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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
312/507

63-3

 悪戯を企むように老婆とヨルが笑い合い、景色が遠のいた。


 真っ暗闇に浮かぶ鮮やかな深紅の光が、濃い緋色に変わる。

 時間の止まっていた光の眩しさが強弱を繰り返して、次の記憶に誘うまでの時間がかかることを知った。同じ光景を見ていたヒナが何も言わず、隣に立ったまま動かない。

 亜莉香は前を向いたまま、質問をぶつけた。


「ヒナさんは、当時の巫女をご存知ですか?」

「今は先代と呼ばれる巫女、ハキ・フラム・リーヴル。現当主の妹に当たる女性よ。私が調べないと思った?」


 まさか、と言いそうになった声を呑み込んだ。歩き出したヒナに遅れないように光を追えば、感情を表さない横顔で話し出す。


「現巫女イオ・フラム・リーヴルの叔母であり、ほんの数年前まで巫女と呼ばれていたわ。先代と呼ばれるまでは表に顔を出すことはなかったけど、今は当主の横で見かける。巫女と同じ権力者、またはそれ以上かしら」


 淡々とした説明の後、嘲笑うように言う。


「例え当主に並ぼうが、巫女としての力は今でいう先々代には遠く及ばない。歴代の巫女が果たしてきた役目を疎かにして当主に口を出すなんて、巫女と呼ばれるに値しないのよ。その点では、現巫女の方が役目を分かっている」

「そう…なのですか?」

「そうよ。幼いながらに、よく役目を果たしている。先代の結末など私は全く興味がないけど、後始末を担う今の巫女には同情するわ」


 まるでこの先に何かが起こると、仄めかす口ぶりが気になった。

 何も知らなかった亜莉香が光を見ていなかった間に、知らない渡り廊下に迷い込む。平坦な長々とした廊下は屋根があり、両側には低い手摺が付いていた。手摺を越えれば色鮮やかに紅葉した木々が庭園を彩り、落ち葉で地面を満たした。


 背筋を伸ばして真っ直ぐに向かって来る老婆に、亜莉香とヒナの足は止まる。

 立ち止まった亜莉香達を通り抜けて、深紅色の髪が老婆の前に立ち塞がった。一歩後ろに女性二人を引き連れて、煌びやかな赤い着物を引きずった女性が口を開く。


「お役目ご苦労様です、先代様」


 親しみを込めた女性に対して、老婆は無表情で会釈しただけだった。

 深紅色の髪を持つ女性の表情は、後ろ姿では見えない。腰まで伸びた髪は長く艶やかで、一部だけ後ろで結っていた。その一部に煌びやかな髪飾りが編み込まれ、沢山の宝石が輝く。髪で覆われていない着物の袖には金で縁取られた大輪の花が咲き、一人だけ存在感が違って見えた。

 老婆が動き出すより早く、女性は引き連れていた二人を先に行かせた。

 その場に二人になると、老婆があからさまにため息をつく。


「さっさとお退きなさい。貴女は私と話すことはないでしょう」

「そんなことはありません。先代様には大変なご迷惑をお掛け致しましたので、この機会にお礼を申したかったのです」

「心にもないことを言われても、感謝された気持ちはしないよ」


 冷ややかな言葉に対して、女性の肩に力がこもった。

 二人の間の空気が悪くなり、女性が敵意剥き出しで低く言う。


「感謝ぐらい素直に受け取れば、よろしいのではありませんか。それとも私とは、一切何も話したくないと言う意味ですか?」

「好きに受け取ればいい。私に嘘は通じない」

「嘘は言っていません」


 即座に返した女性に、老婆は憐みの視線を向けた。何も分かっていないと無言で訴えて、沈黙に耐え切れない女性が苛立ちを隠さず話し出す。


「貴女はいつも肝心なことを話さない。私に話しても無駄だと、本心では思っているのではないですか?」

「いや、話しているよ」

「そんなはず――」

「どうして、私の話が通じないのだろうね」


 怯んだ女性を瞳に映した老婆の眼差しは真っ直ぐで、逸らすことを許さなかった。


「巫女としての役目を背負った時に、何を教えられた?何と話した?巫女なら、私の声が届かないはずがない。巫女としての素質を失くさない限り、私の声は届くはずだ。その意味すら、理解出来なくなったのかい?」

「それ、は…」


 言葉に詰まった女性が後退り、老婆は一歩を踏み出した。小さくなって脇に避けるしかなかった女性を押し退けて、力強く前に進む。


「力に溺れた巫女の成れの果てなど、見たくもないよ」


 すれ違いざまに目もくれず、囁くように言った。

 真剣な顔で近づいて来る老婆に、亜莉香とヒナは思わず間を開ける。誰も声をかけることは許さない空気を醸し出し、実際に話しかけることは叶わない。

 その間を通り抜けると思いきや、羞恥で頬を朱色に染めた女性が老婆の背に叫んだ。


「シマ・フラム・リーヴル!」


 名前を呼ばれた老婆は振り返らず、立ち止まっただけだった。代わりに亜莉香は目を向けて、女性の顔を初めてまじまじと眺める。


 怒りを露わにした女性は、美しくも恐ろしかった。

 全体的に細く、顔もほっそりとした色白だ。流している前髪から覗く瞳は、怒っているせいもあり、つりあがっている。両手の拳を強く握り、必死に怒りに身を任せそうになる身体を抑え込んでいた。

