇を口元から離せば目の前にお茶の支度が整ったテーブルが現れ、華奢な椅子も二つ現れた。


 テーブルの中心にランプがあり、季節を無視した艶やかな果物を照らす。

 大皿は二つで、一つは果物のタルトが並んでいた。一つずつ三角にカットされたタルトは五種類を二つずつ、丸い円を作って並べてある。真っ赤に熟した苺と瑞々しい桃、甘く煮詰めた枇杷と爽やかなマスカット、そして甘い匂いを放つ無花果。

 もう一つの皿にはパイが並び、タルトと同じように五種類を二つずつ。中身は見えなくても、パイの上に小さく切った果物が乗っていた。檸檬と洋梨、バナナとブルーベリー。一種類だけ、よく煮た林檎を敷き詰めたタルトタタン。

 どれも美味しそうで、空腹ではなかったのに見ているだけでお腹が空いた。

 用意された数々の品々に目を輝かせた亜莉香に、ヒナが素っ気なく言う。


「座って。五月蠅い精霊がいないうちに、話を進めましょう」

「ピヴワヌのこと、お嫌いですか?」

「どう見ても相性最悪でしょう。貴女の目は節穴なの?」

「違うと思っていたのですが…?」


 自信がなくなりつつ、亜莉香は腰を下ろした。

 先に座ったヒナのティーカップには、注いでもいないのに紅茶が溢れた。亜莉香も望めば紅茶が満たし、甘い匂いのする熱々の紅茶を両手で支えて口元に運ぶ。

 一息ついて、亜莉香の頬が緩んだ。


「素敵なお茶会ですね」

「こんな状況で呑気な発言ね」

「それは用意した人に言ってください。誰だって、こんな素敵なお菓子が目の前に現れたら、夢だろうが嬉しくなりますよ」


 微笑みながら、何か足りないと上を見た。

 周りの景色は真っ暗闇に包まれて、自分自身やランプに照らされたテーブルだけが明るい。もう少し光が欲しくて、ステンドグラスの綺麗な街灯を想像した。


 たった一つでも頭上から光が注ぎ、辺りを照らす。

 夢の中のお茶会は、想像次第で簡単に変わった。


 満足いく明かりを手に入れて、大皿に目を向ける。何から食べようか決める前に、桃のタルトとタルトタタンが宙に浮き、亜莉香の目の前にあった空の小皿に舞い降りた。

 亜莉香は何も考えてなかったので、目の前のヒナを見た。

 いつの間にか、ヒナの前の皿には無花果のタルトと檸檬のパイが置いてある。近くにあったフォークとナイフを手に取ると、優雅に切り分けながら口を開いた。


「それで、貴女は今どこにいるの?」

「どこにって、目の前にいますよ?」

「夢の話ではなく、現実の話よ。昨日の晩に別れた後は林の中で寝ていました、なんて言わないでしょうね」


 何故か睨まれて、言いません、と小さく返した。

 手にしていたティーカップを置き、フォークを手に取ってから言う。


「昨日出会ったフミエさんの住んでいる家と言いますか、宿で一晩過ごしました」

「次男坊は見つけたのよね?」

「ヨルさんのことですよね?昨晩の内に見つけて、今はピヴワヌと一緒に情報収集をしているはずです。ヒナさんは、今どちらに?」


 目は合ったが、視線が下がったヒナが無花果のタルトを食べる。

 自分のことは話してくれないと思いつつ、亜莉香はタルトタタンを一口食べた。

 焦げそうで焦げていない絶妙な焼き加減。口の中で柔らかくて甘い林檎は溶けて、サクッとしたタルト生地と混ざる。どうやって作るのか、余計なことを考えそうになった。

 ティーカップの水面を眺め、ヒナがそっと問う。


「当主の息子と関わりのある貴女の意見を聞かせて。先代の巫女の言った、当主の息子として育てられながら本家の血を受け継がない彼について、心当たりはある?」

「いいえ」


 素直に首を振れば、ため息が返って来た。


「そう簡単に分かるはずがないわよね。その誰かを、精霊の記憶で特定したかったのに」

