表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
313/507

63-4

 揺らぐ景色の中に、小さな黒に近い赤紫色の光が残る。

 一段と小さくなった光は辺りを照らすことなく、闇に紛れてしまいそうだった。目を凝らさなければ見落とす光は宙に浮いたまま、揺らいだ景色は形を変えていく。


 小さな小窓から、夜の空が見えた。

 雲に覆われた空の隙間で星々が輝き、月明かりは届かない。蝋燭が灯る薄暗い和室の中に人影は一つで、その横顔は見覚えのある顔だった。


 ハキ・フラム・リーヴルと言う名の女性は物思いにふける表情で、足を崩して座っていた。重々しい着物姿のまま肘をついていると、障子の外から声がする。


「先代様、お茶をお持ちしました」

「入っていいわ」


 力なく女性は答え、お盆にお茶を乗せた少女が部屋に入る。

 目を合わせない女性に緊張しながら、お茶と持って来た和菓子を置いた。粗相のないように緊張しつつ、顔を上げれば女性と目が合った。

 微笑まれた少女は頬を赤くして、恭しく頭を下げてから部屋を出た。

 急ぎ足で遠ざかる音が消え、女性は湯呑に手を伸ばす。


「――呼んではいない客もいるようね」


 ぞっとするような低い声で言い、女性の影が揺れた。

 部屋の中を囲む結界が展開され、同時に耳障りな笑い声が響く。女性は何も気にせずにお茶で喉を潤して、背後の影が起き上がり、少女の姿に変わった。

 黒の着物を纏った少女の、真っ白い髪が揺れる。

 亜莉香と同じ年齢に見えて、隣のヒナが息を呑んだ。


「本物の…レイ?」


 とても小さく呟いたヒナが驚き、一歩下がって口元を押さえた。

 こんな所にいたの、と独り言を零す。

 亜莉香が急いで視線を戻せば、髪色は違っても顔はレイと似ていた。黒い光を宿す大きな黄色の瞳も、怪しげな笑みもレイに見えるけど、亜莉香には別の誰かの面影が見えた。

 その誰かが思い出せないまま、レイと思われる少女が言う。


「こんばんは。私が突然来ても、驚かないのね?」

「何しに来たのかしら。今回は呼んでいないわ」


 女性が興味を示さずに言えば、クスクスと笑ったレイは女性の前に回った。

 勢いよく座ったかと思えば、寝転がって自由に動く。目に付いたのはお盆の上にあった和菓子で、それは菜の花を想わせた。黄色のそぼろ餡に少しだけ緑が混ざり、丁寧に作られた和菓子に手を伸ばして遊ぶ。

 ちぎれた一部を口に放り込み、舌を出して顔を顰めた。


「あら甘い。私の好みじゃない」

「それなら捨てなさい。そして用事がないなら、さっさと出て行って。他の人間が私を嗅ぎ回っているの。見つかるのは迷惑なのよ」

「私は迷惑をかけてないでしょう?寧ろ、この土地の闇が深まるように、積極的に協力しているじゃない。それでね、お願いがあるの。貴女の持ち物を頂戴」

「…何をするつもり?」


 疑わし気に女性が言えば、レイは無理やり残りの和菓子を口に入れた。よく噛まずに飲み込んで、口に付いた餡子を舐めてから軽く答える。


「ルグトリスを生み出す媒体、今度は貴女の物で作ろうと思って。思い入れのある物であるほど、絶対に強力な物が出来上がると主様が言ったの。それなら急いで取りに来なきゃと思って、私はやって来たわけ」


 嬉しそうに言ったレイに、女性は嫌そうな顔をした。

 それは一瞬で、すぐに近くの引き出しを探って何かを投げた。寝たままのレイが受け取ったのは、小さくて丸い形の櫛。小さな紫苑の花が彫られ、まじまじと眺めながら問う。


「これ、思い入れのあるもの?」

「思い入れのあったもの。それを受け取ったら、さっさと消えて」


 再び物思いにふける表情を浮かべた女性が、今度は窓に目を向けた。

 外を眺められる、唯一の窓。和室の中は閉ざされた鳥籠のようにも見える。

 誰かを待っているように悲しそうで、再程と雰囲気が違った。突っかかるような態度はなく、とても静かだ。口を閉ざした唇の色が悪く、顔の色は青白くも見える。


 とても寂しそうだとも、思った。

 不意にレイは勢いよく起き上がり、女性に迫って瞳を覗き込んだ。


「ねえ、何を考えているの?」

「…何も」

「だって貴女みたいな顔する子が、主様の近くにいるの。何を考えているか分からない、変な子。貴女も出会ったことがあると思うの。ほら、珍しい白い髪の子」


 微かに女性の口角が引きつり、レイが満足そうに身を引いた。

 白い髪で思い浮かぶ人物は隣にいて、亜莉香は顔を向けそうになった。ヒナは何も言わない。レイが思ったことは亜莉香も思ったことで、何も言わないまま目の前の二人を見る。

 思い出したくもないと言わんばかりに、女性はレイを睨みつけて冷たく言った。


「あの子には、一度しか会っていないわ」

「そうなの?でもあっちは、この土地の誰かを気にしているみたい。貴女ではないのかな?いつか聞いてみなくちゃ。その前に、もっと闇の力を蓄えないといけないけど」


 とても楽しそうに着物を払って立ち上がり、レイは女性の後ろに回った。

 僅かに黒い光が女性を包み、その光はレイと影で繋がる。ほんの少し震えた女性の肩に手を置きに、唇を近づけて囁いた。


「忘れないで、私達は一心同体よ」


 言い終わると同時に、レイの姿は影に消えた。

 ゆっくりと女性が振り返った背後には、誰もない。まるで最初からいなかったように、部屋は静まり返る。息を吐き、女性の視線は中途半端に開いた引き出しで止まった。

 手にしていた湯呑に気付いて、そっとお盆に戻す。


 それから引き出しを閉めようとして、無くなった櫛のあった場所を眺めた。ただただ見つめ続けて、奥から一枚の布を取り出す。


 その布に包まれていたのは、写真のように見えた。

 遠目からでは分からない写真に微笑んだ女性は、今にも消えそうだった。

 か弱くて、とても小さく見えた姿。とても大事そうに写真を額に寄せてから、布に包み直す。誰にも知られないように、触れられないように。見てはいけない光景のような気がして、亜莉香は目を逸らしそうになった。

 その前に引き出しに布を戻して、女性が顔を上げた。


 その顔は美しく、迷いのない巫女の顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