 金褐色の瞳の奥で、闇の色が揺れて見える。


 今にも襲いかかりそうな女性が、瞬時に透明な結界を作り出した。自分自身と老婆を閉じ込めて、全てを吐き出すように声を上げる。


「私がいてこそ、この土地は護られているの!私が望めば、こんな土地なんて簡単に消せる!護人を匿った一族なんて、本当は護る価値なんてない!さっさと滅んでしまえばいいのよ!」


 溜まっていた本音を言えば、女性は歪んだ笑みを浮かべた。


「私は何も間違っていない。リーヴル家こそが、全て間違っていたのよ」

「誰にも聞こえないと思って、好き勝手に言うね」


 とても小さく零した声は、女性には聞こえていなかった。

 ちらっと老婆が亜莉香を見たが、視線をすぐに逸らす。今度は女性を振り返った老婆が背を向けたが、その背中は頼もしく大きく見えた。


「誰が間違いなんて、討論する時間は無駄だよ。誰に何を唆されたか知らないが、この場ではっきりと言わせてもらう」


 その言葉は、女性に向けたものではなかった。

 そう感じた亜莉香の背筋は自然と伸びて、後ろで握りしめていた灯籠を強く握りしめる。顔が見えなくても、会ったことがなくても、老婆の言葉を聞き逃してはいけないと思った。


「巫女いてこその土地なのは、間違いじゃない。リーヴル家が間違いを犯さなかったとも言えない。護人をどう捉えようが、私は興味がない。けどね――貴女は一つ、間違えた」


 断定した老婆に、女性は首を横に振った。


「いいえ、私は何も間違っていない」

「間違いだったよ。自分が産んだ子供を手放したことは」


 子供の単語で、初めて女性が動揺した素振りを見せた。震える唇を噛みしめて何も言わずに、老婆を睨みつける。


「私が、知らなかったと思うのかい?」


 無言の肯定があり、老婆の声に笑みが混じった。


「何もかも知っているわけではないが、私は知る術を知っている。どれだけ隠そうと、意味がなかったね。貴女が捨てた赤子は、私が引き取ったよ」

「なんてことを――」

「何を言っても無駄だよ。だが安心していい。私は赤子を信頼の置ける者に預けて、その身を保証する。成長した後に母親の名前を告げる真似はしないし、リーヴル家の一員として受け入れる手筈は整えるつもりだ」


 淡々とした声が響いて、女性の顔が青ざめた。

 女性を追いつめるように、老婆の声が続く。


「子供の存在を誰にも知られたくないから、殺しはしないが残酷にも置き去りにしたね。親切な人が手を差し伸べなかったら、赤子は数日で死んでいたに違いない。貴女は自分が何をしたのか。本当は分かっているのではないかい?」


 真実を求める老婆に、開き直った女性は無理に笑みを作ってみせた。


「私は…我が子を捨てたわけではありません。私が巫女の役目を果たすために、傍に置かない方がいいと判断しただけのこと」

「それが正しいと?」

「勿論。それこそ我が子のために、私は手を放すしかなかったのです。歴代の巫女は身を固めず、子を産むことはありませんでした。それが当たり前でした。私の子であることを知られれば、悲しむのは我が子です。肩身が狭くなると分かっていたからこそ、私の判断は正しいのです。子を産んだことのない先代様には、分からないことでしょうが」


 途中から心からの笑みに変わり、まるで我が子の為だと言う台詞に老婆は口を閉ざした。挑発には乗らない。正しさは自分自身にあり、他の意見は受け入れない女性に、何を話しても通じないと悟る。

 瞳を伏せ、とても小さく零す。


「一線を越えず、踏み止まれる強さを持って欲しかったと心から思うね」


 老婆は立ち去ろうと踵を返した。無意味だと分かった上での想いは、届かなかったに違いない。囲っていた結界に手をかざす前に、女性が明るく言う。


「一つだけ、お尋ねしますわ」


 わざとらしい前置きを、嫌気がさした老婆は無視した。


「当主の息子として育てられながら本家の血を受け継がない彼は、間違いではないのですか?それこそが、リーヴル家の一番の間違いなのではないですか!?」


 声を大きくした間違いとは、誰のことを言っているのか。

 亜莉香には分からず、老婆は何も言わなかった。容易く結界を壊して、ガラスの割れる音がする。前へと進む姿は途中で闇に消え、何も見えなくなる。

 慌てて女性を振り返れば、苦々しい表情で老婆がいた方角を見つめていた。


「忌々しい老害なんて、さっさと消えればいい」


 その容姿からは想像したくない暴言を吐き、女性は反対の方向へ歩き出した。

 決して交わらない、巫女と呼ばれた二人がいなくなる。衝撃的事実に固まっていたのは亜莉香だけで、ヒナが地面を足で叩けば、景色が揺らいだ。

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