「もしかして以前から、その彼がいたのは、ご存知でした?」

「そういうわけではないわ。けど、この土地にレイと繋がっている人間が二人いるはずなの。どちらもリーヴル家の人間で、一人は先代だとして、もう一人が分からない」


 これは答えてくれるのだと口には出さず、亜莉香は桃のタルトも口に運ぶ。

 林檎とは違う優しい甘さがあり、飲み込む前にヒナが続けた。


「可能性として、本家の血を受け継がない彼が候補者よ。当主の息子として育てられながら、本当は違うと本人が自覚をしていたら、精神的に正常でいられるとは限らない。そこをレイに付け込まれて、闇を宿しているかもしれない」

「もし自覚をしていたと仮定して、ルイさんなら喜びそうな気もします。リーヴル家より、迷うことなくルカさんを選ぶ人なので。その場合は闇に付け込まれる可能性はないかと」

「その考えまでは到らなかったわ」


 零れたのはヒナの本音で、頭が痛そうに眉間に皺を寄せた。お茶で喉を潤すと、深くため息を零して、檸檬のパイを突く。


「まあ、もし闇を宿していても、今の貴女なら見れば気が付くとも思うのよね。それを考えれば、三男坊は除外。次男坊も貴女が一緒にいて何とも思われていないなら、闇を宿していないと判断していいわね」

「私を買いかぶり過ぎでは?」

「私は役に立たない人間と話しているつもりはないわ」


 遠回しにも亜莉香を認めている発言に、素直に喜べない。

 話がずれそうになり、皿の空いた場所に苺のタルトが移動した。どんどん食べながら会話をして良いと判断して、質問をぶつける。


「すると残りは、一番上のキヨさんですね?」

「そうね。長男坊が本家の血を受け継がない彼であり、レイと繋がっていたら厄介よ。噂では相当な実力者なの。先代巫女と手を組まれると、こちらも味方を増やす必要がある」

「ヨルさんから話を聞いたのですが」


 前置きをして、亜莉香は声を落とした。


「現在のリーヴル家は巫女同士の派閥があり、敵対していると。そのせいでヨルさんは命を狙われ、ピヴワヌは巫女同士が争えば至る所に影響が出ると言っていました」

「そうなると困るから、私達が動く必要があるのよ」


 私達、と自然と一緒に括られて、思わずヒナの顔を覗き見た。

 亜莉香が気にしたことなど知らず、檸檬のパイを食べ終える。檸檬のパイがなくなれば、今度はブルーベリーのパイを切り分け始めた。


「さて、他に次男坊から有力な情報は?」

「ヨルさんからと言うより、セレストにいる精霊から聞いたのですが――」


 話をしている途中で言葉を止め、すっかり言い忘れていたことを今更思い出した。

 このタイミングで口にしていいのか悩み、苺を差したフォークを口に入れたまま、少し動けず唸り声を出す。ヒナは顔を上げ、疑うような目つきになる。


「言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ」

「その…ガランスの街にいる人以外は、私のことを覚えていました」

「良かったわね。それで、精霊から何を聞いたの?」


 棒読みでは全く喜びが感じられず、どうでもいいと言われたようなものだ。

 ヒナには関係ないことだと諦め、ネモフィルから聞いた話を簡潔にまとめた。

 リュヌ・クレと呼ばれる、鍵が眠る土地であること。狭間に近かった土地であり、鍵があれば窓を開け、向こう側に行けること。誰でも鍵を使えるわけではなく、二人の巫女の力か護人の力が必要なこと。鍵の存在は行方知らずで、今ではどこに眠っているのか分からないこと。鍵があれば、確実にレイを消せるかもしれないことなど。

 伝えるべきだと思ったことを、拙いながらに話した。

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